朝 日 歌 壇 ・俳壇 その他 入選作品



闇ふかき谷間を駈ける音ひびき窓の灯に人を恋うロバ



1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年

短歌誌「心の花」題詠「飲み物」「火」「雪山」 投稿歌
朝日歌壇*俳壇 入選作品 2005年


2005.05.17

           題詠 投稿歌

 

           

 

短歌誌「心の花」の「新々葉書題詠では、毎月、異なった歌人が題を決め、届いた作品から三十首を選んで発表し、評を記します。2005年2月号から投稿をはじめましたが、新聞歌壇とは異なる、題詠の面白さを知りました。

 

 

2005年5月号 題詠 「飲み物」  細溝洋子 選・評

 

効き目ある殺虫剤と農民がインドの畑に撒くコカ・コーラ 

 

( 評 三位美帆シボ作は一読びっくりした。どうも本当のことらしい。淡々と詠うことで現代の「食」への作者の危機感がより強く表現された。)

 コカ・コーラをボイコットしていた農民たちが畑に撒いたら、害虫がいなくなった。これは殺虫剤として役立つと宣伝を始めたら、コカ・コーラ社からそんな宣伝はしないでくれと言われ、騒ぎになってインドの新聞のネタになった。恐ろしい話だと思うが、コカ・コーラが好きな人にはもうしわけないし、投稿しようか迷った。飲み物の歌はもう一つ詠んだので、どちらを出そうか迷った。結局、そちらは連作にしたので題詠には投稿しなかったが、ここに記しておきたい。

 

くちびるをつけしグラスのわが水を飲めば心を読めると君は

わが水を飲みて心が読めたりと君は自負するわれは訝る

そんなこと思ってたのかと云われてもどんなことかは思い至らず

おぎろなき蒼穹のした君と待つキューバのタクシー時を数えず

月さえてハバナはよかれ下町に踊るサラサの群れに酔いつつ

 

相聞歌と思われそうだけれど、フランスでは本当に「人が飲みかけの水を飲むと心が読める」と言う。キューバでタクシーを待ちながら初めてその話を聞いたとき、すっかりからかわれてしまった。私の水を飲んで、「心が読めたよ」というから、「ほんと ? じゃあ言ってよ」という私に、「君って、そんなことを思ってたのか」と言われた。

以下は他の入選歌です。

 

一位 ホットミルク飲むのは何年ぶりだろう錆びれた衣が剥がれ始める     田中拓也

 

二位 ポンジュース専用蛇口あるという愛媛の噂を他府県で聞く         東 由美

短歌誌「心の花」の「新々葉書題詠では、毎月、異なった歌人が題を決め、届いた作品から三十首を選んで発表し、評を記します。2005年2月号から投稿をはじめましたが、新聞歌壇とは異なる、題詠の面白さを知りました。

 

 

2005年3月号 題詠 「火」  奥田亡羊 選・評

 

 

羊焼料理(メシュイ)する火を取り囲み夫と吾とそのつながりの集ふ谷底 

 

( 評 二位美帆シボ作は「羊焼料理」という素材が効いていて、ゴヤのサバトの絵を見るようだ。闇の中に集う眷族たち。第四句の遊ばせ方がいい。「つながり」という語が広げる不安感を「谷底」で受けて構成に安定感を与えている。)

 

実はこの歌を詠んだときは、選者の名前を意識していませんでした。いざ、郵送しようとしてアドレスを書こうとして、しまったと思ったのです。「亡羊」さんというのですから。こちらは羊を焼いてしまいましたし・・・・。ひやひやして送りました。この光景はアルデッシュ地方の山間で行われた夫の姪の30歳を祝う誕生日でした。親戚が25人も集まりました。フランス人はこういう家族の絆を深めるパーティーが好きです。ちなみに、羊は姪の彼氏が飼っていたものを生贄にしました。メシュイという言葉はいまやフランス語になっていますが、もともとはアラブ語です。

 

以下に一位と三位、および私の心に残った歌を記します。

 

