平成17年「祈りその後」(仮称)NO.1 わたしの歌歴(後藤人徳) 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。 歌集:「母胎」、「祈り」 平成17年備忘記録(3月12日より4月2日)ブログへ ブログへ 平成17年 備忘記録(3月12日一部修正) 生涯の吾子 3月11日(金) 金なきを嘆いておれど 気に入った骨董あれば 「買った」と友言う 昨今の骨董ブーム 「骨董はお金ではない」 友の口癖 酒飲めぬ友が 集めし色々の猪口(ちょこ)が残れり 逝きたる後に 黒田武士富士山仙人白兎(しろうさぎ) 描かれている 猪口の内側 ガラクタと家族に言われる骨董を夜な夜な友は眺めおりしか 魂が入ったものが骨董と了解したり 歌だってそう 浪費癖治らぬことを嘆きしも亡き友のこと今は懐かし 3月10日(木) 透析を 妻当然のこととして 今日も笑顔で出かけんとする 何事もめげず生きゆく性(さが)もつと 時に眩しく 妻を見ている アンティークなもの遺される 友の部屋 時計ビー球ブリキの玩具(おもちゃ) 友逝きて 時計ライターパイプなどあまた残れり ガラクタと言われ 西風の強い日今日は雲はなく 山の端の空 土煙りする 蓮沼にあまた孵(か)えりし蝌蚪(かと)の群 みな影もちて 泳ぎ回れる 3月9日(水) 葉隠れに蕾を隠し咲き継げる 静かなるこの朱のシクラメン 古時計振り子振るたび浮かびくる 古里の家 少年の日日 化粧品香水のビン 平たいビン細長いビン 姉たちの部屋 無意識に行動してるわれなるや今したことを思い出せない 霜に耐え 静かに咲いてわが庭を賑やかにした 紅梅の花 3月7日(月) 残飯の匂いも今は気にならず ホテルに勤め二十九年 見渡せど晴れたる空に雲のなし 雲のなきこと少し寂しき 朝の日が 海面(うなも)を清く照らすとき 鴎は黒くなりて飛び交(か)う 梅が咲き さくらが芽吹き 枯草が風を受けつつざわめいている 河津桜 早咲きの桜の根方 菜の花が満開となり 曇る空向く 昨日の雨のなごりの水溜り 花びら浮きて 水を覆えり 温泉の煙ゆらゆら登るなか 河津桜は いま盛りなり 川の面(も)にピンク色して映ってる 河津桜に 子は石投げる 鈴鳴らし 観光馬車が通り過ぐ 河津桜の散る並木道 川の面(も)に 映る桜の木を揺らし 川風強く吹き通りたり 川風の強く冷たく吹くなかで 子は石投げる 桜を見ずに 3月4日(金) 久々の出張なるも 雨が降る 雪に変わるか遠山白し 白鳥(しらとり)の飛ぶ姿にも似てあわれ 寄る遠波の 砕け散るさま 城ヶ崎海岸駅に着きしころ 雨はいつしか 雪に変われり 横殴りの雪となりたり 荒れ狂う竹群むけて 雪降りつづく 騒がしき車内いつしか静まりて 皆車窓より 雪を見ている 地に足を付けて必死に生きているわれに光を注ぐ太陽 3月2日(水) まとまらなぬ寄合いに夜は更けゆきて 終わし外は 満天の星 背丈伸び力も付きて 障害のわが子は 妻の言うこときかぬ 暮らせるは吾ら二人ぞ 帰宅日を思う存分過せよ わが子 子の居ない夜は しんしんと更けゆきて 寒さますます心に沁みる 相容れぬ雲と光が睦み合いかく美しき夕映えとなる 2月25日(金) 十字架の重きを背負い苦しめる吾子見守り給うマリヤは 十字架に両手両足釘打たる吾子見守り給うマリヤは 槍を受け十字架の上絶命す 吾子見守り給うマリヤは 2月24日(木) 紅梅がそそり立つなか 白梅が 静かに枝を横に広げる 銀色の空より銀の光さし 厳かなりし 冬の彩(いろど)り 寒い日も赤字続きも耐えてきて どうやら蕗のとうが出てきた イラクでは木の芽草の芽出る頃がないんだろうか ここはいま春 備忘記録 なるようになる 給料はなにがなんでも払いたし払いたしとて二十日過ぎたり 加算税、延滞金利は高利にて零細企業に重き国税 古時計の修理に時を費やせり金繰りのことしばし忘れて 倒産をしたるホテルの建物が風雨に耐えて立ち続けいる 