了仙寺:

日蓮宗

創建:

寛永12年2月(1635年)

開基:

第二代下田奉行 今村伝四郎政長

開山:

身延山久遠寺第十一世 行学院日朝上人

大阪夏の陣の時、目に病を持たれ徳川家康公は、家臣の勧めにより当時目の神様として崇められていた行学院日朝上人に病平癒の願をかけられた。その祈願が成就した後、第三代将軍家光公の命により建てられたのが了仙寺である。現在でも眼病治癒の祈願のために訪れる参拝者は少なくない。

了仙寺創建は第二代下田奉行・今村伝四郎政長公によるが、それ以降朱印状をもって領地を拝領した。今村公は防波堤の建設、日本で初めての廻船問屋を開設するなど湊町下田の繁栄の基礎を作った。

嘉永7年(1854年)神奈川において日米和親条約が締結され、下田の開港が決まり、ペリー率いる黒船が続々と下田に入港した。了仙寺はペリーを初めとするアメリカ使節の接待所兼徳川幕府との交渉場所となった。
同年5月、了仙寺において日米和親条約付録下田条約が締結された。内容はアメリカ人の日本における規則ともいうべきもので、日米の異文化交流の歴史がここから始まった。この条約により、下田は日本で初めて外国人が自由に町中を歩ける町となった。日米の異文化交流の歴史は下田から始まったのである。黒船祭は、当時亡くなった米兵の供養祭から始まり、現在は日米両国の親善を深めるため、下田条約締結された5月に、毎年行われてる。黒船に関する膨大な資料は了仙寺宝物館に所蔵展示されている。


Home
宝物館
黒船美術館
年中行事
ジャスミンの寺
ペリーロード
異文化
リンク
E-mail