一位 犬だった君を葬る火を見たがわたしの頬を照らす火だった       東條 尚子

三位 飛ぶことをやめたい鳥が自動車に四羽籠りて練炭燃える        鈴木 陽美

 

松明をかかげ山よりくだりくる巫女らを待てり能の舞台は         平野 秀子

 

黒い火の匂いを幾重にも纏い炭焼き小屋より父は戻り来         槇原 京子

 

君の火を探して春の野に出れば綿毛になりたるたんぽぽばかり     桐谷 文子

 

 

 

2005年2月号 題詠 「雪山」  中西由起子 選・評

 

闇の夜をふる初雪にあらはるる峰ほのかなりドイツ国境   

 

( 評 一位シボ作。初雪の導く認識が時間の経過を通して読まれている。幻想的な風景のなかで国境という言葉が全体を引き締め、四句目までのハ行の響きが結句の硬質感とバランスを取り合っている。このような題材は海外詠の強みでもあろう。)

 

これは初投稿の歌ですから、評価をいただいて嬉しくも驚きました。実は1999年の冬にこのドイツ国境の町の初雪を短歌にしようとしたことがありました。でも、失敗。このころはまだ短歌の初心者でした。その代わり、俳句が出来て、それが朝日俳壇の初入選になりました。

そのときの俳句は・・・・

街ゆけば黒髪かざる雪の華

かつて詠めなかった歌を「雪山」という題詠が思い出させてくれて、五年後に出来た歌です。

入選した30首のなかで、特に印象が強かった歌を記します。

 

ゲレンゲを郷人(さとびと)こぞり芒刈る雪よ降り降れ山籠る町       秋山智恵子

 

雪山のなだれに会ひし一瞬を両の手空(くう)に掻きて語れる        鈴木りえ

 

雪山にふかふかかふかふ熊眠る胃の腑に柿の種を沈めて         藤島秀憲

 

朝日子はいづこか赤く神さびて暁闇突きあぐ雪の八方連峰(はっぽう)   玉井慶子

朝日歌壇*俳壇 入選作品 2005年

つばめの巣ふえて子もふえ工房にためらいがちな木を切る音す   

馬場選05-09

l          一席評「住み心地のよい巣掛け場なのか、家主の工房の方が燕を怯えさせまいとしているやさしさがいい」

昨年の夏、信州の伊那で数日過ごした。もとはといえば、その春、フランスの地方自治体視察団のお手伝いを頼まれたことに始まる。参加者のなかに母親を同行した25歳のかおるさんという黒目勝ちの可愛いマドモアゼルがいた。別れ際、彼女にいただいた長い手紙に、「春は春の、冬は冬の野菜を作ってお料理しますから、伊那に是非きてください」という文があった。まだ若いのに思慮深い彼女に魅せられて、とうとう私は夫と息子を伴い、彼女が家族と経営する「ロッジ吹上」を訪ねた。車椅子の障害者も泊まれるような宿舎を作りたいと、まったくの素人であったかおるさんの母親が実現させた素晴らしい木造の建物だった。広々とした内部のあちこちに内村鑑三の書物が目についた。かおるさんは東北 ?にある内村鑑三ゆかりのキリスト教学校を出ている。

 このロッジの近くに家具作りの工房があり、お茶に誘われたついでに工房を見せてもらった。どれも素晴らしい家具だった。漆の木で作った家具は明るい黄色、台風などで倒されて水に浸かっていた木は薄墨の色で、それらの自然色を美しく取り合わせた引き出しには感嘆してしまった。コシノジュンコの野外ファッション・ショー用に頼まれて制作した椅子もいくつかあった。工房の主もやはりかおるさんと同じ学校を出ていて、そこで知り合った女性と結婚なさった。

野辺に向かって大きく開かれた工房にはツバメが出入りし、天井を見上げるとたくさんの巣が出来ていて、ときおり可愛い顔が見えた。「木を切る音がやかましくないのかしら」と思わず言ったら、「なるべく邪魔しないようにしてます」と、誰が工房の主なのかわからないようなことを微笑みながらおっしゃった。この家具職人の人柄に魅せられて歌に詠もうとしたけれど、なかなか言葉にならせなかった。それが、どうしたことか、忘れたころにひょいと歌になって飛び出してきた。ツバメの季節になったからだろうか。