道端に捨てられている扇風機寒風に向き激しく回る 風化する巌になおも生える苔添いて生きるを疑いもせず 力こぶして懸命に生きている生きものなんだ銀杏もわれも 砂浜の砂の一粒われなるや露の宿りて輝くものを わが体作れる水よ道端の水溜りさえ天を写すに 法師蝉鳴くころとなり何ひとつ奉仕をせずに生きているのか 影を持つもの人間と思うときルオーの太き黒き輪郭 いっぱいに鋏をひらき沢蟹の道を横切る身構えあわれ 山の影山に重なり暮れゆけりすでに日の没りしばし間のあり 癖のある鍵の施錠に手間取ると夜警初日の日誌に記す 巡回に各階巡る午前二時猫か鼠か物陰に去る 今日は今日の闇に向わん夜警われ懐中電灯ひとつ携え 犬のごと嗅ぎて歩けと教えらる夜間警備の心得として 身を虫に刺され作歌をせし茂吉夜警詰所に赤光を読む ひと筋の光となって伸びゆけり懐中電灯空に向くとき 灯すなく今日を終わりし客室の闇に懐中電灯向ける 白みゆく外の空気を吸いにけり今日の最後の巡回を終え 一日のはての幸い無事夜警終えて帰宅をせむひとときは 事なきを当然などと思うまい夜警となりて思い至れり 結局はなるようにしかならないさ なるにまかせん なるようになる うす曇る海面(うなも)に 今日はかもめ鳥 からだ浮かせて飛ぶこともなし 岸壁で餌を投げてる老人の 頭上めがけて カモメむらがる 餌投げる孤影の長き老いびとの 頭上に鳴きて 鴎群(むらが)る 正装の老人一人がかもめらに ほーれほーれと餌を投げてる 老人はかもめに何か話かけ 歓声挙(あ)げて 餌投げている コート着て革靴履ける老人が 独りカモメに 餌を投げてる 2月23日(水) 満月の冴える光に照らされてわが内に咲く胡蝶蘭舞う いずこへと飛び立たんとす 胡蝶蘭 希望あふれる旅立ちよあれ 純白の胡蝶蘭舞え 満月の光を浴びる 雪原の上を 胡蝶蘭咲きたる朝は なにとなく 希望のようなものの湧きくる 寒風のすさぶ夜空に 生き生きと透き輝ける 今宵満月 ひかえめで静かで澄んで厳かで 今宵の月を 何と言おうか 薬物を投与されずに大人しく施設で暮らしてくれるを祈る 風強く寄せくる波に巻かれたる砂の一粒 光(ひかり)に光る 2月20日(日) 母親の笑いが好きで わが息子 妻が笑えば遅れて笑う 神といい人間という議論より 二千五歳の生けるキリスト 憂鬱なふりしてるんだ 曇り空 君本来の姿になれよ マチス作「夢」の女性は 眠ってる アンモナイトの化石のように 一音が光の粒となるまでに われの言葉よ 歌となりゆけ ゲルニカは何を描くや 悲しみは 心のなかに見る外はなし 風に乗りふわりふわりと飛ぶ鳶が 今日の獲物を 鋭く狙う 2月18日(金) 結局は 自分の言葉 ただ今の真の自分を現すことば 全てから開放された 若き日は 波打ちぎわの砂粒だった 干物屋が今日は集金に来るという 一年近く 溜まってしまった 簿記論に貸方借方二面あり して貸借はバランスをする 風強き日は良いことがあるごとく カモメてんでに 舞い上がってる 2月17日(木) 結局はなるようにしかならないさ なるにまかせん なるようになる うす曇る海面(うなも)に 今日はかもめ鳥 からだ浮かせて飛ぶこともなし 岸壁で餌を投げてる老人の 頭上めがけて カモメむらがる 餌投げる孤影の長き老いびとの 頭上に鳴きて 鴎群(むらが)る 正装の老人一人がかもめらに ほーれほーれと餌を投げてる 老人はかもめに何か話かけ 歓声挙(あ)げて 餌投げている コート着て革靴履ける老人が 独りカモメに 餌を投げてる 2月16日(水) 紅梅に毎日来ていた目白たち 雨降る今日は 何処(どこ)におるやら 保存食持たぬ小鳥が 紅梅に来ず雨のなか どこにおるやら 小雨降る海上に舞うかもめ鳥 集いては散り ちりてはつどう 海上をかたまって舞うカモメ鳥 ふんわり上り ふんわり下がる 妻がいぬ家に帰りて 灯(あか)り付け われ六十の齢(よわい)に気づく 2月15日(火) ゲーム好き前置きされる 