わたしの歌歴(後藤人徳)
以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
歌集を作る作ると言って去年も暮れました。思い切らなければ、自信のある作品を待っていたら一生出来ないかもしれません。まあ、そんなに弱気にならず、楽に一年過ごしましょう。明るく明るく、光を求めて暮してゆきたいと思います。
平成18年今日の短歌NO.3へ
備忘記録
我が家の天使
永田和宏作品100首 平成十八年の作品より 短歌鑑賞(稲葉京子)
6月27日(水)
パソコンの前に座りて目をつむる歌のひとつも浮かび来(こ)ぬかと
社保庁の実務をなすは労働者その責任を組合は取るか
この国の根底をなす労働者その責任を組合よ取れ
組合の衆を頼みて君臨す労働貴族と呼ばれる人ら
組合を悪しざまに言うわれこそは若き日そこで生きて来た者
6月26日(火)
全身に雨粒をつけ紫陽花が試練のあとのごとくかがやく
石を噛むごとき歌集の「山西省」わが魂に沁み入っってくる
政治とはむしろどろどろしたるものわれは思うよ大和田議員
帰園日の子は早速に窓を閉めドア閉め部屋に籠り始める
6月25日(月)
施設より帰り興奮している子やはり自宅が良いのだろうか
世の中の流れがクリーンに向かってる政治にしても経済にしても
偽りで生きゆくことが難しい世の中になるそんな気がする
6月23日(土)
「山西省」読みすすみゆき感じたり苦しくもいまだわれは人なり
戦争の悲惨を思う人として生きえることを幸いとして
生きている証(あかし)となるや今日もまたブログ書き込む誰にともなく
6月21日(木)
傍らの椅子の老人突然に「わしが最初」と列に割り込む
問診で介護あるいは認知症らしきことなど質問される
潮の引く初夏(しょか)の浜辺を歩みつつしきりに渇くものを感じる
手に余り子の世話をまた押し付ける透析終えて帰りたる妻に
6月18日(月)
欲張るは卑しき性(さが)かあれこれと書物を積みて時に追われる
命日が巡り来たりて「悲しき酒」唄うひばりがまた涙ぐむ
平等のものの一つぞこの時間あくせくするな心貧しく
6月16日(土)
此処(ここ)と決め根を張る松か断崖のそれも巌の上というのに
岩つかみあらわとなれる根の松よここに生きるか生きるほかなく
風荒く岩ばかりなる崖の松ひたすらなるも口惜しくはないか
潮風に身をよじりいる松の木は今日も無言に崖を見下ろす
6月15日(金)
点滅の信号駆けて渡りたりかく彼岸への道も急ぐか
ひと山を覆い咲きおる紫陽花の花見終りて冷える思いす
6月14日(木)
「なぜ短歌」わたしの問いに「縋るもの」と九十六歳の友即答す
来月は旅行で歌会は欠席と九十六歳の友が告げたり
6月10日(日)
栗の花すっかり伸びて覆いたる中学校の坂道匂う
真直ぐに花弁を上に向けて咲く白き十字のどくだみの花
忠魂の魂(たま)鎮めんと紫陽花が青紫の花咲かせおり
6月7日(木)
軒下にトマトを植えて喜びしアパート暮らしのころの思い出
職責は全うするが先のことは責任取れぬ取りようがない
何もかも失いし後泥の中を這い上がりしかわが親の代
6月6日(水)
佑ちゃんと同じ日と妻喜びて6月6日に還暦迎える
結局は一人一人の問題だ愚かな民にはおろかな国家
伝統の早慶戦か若き日は慶早戦と言いて出掛けし
栗の花甘く匂える路を行く充実の秋いまだ遠しも
6月3日(日)
中学の同窓会に出席す大学時代のクラス会はやめ
歌作る友に酔いきて説教す短歌は遊びでないと何度も
カラオケを歌い酒飲み金繰りのことはすっかり忘れていたり
6月2日(土)
毎年のことにはあれど6月の売上げ増えよふえよと願う
売上げが4月激減5月また悪く6月の金繰り苦し
わが性(さが)の故かあるいは何ゆえやかくも苦しむ原因はなに
6月1日(金)
月末をなんとかかんとか乗り切った小雨に濡れてしばし歩めり
結局は人の情けにすがりたり支払い延ばし給料のばす
生活が掛かっているという言葉給料延ばすたび聞かさる
5月31日(木)
政治こそ泥こね稲を植えること稔りの秋は結果に過ぎぬ
政治こそ人の世の事ドロドロとしたる泥田をこねるに似るか
泥の田を這いつくばって稲植えるわれの短歌よそのようであれ