 残念ながら、かおるさんの歌は何度も試みたけれどまだ出来ていない。

 

☆南欧のそら煌々とあおくして子羊(アニョー)は死せり渇く大地に 

馬場・佐佐木選05-02

 

l          馬場選評「南欧は異常乾燥らしい」

佐佐木選評「南仏・ポルトガルの異常乾燥に取材」

 

この歌を詠むのに苦労した。推敲していて31首めに出来た歌。こんな調子だから、たくさん詠めない。「気まぐれ日記」にも書いたけれど、南欧の異常乾燥の被害をもっとも被っているのは農家だ。昨年の冬からこの春にかけて北フランスでは随分雨が降ったし、多量の雪が積もって、水飢饉の心配はないと思っていた。ところが、雪解けの水もここ数年続いた異常乾燥による地下水の減少を解消することが出来ないという。最初の歌のテーマを、ここに焦点をしぼって詠んでみたが、どうも巧くいかない。説明的になってしまう。結局、様々な現象のなかで一番印象的だった子羊の死に焦点を変えた。いつの世も異変の最初の犠牲者はもっとも力が弱いものなのだ。

ひかり手に少女歩めりミモザの香                   金子選04-18

 

l          二席 評「歩む少女の手のひかりに季節の清らかな訪れが感じられて」

外国では短歌よりhaikuの方が知られているが、季語はほとんど無視して作られている。海外で俳句を作るのはとても難しい。季語の問題があって制限を受けるし、土地の名前が長くて、使えるものが少ないから。いつもいつも「パリ」を使うわけには行かない。というわけで、私がつくる俳句の数も少ないのだけれど、なぜ短歌だけにしないで俳句も作るのかというと、短歌気分ではなく、はっきりと俳句気分のときがあるからだ。とにかく、短歌と俳句は作り方も全く異なる。短歌の場合は天からひらひら落ちてきた言葉を手に受けて、それを推敲したり、ある日常の一シーンを写真にとるためにピントを合わせたりするかんじ。俳句は胸からぐっと言葉がつき上がってくるかんじ。短歌はより音楽的、俳句はより絵画的といえるかもしれない。

 

 

つば広く黒き帽子に影を得て汝が命日をひとり歩めり

佐佐木選03-28

 

l       帽子はあまり似合わないけれど、この冬の厳しさにとうとう黒い帽子を買いました。つばで目元を隠してかぶり、外を歩いたら、なぜかほっとして、今まで無意識に緊張していたのではないか、とふと思ったのです。市役所前広場を横切るときは、往々にして知り合いに出会いますが、「ボンジュール、サバ?(元気?)」と聞かれて、サバ(元気よ)と応えても、感情を隠しがたい日もありまして・・・・。

 

被爆者のかたえに訳す証言を五度くりかえし五度こころ(ふる)

 佐佐木選 02-21

 

* 1月11日から2月末まで、フランス西部のナント市で広島・長崎両市主催の原爆展が行われ、日本から広島平和記念資料館の副館長さんと被爆者の松本都美子さんが訪仏なさいました。ナントで中学生と高校生を対象に5回被爆証言をしたさい、私が通訳を担当しました。被爆当時13歳だった松本さんは感情を抑えて淡々と語られましたが、証言は詳細にわたり状況が目に浮かぶようでした。生徒達は身じろぎもせず聞き入りました。それにしても、海外で初めての証言、しかも厳しいスケジュールをよく堪えてくださったと、松本さんに感謝しています。50年のあいだ沈黙していた方が、決意して証言を始め、異国で数日の間に何回も証言した後、マスコミの取材で同じ質問に何度も返答するのは大変だったでしょうね。物静かで気品に満ちた松本さんの印象はふかく心に残っています。

 

うるわしき箱うるわしき紙幾重あけて現わる玉の和菓子は 

     高野選 02-13

 