殺人はほんとにゲームが原因なるや 他人との 適応障害ある吾子 テレビゲームが慰めている ヒヨドリが目白が蜜を吸いにくる 紅梅こころ広やかにおる 同音のことばが内で同居する 購買は仕事 紅梅は息抜き 出勤の前に愛(め)でたる紅梅が 購買となり 伝票めくる 待ちぼうけしたる松かな あちら向きこちらを向いて 幹をよじれり 2月14日(月) 何時(いつ)なりとお入りなさいというようにお寺の門が開かれている 啄木が文明が好き歌が好き正直が好き真実が好き 星空が綺麗だなあと見上げたら 三日月さんが ぽつんとあった 総身に月光を浴び祈るごと 紅梅が咲く 冴える夜更けを 障害のわが子が施設に戻った日 開放された 哀しみがある 2月13日(日) 心情も 貴重なれども 定型はしょせん遊びが含まれないか マルクスも宗教も消え 九十の歳で縋るは 歌だけという いっそのこと 宝くじでも買おうかと 思う心を叱りて歩く 木に添いて 春花咲かす藤づるの 冬なればただあからさまなり 苦しみのなかった時分(じぶん)は神も仏も気がつかなかった 子供らよ支払い出来る金のあるこの喜びをわれ忘れない 給料を当然などと思うまいわが苦しみはそれに尽きるよ もしも今モーツアルトを聞けるならこころの靄も晴れるだろうに 日本を変えるは伊豆だそのマグマ頼朝起こし黒船を呼ぶ 覆いても覆い尽くせぬ日のひかり雲の間(あいだ)を黄金(こがね)に染める パシフィストとは「戦争を軍事力ではなく、平和交渉によって解決することを主張する人」を意味する。(「フランスの空を平和のつるが舞うとき」美帆シボ著より) 戦乱の世にパシフィストだったのか西行利休は戦わぬ人 2月5日(土) 早咲きの桜を見んとやってくる多くの人にわれらうるおう 紅梅を見つつ恋しい早咲きの河津桜は古里の花 ことごとく身はこの世より消え去れど心は残る君のこころに 人住まぬ家の庭には白梅がせいせい背高くなりて咲きいる 大きなる宇宙の意思が太陽となりてわたしに降りそそぎいる 2月3日(木) 障害の子に色々と教わった正直純粋そして哀(かな)しさ 皺深く翳(かげ)りある顔してるかに今日の海原寒く寂しい 南国に育ちしヤシや寒風に荒々しくも髪を乱せり 今月もどうにかこうにか乗り切れたただし払うを延ばしたるのみ 義経が歌詠みしなばいかならむ平泉にて西行に会い 1月31日(月) 西行を詩人が悪く書いており聖人などととんでもないと 西行が聖人なるやわれ知らぬ内省的な歌がいいんだ わが心曇るもいいさ雨降って種が芽を出し育ってゆくんだ 空洞化してゆくこころ偽りが誠のごとくまかり通って 通信の媒体だけが進んでく俺おれオレってオレは何者 実体のない俺オレが存在し金をせびって電話してくる トンネルの出口ほの見え初めし時黙し立ちたり妻と子とわれ 満ち欠けを繰り返すわが性質をまるごと抱(いだ)き生きるほかなし 性質が劣っていても正直に歌えばそれはわたくしの歌 枯れ薄枯れ泡立草ともどもに風に揺れてる薄日のなかで 薄雲が凍りついてる彼方からどうかこうか光が届く 「ためらいて三年日誌を買いました」九十二歳の歌友(かゆう)の便り 七十で短歌の種を植えし友二十年経ていま花盛り 都会へとただ憧れていた頃は古里のこと思わなかった みな枯れてある安らぎにおるものを何を待ちいる一本の松 1月22日(土) ユーラシア大陸のごとき雲により山間の里光奪わる 休日の工事現場の新土(あらつち)を枯れし薄が囲こみてなびく 子の着るは妻のセーター小さくも喜んでいる匂いなど嗅ぎ 人厭(ひといと)うこころいつしか癒されるもの言えぬ子と風呂に入りつつ 1月20日(木) 大学の頃から使って40年スキンクリームMG5(エムジーファイブ) 歯を磨かず顔も洗わず三郎は清潔でなく誠実なんだ 三郎をさも汚(きたな)らしいもののごと扱いしなり有体(ありてい)に言えば 何故こうも汚れてしまった清潔はうわべだけなら簡単なんだ 領収書あるとかないとか問題は何のために使ったかなんだ あまりにも物が溢れて圧迫するこころが見る見るしぼんでしまう 1月18日(火) 悲しくて笑う心を分からぬと妻も子供もわれを詰(なじ)れり 何かこう重荷を負いている気がすもういいだろうもうこの辺で 小さなミス小さな嘘を気にしている今の自分を大切にせん 運転のわれに眩しい日の光休日明けの今朝の出勤 1月16日(日) 啄木は嘘にこだわり嘘つきと自分のことを歌にうたった 日が翳りまた日が差して冬の日の休日の午後静かに過ぎる 啄木に帰りそうして出直そう短歌はやはり正直がいい 健常でないこと知りてテレビ体操わが子は椅子の人を真似する ☆ 雨上がる舗道のあちらこちらには水溜りあり雲を映せり かなしみのかけらのような雲があり時々日差しをさえぎりている 自分など生きる値打ちがあるかだとなんというこの親不孝者 1月14日(金) 華麗なる詩作を捨てて啄木がたどり着きたる本物の歌 風のなき朝一面の霜畑この叢(くさむら)の中で雉鳴く 隙間なく雲の覆える冬の日にやさしいこころのような陽(ひ)が差す 小半日むすっと雲を覆いたる空に笑(え)くぼのような日が差す 今にも泣き出しそうに曇ってる空をくすぐれ笑い出すから 1月13日(木) ささやかな幸を歌いしわが歌をほめくれしなり九十歳の師は 潮風に煽られ歩き出勤す晴れたる空の光まぶしも 足が冷えアンカを買ってもらいたり六十二歳の誕生日今日 さあ起きるさあ起きるぞと掛け声を自分にかけて起きなんとする 生きゆくは生かさるること今日ひと日いかに生かされゆくわれなるや 1月10日(月) 九十四になれるお二人ともどもに出席したり新年歌会(しんねんかかい) 一日に最低五首を詠むことを密かな今年の目標とする 多作と言う名の濫作をしているか筏井嘉一のいましめの文(ふみ) 多作とはあくまで手習いどのように取捨推敲を説きいる嘉一 どうしても消せないものを一首にす歌人の良心これに尽きるや 1月9日(日) 幾万の人の命を呑み込みし波かなぎたるここ伊豆の海 風のない柿崎の浜打ち寄せる波を見ている白鷺一羽 この空の彼方にイラク・パレスチナ・コソボがあるか赤き夕焼け 一本のマッチに暖をとるような思いに似たる今日の一日 紅梅がもう咲いているなんとなく得したように思いて帰る 1月8日(土) 幾万の命奪いし大津波その瞬間の映像乏し 死亡者は十五万人流されし動植物の数は知られず 海底に引かれし人のたましいがかがやくごとき冬の星空 大津波引きたる鐘は海底にありて鳴るらん朝に夕べに 1月7日(金) おおらかに生きるも一生倒産を恐れて日々を生きるも一生 議論終え気分転換出来ぬまま二十分間無灯に気付く なにもかも早すぎるんだ世の中がもっとゆっくりゆっくり生きよう キリストと唱えるときにキリストと一体となるそんな気がする 目をつむりイエスキリストと言ってみるこのやすらぎはキリストのもの 1月6日(木) 決算書これがわが社の実態ですにっちもさっちももういきません 三郎をサブさんといいサブといいサブちゃんといいサブコロという そんなにも何が可笑しいゲタゲタと風呂で笑ったサブロウのやつ 結婚をしないわたしに「結婚はみなしているよ」そう言いし母 1月5日(水) 海沿いに並ぶホテルの駐車場満車のところガラガラのところ 空調ない地下事務室に風送る扇風機がいま故障している 「なるようにしかならないわ」おおらかに生きゆく術(すべ)を持ちたる妻よ 障害の子供と暮らす一日が無事に過ぎればそれだけで足る 真剣に朝のドラマを妻と見るこうも変わるか二十年経(た)ち 1月4日(火) 風荒き柿崎の地に佇(たたず)みて沖を指差す松陰の像 帽子掛けに帽子ひとつかかりおりただそれだけの安らぎがある 1月2日(日) なにもない平和な時にこころより感謝の歌を作らんとする 平和とは有難いものこの気持ち六十年もおろそかにせし 帰宅せぬ子を待つこころ親となり夜半にしみじみ思い至れり 人間は闇に親しみやすいものたとえば灯りを消して寝につく 新しい年が始まりあたらしく動き始める宇宙もわれも
