武者小路実篤 没後30周年事業
2006.7/7 オープン
静岡県伊豆の国市長岡1045-1 でんわ055-948-1235
伊豆長岡温泉 実篤の宿いづみ莊 館内
入館時間:9時〜20時30分 無休
大人500円 子供300円茶菓子付


武者小路実篤 没後30周年記念事業
伊豆 武者小路実篤 文学館 落成

大正時代から昭和にかけて活躍した文豪・武者小路実篤先生の没後30周年を記念して、先生ゆかりの宿、伊豆長岡温泉 実篤の宿いづみ莊(当時の名称・共栄館)の館内に伊豆 武者小路実篤 文学館を7月7日にオープン致しました。当日は、先生の愛娘・武者小路辰子先生をお招きし
13時よりオープンセレモニーをおこないました。


持病の神経痛治療に20数年間通い続けて多くの作品を
残した伊豆長岡温泉にまた一つ見所が加わりました。
入館料 大人500円 子供300円(茶菓子付) 

伊豆長岡温泉 実篤の宿いづみ莊 館内 
でんわ055-948-1235 静岡県伊豆の国市長岡1045-1 




伊豆 武者小路実篤 文学館


実篤の宿いづみ莊(当時の名称:共栄館)
 の大女将『渡辺聖代』が語る・・・

武者小路実篤先生の思い出



1)伊豆長岡温泉へ訪れた切っ掛け
実篤先生が当莊に初めていらしたのは、昭和元年の前後でした。
三津浜の安田屋旅館で静養中に持病の神経痛が悪化した際に、知人に勧められて長岡温泉共栄館(現いづみ莊)に来たのが始まりだったと聞かされております。

『長岡の温泉は不思議に効果があり、全治したので、それから殆んど毎年出掛けることにしている。』と、実篤先生直筆の文章でも紹介されているように、それから二十数余年に渡り、長岡の温泉や人々を愛し、そして、多くの作品を、ここで手がけ世に送り出しております。


2)実篤先生の第一印象
私が感じた先生の第一印象は、気さくでユーモアに溢れたとても優しいお方でした。また、神経痛を患っていらしたせいか、爪先で少し跳ねるような感じで歩かれ、大好きなお風呂には、ゆっくりと時間をかけて入られていました。先生は、シャイな性格らしく、お風呂にはいるときは、いつも人に見られない方向に顔を向け、縁に手を掛けてお入りになられていたそうです。



3)長岡で描いた初めての絵
先生が初めて絵を描いた切っ掛けは、大正12年に長女新子様が誕生したことです。先生は我が子が可愛くて仕方なかったらしく感情の為すがままに新子様の笑顔を描き出したと伺いました。どうしても旨く描けなくて何度も何度も書き散らかしたと仰っていました。
その数年後に長岡温泉に訪れ、そこで初めて描いた絵画も沢山御座います。戦後のどさくさで失った絵画の一つに『四十何歳の男 初めて絵を書く』と、記された絵画が御座いました。どんな絵だったか記憶に御座いませんが、柿の絵か野菜の絵だったような気がしております。近所の人々が長岡で取れた野菜や果物を毎日持ち込んで沢山の絵を書いて頂いておりましたが、その中の一品を初めて描いたのかもしれません。また、共栄館の三男渡辺善之助が幼少時代、先生の膝にのり、遊んでいるときのエピソードも残っております。先生からどんな絵を書こうかと質問されたときのことですが『だるまを書いて』とおねだりしたそうです。先生は困った顔をして『一度も書いたことがないから』と笑顔で答えてくれたそうです。そして、直ぐに絵を完成してプレゼントしてくれたそうです。今ではダルマの絵も、カボチャや果物と並ぶ先生の代表作になりました。


4)昭和5年の北伊豆震災
昭和5年の北伊豆震災の際に、先生は共栄館にいらしておりました。この地震は、神戸震災と同様に千年周期と呼ばれる直下型地震で、北伊豆全域が壊滅したほど大きな地震でした。その地震で、共栄館も崩壊し、皆で先生の安否を心配していると、先生は共栄館のお庭で手を振っておられました。しかし、先生の靴がどうしても見つからず、スリッパで自宅までお帰りなされたそうです。
先生は、この北伊豆震災で恐ろしい体験をしてからも毎年共栄館にいらしていただけました。


5)小説『愛と死』執筆中のエピソード
先生は、この長岡温泉を愛し、この地から、沢山の小説や絵画を世に送り出しました。その中で、菊池寛賞を受賞した代表作『愛と死』も長岡温泉で書かれた作品の一つです。その小説を執筆中のエピソードから、先生の優しいお人柄が色濃く窺える一幕が御座いました。それは、主人公が死んでしまう場面を執筆された日のことです。
先生が目を赤くして泣いておりましたので、先代の主人が『先生、何が悲しいのですか?』と、お尋ね致しますと、先生は、神妙な顔つきで『主人公が死んでしまいました。』『お墓参りがしたい。』と、言われて御案内した一幕で御座います。共栄館菩提寺の墓石に向かってお線香をたむけ長い間涙を流されていたそうです。その日の先生は一日中悲しいお顔を召され、先生の周りで、暗い空気が漂っていたそうです。ただ、翌日からは、また茶目っ気たっぷりの優しいいつもの先生に戻られて、「安心した」と、先代がいつも申しておりました。


6)トマトが苦手
実篤先生は、長岡の温泉と自然、そして、人々をとても愛して下さいました。先生は、友人志賀直哉先生(現大仁ホテル常宿)に、日本一の小説家と言われ、また、長岡温泉を愛した日本有数の画家・梅原龍三郎先生や彫刻家の第一人者(詩人として著名な)高村光太郎先生に、実篤先生の絵画は『素晴らしい』と唸らせたほどの才能の持ち主です。しかし、そんな先生にも苦手な物が一つだけ御座いました。それは、トマトです。臭いを嗅ぐのはおろか見ているだけでも辛いほどでした。多分、先生の絵画の中にトマトの絵だけは皆無のような気がします。今、読み返しても新鮮な小説、そして、何時間見ていても飽きない絵画、自然のままが好きだった先生、生き物をとことん愛した先生の生き方を今後も学んで生きていきたいと思います。


伊豆長岡温泉 実篤の宿いづみ莊 館内 
でんわ055-948-1235 静岡県伊豆の国市長岡1045-1 







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長岡温泉の共栄館(現伊豆長岡温泉 実篤の宿いづみ莊)