* 日本の箱や缶はとても美しいので、捨てがたくてついついためてしまい、台所に置き場がなくなってしまいます。日本から届く干菓子なども綺麗なので、飾ったまま五年も経ってしまったこともあります。パリにはだいぶ以前から虎屋があって、その喫茶室でゆっくりすることもできますが、マドレーヌ広場のフォションの近くに源吉兆庵もできました。見るだけでうっとりする包装と和菓子。こちらの方は日本直送で、お値段にも唸ってしまいます。けれども最近は箱や包み紙だけでなく、一つ一つのお菓子を大事に大事に綺麗に包んで、その分実質は少なくなっているかもしれません。紙や箱にうっとりしながらも、捨てるか捨てないか迷い、捨てるときは環境問題も気になる、実に複雑な思いです。

         

 

 

 

 


1999年 11月7日〜12月19日  (短歌2首と俳句1首)


とりたての野菜をならべる巻毛のジャン歌えば雨の朝市はなやぐ     初入選  近藤芳美選              


ジュネーブの原爆展で鶴折れば吾をよびとめる難民の子は     近藤芳美選                        


街ゆけば黒髪かざる雪の華     初入選   金子兜太選                                    


2000年  1月16日〜12月17日  (短歌18首)


「平和の絵」をかく授業中つぶやく子 コソボに征きし父帰らぬに     近藤芳美選                     


黒々と油に重き砂をあつめ浜を清めに来し移民の子     近藤芳美選
  
                          
ネオ・ナチの足音高まる欧州を憂い八十路のロジェ証言す     近藤芳美選                         


きつねの道いのししの道と子らがよぶ森の小道に木漏れ陽がふる     近藤芳美選                    


泣き童子おしゃべり童子わらい童子 小馬(ボネ)をみつけて皆はしりだす     馬場あき子選               


被爆者の店で求めし雨傘をなくしてパリの街を濡れゆく     近藤芳美選一席                         


☆花蘇枋あかむらさきに咲く春よコソボの民は廃墟に帰る     馬場あき子選と佐々木幸綱選              


十階の身投げの女(ひと)の窓暗くあけ放たれて虚空に吠える     近藤芳美選                       


いつしかに節分もわすれ我が内の鬼をあやして異国に暮らす     近藤芳美選                        


とにかくも微笑むんだよというロジェの収容所「死別」「生き別れの日々」     近藤芳美選                 


「原爆の子」を語らへば聞く子らの視線はひしと我が身に迫る     近藤芳美選
                        

年々に五重の塔は沈みゆき古都はるかなり高層の駅     島田修二選                            


黒焦げのミシンに小雨が降りしきるナチの残虐オラドゥール村     近藤芳美選                        


約束の時を違えず現れし人レジスタンスの習性という     島田修二選三席                          


帰るたび知らない言葉がふえている行く街角に田舎の駅に     島田修二選三席                      


月桃のお香をたけばたちまちに広がる海と連なる礎     馬場あき子選                            


農薬の深くしみ込む大地にて蜜蜂が死す豊穣の秋     馬場あき子一席                           


闇ふかき谷間を駈ける音ひびき窓の灯に人を恋うロバ     2000年度 朝日歌壇賞 近藤芳美選一席 


空のあお映して青き君の瞳が灰色(グレイ)にかげる巴里の冬来る      馬場あき子一席                 


地中海の海老減少しフラミンゴの紅のいろ消ゆる世紀末なり     馬場あき子一席                     


2001年  1月21日〜12月24日  (短歌9首俳句4句)