わたしの歌歴(後藤人徳) 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。 歌集:「母胎」、「祈り」
平成17年備忘記録(3月12日より4月2日)ブログへ ブログへ 平成17年 備忘記録(3月12日一部修正) 生涯の吾子 3月11日(金) 金なきを嘆いておれど 気に入った骨董あれば 「買った」と友言う 昨今の骨董ブーム 「骨董はお金ではない」 友の口癖 酒飲めぬ友が 集めし色々の猪口(ちょこ)が残れり 逝きたる後に 黒田武士富士山仙人白兎(しろうさぎ) 描かれている 猪口の内側 ガラクタと家族に言われる骨董を夜な夜な友は眺めおりしか 魂が入ったものが骨董と了解したり 歌だってそう 浪費癖治らぬことを嘆きしも亡き友のこと今は懐かし 3月10日(木) 透析を 妻当然のこととして 今日も笑顔で出かけんとする 何事もめげず生きゆく性(さが)もつと 時に眩しく 妻を見ている アンティークなもの遺される 友の部屋 時計ビー球ブリキの玩具(おもちゃ) 友逝きて 時計ライターパイプなどあまた残れり ガラクタと言われ 西風の強い日今日は雲はなく 山の端の空 土煙りする 蓮沼にあまた孵(か)えりし蝌蚪(かと)の群 みな影もちて 泳ぎ回れる
3月9日(水) 葉隠れに蕾を隠し咲き継げる 静かなるこの朱のシクラメン 古時計振り子振るたび浮かびくる 古里の家 少年の日日 化粧品香水のビン 平たいビン細長いビン 姉たちの部屋 無意識に行動してるわれなるや今したことを思い出せない 霜に耐え 静かに咲いてわが庭を賑やかにした 紅梅の花 3月7日(月) 残飯の匂いも今は気にならず ホテルに勤め二十九年 見渡せど晴れたる空に雲のなし 雲のなきこと少し寂しき 朝の日が 海面(うなも)を清く照らすとき 鴎は黒くなりて飛び交(か)う 梅が咲き さくらが芽吹き 枯草が風を受けつつざわめいている 河津桜 早咲きの桜の根方 菜の花が満開となり 曇る空向く 昨日の雨のなごりの水溜り 花びら浮きて 水を覆えり 温泉の煙ゆらゆら登るなか 河津桜は いま盛りなり 川の面(も)にピンク色して映ってる 河津桜に 子は石投げる 鈴鳴らし 観光馬車が通り過ぐ 河津桜の散る並木道 川の面(も)に 映る桜の木を揺らし 川風強く吹き通りたり 川風の強く冷たく吹くなかで 子は石投げる 桜を見ずに
3月4日(金) 久々の出張なるも 雨が降る 雪に変わるか遠山白し 白鳥(しらとり)の飛ぶ姿にも似てあわれ 寄る遠波の 砕け散るさま 城ヶ崎海岸駅に着きしころ 雨はいつしか 雪に変われり 横殴りの雪となりたり 荒れ狂う竹群むけて 雪降りつづく 騒がしき車内いつしか静まりて 皆車窓より 雪を見ている 地に足を付けて必死に生きているわれに光を注ぐ太陽 3月2日(水) まとまらなぬ寄合いに夜は更けゆきて 終わし外は 満天の星 背丈伸び力も付きて 障害のわが子は 妻の言うこときかぬ 暮らせるは吾ら二人ぞ 帰宅日を思う存分過せよ わが子 子の居ない夜は しんしんと更けゆきて 寒さますます心に沁みる 相容れぬ雲と光が睦み合いかく美しき夕映えとなる
2月25日(金) 十字架の重きを背負い苦しめる吾子見守り給うマリヤは 十字架に両手両足釘打たる吾子見守り給うマリヤは 槍を受け十字架の上絶命す 吾子見守り給うマリヤは 2月24日(木) 紅梅がそそり立つなか 白梅が 静かに枝を横に広げる 銀色の空より銀の光さし 厳かなりし 冬の彩(いろど)り 寒い日も赤字続きも耐えてきて どうやら蕗のとうが出てきた イラクでは木の芽草の芽出る頃がないんだろうか ここはいま春 備忘記録 なるようになる
給料はなにがなんでも払いたし払いたしとて二十日過ぎたり
加算税、延滞金利は高利にて零細企業に重き国税
古時計の修理に時を費やせり金繰りのことしばし忘れて
倒産をしたるホテルの建物が風雨に耐えて立ち続けいる 道端に捨てられている扇風機寒風に向き激しく回る
