詩歌のシンフォニー

 

あまりお酒を飲めないわたしが、美酒のごとく味わう短歌・俳句・詩を少しずつ記録してゆきます。一緒に楽しんでいただければ幸いです。

 

1.     栗尾根文子の短歌エッセイ『サバンナの歌』より

2.     金子みすゞの詩と高浜虚子の俳句

3.蝶をめぐる歌と句のシンフォニー


3.蝶をめぐる歌と句のシンフォニー

草の葉を透る日かげに吾が息も殺すべくして蝶生()るるなり      安永 蕗子

 

蝶々(てふてふ)のもの食う音の静かさよ                高浜虚子

 

蝶失せぬ早瀬落ち合ふ渦の上                     水原秋桜子

 

春潮(はるしお)のあらぶるきけば丘こゆる蝶のつばさもまだつよからず  坪野 哲久

 

水打てば夏蝶そこに生まれけり                    高浜 虚子

 

たどたどと蝶のとびゐる珊瑚礁(リーフ)かな               篠原鳳作

 

蝶老いてたましひ菊にあそぶ哉                     星布

 

行方追う眼路より消えし秋の蝶見失いしは蝶にありしや         菊池良子

 

凍蝶の己が魂追ふて飛ぶ                       高浜虚子

 

指先をのがれし蝶のもどかしく吾が初恋はここに終われり        山崎方代

 

初蝶を夢の如くに見失ふ                       高浜虚子

 

 

「現代では、俳句、短歌の二刀流はうさん臭いと敬遠されがちだ・・・・」と大岡信著『百人一句』に書かれている。しかし、正岡子規や寺山修司は多くの秀歌・秀句を残した。

夏目漱石と芥川龍之介は俳句、森鴎外は短歌を詠んだ。私は短歌気分のときと俳句気分のときがあり、両方を試みる。短歌を作っていて俳句になってしまったこともある。

ある日、パリ在住の日本人に電話でこんなことを言われた。「朝日歌壇賞受賞おめでとうございます。でも、俳句はもっと奥が深いから俳句を学びに来ませんか」

褒められたのか、けなされたのか、よくわからないような内容だった。

他にも、短歌をめちゃめちゃにけなして俳句をべた褒めにする日本人がいた。

 どうしてそのように考えるのか、私にはまったく理解できない。たった14文字の違いだが、俳句と短歌はまったく異なる。私は日本のこの二つの伝統詩を誇りに思っているから、どちらがより良いなどとは言えない。

大岡信は村上鬼城の俳句を解説しながら、短歌と俳句の違いについて、次のように記している。「短歌は5757777でため息なり憤りなりをもらさなければならないような構造になっている。上の575だけなら情景描写のみでよいが、77がつくと、その情景の中に人がいて、その人がどう思ったか、どうしたいかを書かなければ成り立たない。

心情をもらすということは、鬼城にはしにくかった。・・・・俳句は自分の置かれた状況を直接歌わずに、自分の気持ちを示せるということがあり、それが鬼城独自のスタイルと内容を決定したと思う」

というわけで、「蝶」をテーマにした俳句と短歌を混ぜて並べて味わった。

それにしても、虚子は蝶の句をたくさん作っている。「蝶の食べる音」を句にするなど、前衛俳句顔負けではないか。やはり虚子は巨人だと思う。

2.     金子みすゞの詩と高浜虚子の俳句



その中にちいさき神や壷すみれ    高浜虚子

 

 

蜂と神さま         金子みすゞ                                                  

 

蜂はお花のなかに、                                    

お花はお庭のなかに、                                      

お庭は土塀のなかに、                                

土塀は町のなかに、                                           

町は日本のなかに、                                         

日本は世界のなかに、                                      

世界は神さまのなかに。                                 

 

さうして、さうして、神さまは、                  

小さな蜂のなかに    

 

                                        

 俳句の巨匠という形容では表しつくせない高浜虚子(18741959)。虚子の句を読めば読むほど、その世界の広大さに驚く。1896年に発表された掲句は虚子の名を明記しなかったら、女性の作ではないかと思うほど繊細だ。1903年に生まれ、26歳で自死した金子みすゞの詩と並べてみた。俳句も自由詩もそれぞれに素晴らしく、味わい深い。

 

 

1.       ケニアのナイロビで四年過ごした栗尾根文子の短歌エッセイ『サバンナの歌』より

「欧州短歌no.4 / 1998-12」掲載                         

 

おぎろなき空と大地の間(あはひ)にて風を聴きゐる鹿たちの耳

 

河馬浮かべ鰐を潜ませ泥色の河きらきらとサバンナをゆく

 

ホッホッと時折楽しく笑ひつつハイエナの骨噛みくだく音

 

サバンナに虹生れ消ゆる迄の間を流離の想ひに身をまかせゐる

 

草の繁み樹の間を這ひてどれほどの時間(とき)を生みたるみどりの蛇か

 

陽に透かす我の指(おゆび)の血のごとき薄くれなゐの草の穂の海

 

夜にまぎれ草喰む河馬はまだ濡れて星の明かりに鈍く光れり

 

星の光注ぐ水場に白サイの母子あらはれ遊びてゆけり

 

あらかじめ角を截られて密猟より守られ生くるサイの哀れは

 

霧出でて象の群徐々に隠しゆく遠き林は既に見えざり

 

「・・・・日本に暮らしていると地表のすべてを人間が覆いつくしているような錯覚に陥ることがある。しかしアフリカにはまだまだ人間が手も足も出せずにいる自然がある。以前アルジェリアに暮らした折訪ねたサハラ砂漠も凄まじいまでに美しかった。しかし、硬質の美ともいうべきそれより、生物の息吹に満ち満ちているサバンナが私は好きだ。生まれて死んで大地に還る。弱肉強食という言葉がここでは決して非情な響きをもたない。まことに清潔で自然な生と死の連鎖だ。倫理であるとか道徳であるとか、あるいは見栄や世間体や、ありとあらゆるもので鎧って生きている人間もとどのつまりは動物で、それも牙も角ももたない最も弱々しい動物なのだと実感することは不思議な安らぎであった。私は自分のルーツをつきとめたような思いでサバンナの動物たちを見ていた」栗尾根文子