人類はあと五十年存(ながら)えるか 聖夜の街の灯は点滅す     1月21日島田修二選                


☆月白く凍る夜空の下に病むコソボ帰りの若き兵士ら     2月11日近藤芳美選一席と馬場あき子一席       


シャンピニーの養老院に犬のいて時に笑うと言う人もあり     3月4日馬場あき子一席                  


モナリザといふ芋を売る春の市     4月16日金子兜太選九席                                 


ごぼうの葉なずな葉わさび明日葉をしんと抱けりブーローニュの森     4月23日島田修二選七席            


桐の花エッフェル塔の裾あたり     5月21日金子兜太選七席                                 


☆新緑の広場に古き貨車ひとつアウシュヴッツの記憶をとどむ     6月25日佐々木幸綱選五席と近藤芳美選九席      


朝まだき「自由の木」というポプラよりわく勝鬨のごときさえずり     7月29日島田修二選六席              


「原爆の子の像」の前に彼の人の来ぬ夏の日よ永遠に来ぬという     8月6日近藤芳美選十席             


風立ちて積み木はくずれ積みなおす平和とはなに平和とは     11月11日佐々木幸綱選一席             


しら菊や万聖節の十字架に     12月9日長谷川櫂選九席                                   


晩秋のミラボー橋こそ悲しけれ流るる河に君を思えば     12月9日島田修二選十席                   


またも来む阿修羅の息の凍るころ     12月24日金子兜太選一席                              

前書きに「奈良にて」と書いてあるが、なくても興福寺の阿修羅像と承知でき、感銘の激しさが伝わる。厳冬の凛冽たる寒気の中、息づいてそこに御座す御姿に今一度会いたい。


2002年  1月28日〜12月8日  (短歌24首俳句1句)


アデューわがドビュッシーわがセザンヌよ財布より消ゆフランス貨幣     佐々木幸綱選一席              


五十フラン紙幣の「星の王子さま」消えてユーロの年が押しよす     島田修二選一席                  


母国語のひとつ言葉の源をたどりて我は「時」を旅する     島田修二選四席                        


黄昏のアンボワーズの空燃えて慕情のごとく糸をひく雲     馬場あき子選二席                      


椰子の木にのぼる蜥蜴はふと止まり我を見下ろす目で追ふ我を     馬場あき子選十席                 


初しぐれミラボー橋を渡りけり     第二回芦屋国際俳句祭 稲畑汀子選佳作                      


☆チェ・ゲバラの写真のあふるる街角に笑いさざめく若葉の子らは     島田修二選一席と近藤芳美選九席     


グアンタナモ米軍基地の監獄にタリバンを置く火薬のごとく     佐々木幸綱選二席                    


帰りきて染井吉野を見あぐれば四半世紀の我が生も夢     島田修二選三席                       


軍用機を松脂で飛ばす戦争の傷をいだきて立てる松ノ木     馬場あき子選四席                     


家のなき子らもひととき笑ひけり道化師リュックがリマをゆく春     馬場あき子選二席                  


「自由」とう駅に降り立つ春半ば昏き時代の声たちのぼる     島田修二選九席                      
  

票のなき若きら集ふ桐のした明日の行方を見極めむとす     馬場あき子二席                      


菜の花は地平を埋めて輝けり取り残されし森の暗がり     島田修二選九席


屋根をふく金雀枝を刈る人絶えて眩しかりけりティンの山肌     近藤芳美選十席


万緑のアルデッシュの谷おりゆけば崩れ屋敷に石の十字架     馬場あき子選五席


この星の終焉ちかしと思う間もくちびるに愛(かな)し三十一文字は     島田修二選三席


菩提樹(リンデン)のうち重なりし葉のみどり我をつつみて遠き人の世     島田修二選十席


その色のただに真白くまどかなる形よろしきドイツの陶器     佐々木幸綱選七席


鴨の子と知らず卵を孵したる鶏のうろたう雛の水浴び     近藤芳美選十席


草叢のなき地下鉄にわき出ずる蟋蟀の音は都市に挑むか     馬場あき子選八席


戦いは不意に起こらず空のあお海のあおにも武器は潜みて     近藤芳美選十席


ある時は「戦わぬ人」と謗らし平和主義者(パシフィスト)らを憶(おも)うこの秋     馬場あき子選二席


原爆を語りはじめし我が前をふいに立ち去る若き同胞     佐々木幸綱選五席


空港に降りて紛るる同胞の群れのさ中に湧く淋しさは     島田修二選四席


2003年  1月6日〜12月8日  (短歌14首)