風化する巌になおも生える苔添いて生きるを疑いもせず
力こぶして懸命に生きている生きものなんだ銀杏もわれも
砂浜の砂の一粒われなるや露の宿りて輝くものを
わが体作れる水よ道端の水溜りさえ天を写すに
法師蝉鳴くころとなり何ひとつ奉仕をせずに生きているのか
影を持つもの人間と思うときルオーの太き黒き輪郭 いっぱいに鋏をひらき沢蟹の道を横切る身構えあわれ 山の影山に重なり暮れゆけりすでに日の没りしばし間のあり
癖のある鍵の施錠に手間取ると夜警初日の日誌に記す
巡回に各階巡る午前二時猫か鼠か物陰に去る
今日は今日の闇に向わん夜警われ懐中電灯ひとつ携え
犬のごと嗅ぎて歩けと教えらる夜間警備の心得として
身を虫に刺され作歌をせし茂吉夜警詰所に赤光を読む
ひと筋の光となって伸びゆけり懐中電灯空に向くとき
灯すなく今日を終わりし客室の闇に懐中電灯向ける 白みゆく外の空気を吸いにけり今日の最後の巡回を終え 一日のはての幸い無事夜警終えて帰宅をせむひとときは 事なきを当然などと思うまい夜警となりて思い至れり 結局はなるようにしかならないさ なるにまかせん なるようになる うす曇る海面(うなも)に 今日はかもめ鳥 からだ浮かせて飛ぶこともなし 岸壁で餌を投げてる老人の 頭上めがけて カモメむらがる 餌投げる孤影の長き老いびとの 頭上に鳴きて 鴎群(むらが)る 正装の老人一人がかもめらに ほーれほーれと餌を投げてる 老人はかもめに何か話かけ 歓声挙(あ)げて 餌投げている コート着て革靴履ける老人が 独りカモメに 餌を投げてる 2月23日(水) 満月の冴える光に照らされてわが内に咲く胡蝶蘭舞う いずこへと飛び立たんとす 胡蝶蘭 希望あふれる旅立ちよあれ 純白の胡蝶蘭舞え 満月の光を浴びる 雪原の上を 胡蝶蘭咲きたる朝は なにとなく 希望のようなものの湧きくる 寒風のすさぶ夜空に 生き生きと透き輝ける 今宵満月 ひかえめで静かで澄んで厳かで 今宵の月を 何と言おうか 薬物を投与されずに大人しく施設で暮らしてくれるを祈る 風強く寄せくる波に巻かれたる砂の一粒 光(ひかり)に光る
2月20日(日) 母親の笑いが好きで わが息子 妻が笑えば遅れて笑う 神といい人間という議論より 二千五歳の生けるキリスト 憂鬱なふりしてるんだ 曇り空 君本来の姿になれよ マチス作「夢」の女性は 眠ってる アンモナイトの化石のように 一音が光の粒となるまでに われの言葉よ 歌となりゆけ ゲルニカは何を描くや 悲しみは 心のなかに見る外はなし 風に乗りふわりふわりと飛ぶ鳶が 今日の獲物を 鋭く狙う 2月18日(金) 結局は 自分の言葉 ただ今の真の自分を現すことば 全てから開放された 若き日は 波打ちぎわの砂粒だった 干物屋が今日は集金に来るという 一年近く 溜まってしまった 簿記論に貸方借方二面あり して貸借はバランスをする 風強き日は良いことがあるごとく カモメてんでに 舞い上がってる 2月17日(木) 結局はなるようにしかならないさ なるにまかせん なるようになる うす曇る海面(うなも)に 今日はかもめ鳥 からだ浮かせて飛ぶこともなし 岸壁で餌を投げてる老人の 頭上めがけて カモメむらがる 餌投げる孤影の長き老いびとの 頭上に鳴きて 鴎群(むらが)る 正装の老人一人がかもめらに ほーれほーれと餌を投げてる 老人はかもめに何か話かけ 歓声挙(あ)げて 餌投げている コート着て革靴履ける老人が 独りカモメに 餌を投げてる
2月16日(水) 紅梅に毎日来ていた目白たち 雨降る今日は 何処(どこ)におるやら 保存食持たぬ小鳥が 紅梅に来ず雨のなか どこにおるやら 小雨降る海上に舞うかもめ鳥 集いては散り ちりてはつどう 海上をかたまって舞うカモメ鳥 ふんわり上り ふんわり下がる 妻がいぬ家に帰りて 灯(あか)り付け われ六十の齢(よわい)に気づく