竹林の静かなさまよ重々と悔いいるごとく頭を垂れる
5月30日(水)
何もかも当然のごと過ぎてゆくあたりまえなるか人生はみな
何をああ訴えるのかどろりとした眼(まなこ)を向ける松岡大臣
はにかみとも思える笑みが映りいるすでに自死してこの世におらぬ
悪人でないとわたしは答弁で直感しました松岡大臣
マスコミよこれでいいのか君たちが追いつめ自死に追い込んだのだ
マスコミはまったきものか大臣を追いつめ自死をさせるほどにも
世論とう得体の知れぬ怪物に殺されたんだキリストもまた
5月28日(月)
機械にて植えられし稲は小さくて整然として皆行儀よし
大陸の黄砂が千の風に乗り伊豆半島の下田に降るか
何日もわれの頭を悩ませし三万円の不明判明
不渡りにならず済みしも月末の金繰りほとほと自信なきなり
5月25日(金)
点滅の信号を駆け渡りたりかく彼岸への道も急ぐか
手もとより離れし金は生き物のごとく動きけば追跡できぬ
原因の掴めぬ現金不足金ほとほとわれは自信失う
現金の不足すなわち出金の伝票もれと思いおれども
5月23日(水)
三万円金庫の金が合わなくて再度最初に戻り数える
三万円金が合わない休み明けの常に感じるプレッシャーぞこれ
拙くも己が言葉で歌作るキラキラしたる言葉嫌いだ
金銭の管理はわれの仕事にて合わざることが心に残る
金銭の合わぬのは己が責任と弁償するは容易(たやす)けれども
一日のわが行動を監視するカメラがあればよろしきものを
5月21日(月)
草の道踏みて歩めば爪先に湿りてきたり清き朝露
草原にあまねく朝の光差し葉先の露に命生まれる
水田に映るわが影ことのほか鮮やかなる色澄める水面(みなも)に
忙しきときこそ真(まこと)の歌生(あ)れよ生きる命の歌よ生まれよ
5月19日(土)
苦しきは歌にすがらん歌にして心の中を明らかにせん
エサ運びに励みおりしが軒下に骸(むくろ)となりて燕横たわる
身代わりに死にし燕か軒下に今朝は骸となり身を晒す
輝きてさえずりおりしつばめなり綿くずのごと骸となれり
5月18日(金)
自販機の売上金も掻き集め不渡り回避の資金に当てる
銀行にすでに回わった小切手を戻してもらう交渉をする
不渡りにせずになんとかおさまるも朝より背中に鈍痛がする
傍観者たるを拒否して苦しみに対(むか)うはわれのボケ防止策
5月15日(火)
歌作る人に悪人いないから入会理由友は答える
身を守る鎧欲しいと思いつつ蟹亀貝の歌を作るか
長生きの秘訣は心を保つこと九十六歳歌友の言葉
5月14日(月)
麦秋というなつかしき言葉あり庭に数株育ち靡けり
言わなくてもいいことをまた口にせり正直なれば許されるのか
何言うか分らない時がいまだありわが性(さが)なればいたしかたなく
中也の詩「よごれてしまった悲しみに…」汚れていない中也のこころ
真実のことば守れる人々の細き流れを「アララギ」に知る
5月11日(金)
カラオケで熱唱したる清(すが)しさはただひと時の楽しみと知る
カラオケの演奏に酔い歌いたり遊びにすぎぬそら言の歌詞
たとえわが拙き言葉つづるとも短歌で伝えんわれのこころを
わがこころ伝えるために演奏はいらず片こと言葉で足りる
5月10日(木)
突然の電話の知らせ20首詠啄木コンクールに入賞したり
一握の砂こそわれの短歌なり涙拭(ぬぐ)わず示すその砂
砂金でも宝石でもなきただの砂取るに足らないひとにぎりの砂
遊びでも娯楽でもなきわが作歌生きる証(あかし)の苦行にも似る
5月9日(水)
磔刑(たっけい)をむしろ喜び逝きたるやただ真実に生きなんとして
給料を払いたきため遅らせるわれは三ヶ月社長は五ヶ月
三ヶ月遅れとなるも手にしたる給料袋を持ちて帰宅す
ジャスミンの香り漂う街中は黒船祭り一色となる
5月8日(火)
嘘つきと己を歌う啄木のその真実が迫り来る夜
楽器なく三十一音あるのみの短歌に託す真(しん)の心を
美辞麗句並べる余裕などはなし直の思いを述べるだけです
5月7日(月)
音たてて池に沈みし石つぶて意志持つごとく石のつぶやく
ぽつぽつと音たて池に沈みゆくもの言えぬ子の投げるその石
二十四となるに言葉を拒む子が感情込めるぎこちなき手話に
5月5日(土)