夜を刻む音こくこくとむらぎもの心を打ちて白む空かも     島田修二選八席1月6日


「一滴の血も捧げるな石油のため」若きら掲ぐパリは雪空     近藤芳美選一席2月17日


☆杖をつく人も身重の人もゆくひとりひとりの反戦の意志     佐々木幸綱選一席と島田修二選三席3月17日


セーヌ河の「自由の女神」はひそやかに見ており大洋(うみ)をめざす水流   朝日歌壇年間優秀歌島田修二選一席



月満たず子を生ましめし母たちの夜を轟きぬイラク空爆     朝日歌壇年間優秀歌近藤芳美選一席5月5日



☆自裁せし友のメールを消しがたくはやマロニエの影ふかき夏     島田修二選と近藤芳美選7月7日


☆雨ふらば雨と泣くべし風ふかば風に舞うべし碑の千羽鶴     島田修二選と近藤芳美選8月25日 


車椅子ならべて冬の陽のなかに老いても恋われ恋う二人あり     島田修二選七席9月8日


夏の陽を吸いし葡萄(シャスラ)の実を摘めば密の光を放ちて重し     佐々木幸綱選九席10月12日


生きたまえ巴里を観せなむ秋草の枯れて霜降り木の芽ふくころ     島田修二選三席10月27日


職なくも太陽(ソレイユ)があると南仏にあてなく来たる家族ありけり   朝日歌壇年間優秀作馬場あき子選一席11月3日



渡り鳥海をわたらず牛の背に止まりてあおぐ晩秋の空     島田修二選11月24日


核の世をひと日語りて帰る道マンチェスターの夕闇のなか     島田修二選12月8日


☆黄に染まる落葉の道の果てにある「詩人の館」という養老院     近藤芳美選十席と佐々木幸綱選五席12月14日    


2004年  1月19日〜12月211日  (短歌12首と俳句6句)


異国より出雲に嫁ぎし人ありて見慣れぬ山の影を恐るる     佐々木幸綱選1月19日


国ふたつ持つ心情の複雑にゆらぎ始めし吾子と夕餉す     島田修二選1月26日


手袋の片手のみありもの思ふ     長谷川展宏選九席2月2日


寒雷や身を起こしたる我の鬼     金子兜太選六席2月8日


いずこより湧きし鳥かな陽がさせば雪のパリにも囀りにけり     島田修二選六席3月1日


☆象の子は象の形に生まれ落ち100キロの身を地に立たしめたり   馬場あき子選二席と島田修二選三席3月8日


受話器より留守を告げたる汝が声のさやかに聞こゆ逝きし後にも     島田修二選十席3月22日


☆村が消え小さき町の名も消えて謂われも消ゆる我が母国とや   島田修二選一席と佐々木幸綱選一席4月11日


春雨をくぐりてカフェに現はるる     長谷川櫂選4月11日


むらさきの藤の花房まといたつ人無き家の香に誘われつ     近藤芳美選十選


1882年に礎石して以来、ようやく半分築かれたバルセロナのサグラダ・ファミリア寺院を七年ぶりに訪れる。

われ以前われ以後もまた石を組む聖家族(サグラダ・ファミリア)教会よ未完     島田修二選三席


☆立ち話子は子に見入るリラの下     金子兜太選と川崎展宏選一席6月7日


一票をパリで投ずるその刹那ぬばたまの夜の祖国(くに)を思へり     島田修二選一席7月1日


☆子供(モーム)らの「平和の風船」はろばろとノルマンディーのそらにかなしも  馬場あき子選一席と佐々木幸綱選10月4日


鳥わたる風車不動のしじまにて     金子兜太選三席10月11日


赤ちゃん(プチ・ペペ)とたどたどしくも子は云いてさらに幼きみどり児を指す     馬場あき子選一席11月1日


月あかり大きポプラを照らしつつ遥か砂漠にさし渡るかも     佐々木幸綱選九席11月8日


冬銀河またも旅立つ子の上に     金子兜太選五席12月21日