2月15日(火) ゲーム好き前置きされる 殺人はほんとにゲームが原因なるや 他人との 適応障害ある吾子 テレビゲームが慰めている ヒヨドリが目白が蜜を吸いにくる 紅梅こころ広やかにおる 同音のことばが内で同居する 購買は仕事 紅梅は息抜き 出勤の前に愛(め)でたる紅梅が 購買となり 伝票めくる 待ちぼうけしたる松かな あちら向きこちらを向いて 幹をよじれり 2月14日(月) 何時(いつ)なりとお入りなさいというようにお寺の門が開かれている 啄木が文明が好き歌が好き正直が好き真実が好き 星空が綺麗だなあと見上げたら 三日月さんが ぽつんとあった 総身に月光を浴び祈るごと 紅梅が咲く 冴える夜更けを 障害のわが子が施設に戻った日 開放された 哀しみがある
2月13日(日) 心情も 貴重なれども 定型はしょせん遊びが含まれないか マルクスも宗教も消え 九十の歳で縋るは 歌だけという いっそのこと 宝くじでも買おうかと 思う心を叱りて歩く 木に添いて 春花咲かす藤づるの 冬なればただあからさまなり 苦しみのなかった時分(じぶん)は神も仏も気がつかなかった 子供らよ支払い出来る金のあるこの喜びをわれ忘れない 給料を当然などと思うまいわが苦しみはそれに尽きるよ
もしも今モーツアルトを聞けるならこころの靄も晴れるだろうに 日本を変えるは伊豆だそのマグマ頼朝起こし黒船を呼ぶ 覆いても覆い尽くせぬ日のひかり雲の間(あいだ)を黄金(こがね)に染める パシフィストとは「戦争を軍事力ではなく、平和交渉によって解決することを主張する人」を意味する。(「フランスの空を平和のつるが舞うとき」美帆シボ著より) 戦乱の世にパシフィストだったのか西行利休は戦わぬ人 2月5日(土) 早咲きの桜を見んとやってくる多くの人にわれらうるおう 紅梅を見つつ恋しい早咲きの河津桜は古里の花 ことごとく身はこの世より消え去れど心は残る君のこころに 人住まぬ家の庭には白梅がせいせい背高くなりて咲きいる 大きなる宇宙の意思が太陽となりてわたしに降りそそぎいる
2月3日(木) 障害の子に色々と教わった正直純粋そして哀(かな)しさ 皺深く翳(かげ)りある顔してるかに今日の海原寒く寂しい 南国に育ちしヤシや寒風に荒々しくも髪を乱せり 今月もどうにかこうにか乗り切れたただし払うを延ばしたるのみ 義経が歌詠みしなばいかならむ平泉にて西行に会い 1月31日(月) 西行を詩人が悪く書いており聖人などととんでもないと 西行が聖人なるやわれ知らぬ内省的な歌がいいんだ わが心曇るもいいさ雨降って種が芽を出し育ってゆくんだ 空洞化してゆくこころ偽りが誠のごとくまかり通って 通信の媒体だけが進んでく俺おれオレってオレは何者 実体のない俺オレが存在し金をせびって電話してくる トンネルの出口ほの見え初めし時黙し立ちたり妻と子とわれ 満ち欠けを繰り返すわが性質をまるごと抱(いだ)き生きるほかなし 性質が劣っていても正直に歌えばそれはわたくしの歌 枯れ薄枯れ泡立草ともどもに風に揺れてる薄日のなかで 薄雲が凍りついてる彼方からどうかこうか光が届く 「ためらいて三年日誌を買いました」九十二歳の歌友(かゆう)の便り 七十で短歌の種を植えし友二十年経ていま花盛り 都会へとただ憧れていた頃は古里のこと思わなかった みな枯れてある安らぎにおるものを何を待ちいる一本の松
1月22日(土) ユーラシア大陸のごとき雲により山間の里光奪わる 休日の工事現場の新土(あらつち)を枯れし薄が囲こみてなびく 子の着るは妻のセーター小さくも喜んでいる匂いなど嗅ぎ 人厭(ひといと)うこころいつしか癒されるもの言えぬ子と風呂に入りつつ