新緑に覆われている山肌に竹林が増え枯葉を降らす
証明用写真撮りたりしみじみとまぎれなきわれ六十四歳(ろくじゅうしさい)
障害の子が四十となりしときわれの齢(よわい)は八十となる
れんげ草生命力を誇りしも雑草に負けあまり目立たず
5月2日(水)
連休の五月初めの混みあえる街に駐車の場所を求める
駐車する場所を求めて街中をぐるぐる回る銀行に来て
渋滞の道反対の方向へ転回刹那車接近
5月1日(火)
梅の木はその円(つぶ)ら実を葉の陰に太らせている明日より五月
初夏(はつなつ)の光りとなりて風もなし四月最後の一日となる
ハナミズキうす紅(くれない)の花びらが開きもうじき黒船祭り
4月30日(月)
田植え待つ水田(みずた)は澄みて静かなり日を映しては鋭く光る
水田に小さき苗が整然と植えられてゆく機械によりて
青空に雲ひとつなく晴れた日よ鯉幟みな尾を垂れている
行楽の車激しきく走るなか乗合バスに人影はなし
4月29日(日)
ベランダに小さき鯉の幟あり洗濯物もともに泳げり
ものすごき風吹く今日は鯉幟その全身をくねらせている
雷(かみなり)を伴い降りし雨やみて新緑の山に霧昇りゆく
4月28日(土)
どうなるか先のことなど分らないほんとのところどうなるのだろう
歌一首作ってそれがどうなるやほんとのことなど詠えるだろうか
なにもなきただの三十一音のよるべなきこのわが短詩型
4月27日(金)
春なんだ生き返るんだしなやかに柿の若葉のごとき復活
趣味なんてとんでもないよ生きること必至に生きるそれが短歌だ
カラオケのほうがよっぽど楽しいよ短歌というは遊びではない
4月24日(火)
沢山に取れた竹の子ブロッコリアスパラガスも入れて子に送る
どうしても施設に戻る日の朝は自棄(やけ)食いをするなおも吐きつつ
施設より帰りしわが子早速に散歩をせんとわれの手をひく
一生は苦しみごとの連続と思えど子よりは除きやりたし
4月22日(日)
葉桜となりたるもとにつつじ咲きハナミズキ咲き祭り近づく
春にはやくれない色にもみじしてやわらかき葉が風に吹かれる
削減の市議会議員選挙明日 お願いするは市民のほうだ
「短歌について」
短歌に悩むことが、多いこの頃です。それは、まず気に入った歌が出来ないということがあります。また、歌は出来るのですが、歌を作るよりどころみたいのが欲しいのです。そうした悩みのなかで、近藤芳美を知っていろいろヒントを受けました、いまも受けています。そして、近藤芳美の師である土屋文明についても自然に色々知る機会をもてたことは有益であったと思っています。
短歌というのは、楽しみごとではなくむしろ苦行に近いものではないかとさえ思うのです。しかし、短歌を作る生活というのは、短歌がない生活、短歌を作らない生活に較べてとても充実した生活のように思えます。そんな最近の心境です。
啄木が常にわたしの心の奥のほうにいます。作歌について悩んでいたとき、啄木の一首が浮びました。「頬につたふ/なみだのごはず/一握の砂を示しし人を忘れず」、この歌の中に短歌の真理が表現されているように思えてなりません。歌集の題名も「一握の砂」となっています。
短歌と言うのは、あれこれ説明するものではないといわれます。まさに、「一握の砂を示す」だけのことのように思います。啄木は「私の短歌はこれなんだ」と一握りの砂を示しているようにも思えます。
宝石でも砂金でもない。私の大切なものは取るに足らない一握りの砂のようなものですと。それも、涙をながしながら示します。啄木でならずとも、わたしも、その人のことを決して忘れないでしょう。
短歌鑑賞
ベランダに来る雀子に名をつけてやらむと思ひいまだつけずも 稲葉京子
庭でなくベランダに来る雀。そこに作者の生活環境が想像でき、孤独な感じを受けました。時々くる雀はよき相談相手だったのでしょうか。今日も話し相手になってもらいあらためて名前を付けてないことに気付いたのでしょうか。前から付けてやろうとおもっていながら付けてないと気付いたのでしょうか。
或いは、深い親密な人間関係を好まぬ作者の心理を歌っているようにも思えるのです。深読みでしょうか。親しみを感じる歌です。
4月21日(土)
しなくてはならぬと思うことひとつ頭にありて今日もなし得ず
