昭和41年3月5日から初乗りが20円に値上げされたため、地図券の様式にも変化が見られた。
ここでは昭和44年5月の等級制廃止までの切符を掲載しています。
20円券のみが赤地紋・黒活字で発売された。これは10円券の赤地紋・赤活字と同じ理由で実施された。
赤羽・横浜の券のように有効区間外の電環(山手線内)の図が復活している地図も一部に見られる。
20円券以上の券は、前時期に引き続き青地紋・黒活字で発売されていた。
昭和42年から30q以下は全て赤地紋となり、30〜60円券も赤地紋に変更された。
昭和42年4月1日から印刷券売機(スミインク式)でも地図式乗車券が発売されるようになった。
当初は左の券の様に電環(山手線内)か全て書かれた地図になっていたが、後に硬券同様有効区間がクローズアップされた様式に変更されている(右)。
昭和43年10月1日(いわゆる「ヨンサント−」のダイヤ改正)から東京山手線内全駅に券売機が設置された。
この頃の券売機地図券は、同駅・同額でも券売機の種類によって違う地図が使用されているのが特徴。