1月20日(木) 大学の頃から使って40年スキンクリームMG5(エムジーファイブ) 歯を磨かず顔も洗わず三郎は清潔でなく誠実なんだ 三郎をさも汚(きたな)らしいもののごと扱いしなり有体(ありてい)に言えば 何故こうも汚れてしまった清潔はうわべだけなら簡単なんだ 領収書あるとかないとか問題は何のために使ったかなんだ あまりにも物が溢れて圧迫するこころが見る見るしぼんでしまう 1月18日(火) 悲しくて笑う心を分からぬと妻も子供もわれを詰(なじ)れり 何かこう重荷を負いている気がすもういいだろうもうこの辺で 小さなミス小さな嘘を気にしている今の自分を大切にせん 運転のわれに眩しい日の光休日明けの今朝の出勤 1月16日(日) 啄木は嘘にこだわり嘘つきと自分のことを歌にうたった 日が翳りまた日が差して冬の日の休日の午後静かに過ぎる 啄木に帰りそうして出直そう短歌はやはり正直がいい 健常でないこと知りてテレビ体操わが子は椅子の人を真似する ☆ 雨上がる舗道のあちらこちらには水溜りあり雲を映せり かなしみのかけらのような雲があり時々日差しをさえぎりている 自分など生きる値打ちがあるかだとなんというこの親不孝者
1月14日(金) 華麗なる詩作を捨てて啄木がたどり着きたる本物の歌 風のなき朝一面の霜畑この叢(くさむら)の中で雉鳴く 隙間なく雲の覆える冬の日にやさしいこころのような陽(ひ)が差す 小半日むすっと雲を覆いたる空に笑(え)くぼのような日が差す 今にも泣き出しそうに曇ってる空をくすぐれ笑い出すから
1月13日(木) ささやかな幸を歌いしわが歌をほめくれしなり九十歳の師は 潮風に煽られ歩き出勤す晴れたる空の光まぶしも 足が冷えアンカを買ってもらいたり六十二歳の誕生日今日 さあ起きるさあ起きるぞと掛け声を自分にかけて起きなんとする 生きゆくは生かさるること今日ひと日いかに生かされゆくわれなるや
1月10日(月) 九十四になれるお二人ともどもに出席したり新年歌会(しんねんかかい) 一日に最低五首を詠むことを密かな今年の目標とする 多作と言う名の濫作をしているか筏井嘉一のいましめの文(ふみ) 多作とはあくまで手習いどのように取捨推敲を説きいる嘉一 どうしても消せないものを一首にす歌人の良心これに尽きるや
1月9日(日) 幾万の人の命を呑み込みし波かなぎたるここ伊豆の海 風のない柿崎の浜打ち寄せる波を見ている白鷺一羽 この空の彼方にイラク・パレスチナ・コソボがあるか赤き夕焼け 一本のマッチに暖をとるような思いに似たる今日の一日 紅梅がもう咲いているなんとなく得したように思いて帰る
1月8日(土) 幾万の命奪いし大津波その瞬間の映像乏し 死亡者は十五万人流されし動植物の数は知られず 海底に引かれし人のたましいがかがやくごとき冬の星空 大津波引きたる鐘は海底にありて鳴るらん朝に夕べに 1月7日(金) おおらかに生きるも一生倒産を恐れて日々を生きるも一生 議論終え気分転換出来ぬまま二十分間無灯に気付く なにもかも早すぎるんだ世の中がもっとゆっくりゆっくり生きよう キリストと唱えるときにキリストと一体となるそんな気がする 目をつむりイエスキリストと言ってみるこのやすらぎはキリストのもの
1月6日(木) 決算書これがわが社の実態ですにっちもさっちももういきません 三郎をサブさんといいサブといいサブちゃんといいサブコロという そんなにも何が可笑しいゲタゲタと風呂で笑ったサブロウのやつ 結婚をしないわたしに「結婚はみなしているよ」そう言いし母 1月5日(水) 海沿いに並ぶホテルの駐車場満車のところガラガラのところ 空調ない地下事務室に風送る扇風機がいま故障している 「なるようにしかならないわ」おおらかに生きゆく術(すべ)を持ちたる妻よ 障害の子供と暮らす一日が無事に過ぎればそれだけで足る 真剣に朝のドラマを妻と見るこうも変わるか二十年経(た)ち
1月4日(火) 風荒き柿崎の地に佇(たたず)みて沖を指差す松陰の像 帽子掛けに帽子ひとつかかりおりただそれだけの安らぎがある
1月2日(日) なにもない平和な時にこころより感謝の歌を作らんとする 平和とは有難いものこの気持ち六十年もおろそかにせし 帰宅せぬ子を待つこころ親となり夜半にしみじみ思い至れり 人間は闇に親しみやすいものたとえば灯りを消して寝につく 新しい年が始まりあたらしく動き始める宇宙もわれも