啄木はこれが短歌と示したり取るに足らざる一握の砂
われもまた取るに足らざる一握の砂を握りて示さんとする
頬ぬらす涙ぬぐわず一握の砂を示さんわれの短歌と
4月19日(木)
銃もなく金もなくただ一行の歌あるのみの独立よあれ
個の時代と言わんばかりにオートバイ爆音たててわれを抜き去る
雑草の花の可憐さ愛でたるは六十歳を過ぎしある朝
石楠花の群生をする丘に立ち遠く真白き富士を見ている
4月15日(日)
希望というもののかたちか新緑が全山覆い輝いている
廃業のビニールハウスの切れ端が羽ばたくごとき音を立ており
4月14日(土)
一ヶ月費やし打ちたるデーターが一瞬に消え復帰出来ない
こんなこともういいかげんいいだろう年金暮らしでいいではないか
早朝の公園歩けば犬連れる老人に会う一人また一人
4月11日(水)
いい歌を作らんとするこの心卑しくないかと問う声がする
鶏のその鳴き声を聞き分けて妻は何やら声をかけおり
わが性(さが)は商家の生まれのためなるや人に合わせて話すこの性
4月10日(火)
吹き荒れし夜の名残の水たまり澄みたる朝の光を映す
雨降りて川瀬の音の響かうを切り裂くごとき雉の一声
若者よ空を見上げよ枇杷の葉の若葉そろいて伸びゆくように
4月9日(月)
はかなげに咲く花なるかさくら花つくづくと見るおしむがに見る
霧晴れて桜の花の多(さわ)に咲くうす紅色(べにいろ)の山現れぬ
霧まとう春の山々紅(くれない)の色散りばめる桜咲かせて
うす日さし霧消えてゆく遠山に名残のごとく桜咲きいる
柿銀杏若葉となるもわが庭の百日紅はいまだ芽吹かず
4月8日(日)
子が逝きて二十五年が過ぎにけり思えば若葉の4月であった
真夜中のわが家明るく人集い亡くなりし子が横になりおり
憂いもち歩めるわれを励ますと川瀬が音をたててながれる
憂い持ち俯くわれを励ますと小薮(こやぶ)のなかにうぐいすが鳴く
柿の葉はいまだ幼くぶり返す寒さを受けてちぢこまりいる
やわらかき葉におおわるる山々よその彼方なり君の住む町
4月7日(土)
道隅(みちすみ)に一円硬貨ためらいしのちに拾えり軽き一円
穴開きし巣を修復すつばめらは今年もわが家で子を育てるや
夕日受け流れる川は金色の帯となりたり今日のよき日に
柿の木に若葉が戻り銀杏(いちょう)にも活気出(い)で来しさあがんばらん
4月6日(金)
潮風をいっぱいに受け泳いでる今年初めて鯉のぼり見る
会社とは一族のものかリストラに社員はあまた退職をする
経営の失敗あまた転化されリストラされる社員はあまた
(注)ここの会社は、特定の会社をうたっているのではありません。
4月5日(木)
極まれるものの寒さか花咲けば必ず見舞う花冷えのこと
言葉なく二十四年を生きし子のことばとならぬ心根の声
雲覆う空のもとには冷えびえと咲き極まりて桜枝垂(しだ)れる
ひっそりと枝垂れ桜の咲く寺に朝の勤めの庭を掃く音
川岸に桜植えしは散りしのち再び水面(みなも)にさくら見るため
4月4日(水)
千年を経たる短歌の瑞々しそのみなもとは常に清しく
このごろの風の強さよ人類の環境破壊をわれは恐るる
温度計二十四度を上回る四月になったばかりというに
4月1日(日)
枯れ枝に柿の若葉が萌え出(い)でて春本番を迎えたるなり
その力出し尽くし見よ遅咲きか早咲きなるかわが知らぬこと
二分咲きの桜の蕾紅色に染まり咲かんと力漲る
3月31日(土)
あまたなる椿の花を咲かせおり庭は華やぐ廃屋(はいおく)にして
皮剥(は)ぐと山に植えたる桜の木今山肌をけぶり染めおり
山霧が立ち昇る後遠山はすでに桜の咲きけぶりおり
六十の齢(よわい)をもちてひと世とす染井吉野は老い初(そ)めにけり
その光ガラスの如く感じつつ染井吉野の夜道を歩む
剃刀の刃のごと光る水溜り夜半(よわ)の車の車輪に掛ける
3月30日(金)
過去を捨て惨めな今も捨て去って未来描かん未来見詰めん
小椋佳「愛燦燦」を歌いおり「人生てええ嬉しいものですね」
3月29日(木)
〆切りの四日を過ぎて届きたり九十三歳の友の歌稿は
風邪ひくと元気な文字で書かれおり九十三歳の友の歌稿は
3月28日(水)
災害の映像われは好まざりたとえば老人の食事風景
海沿いのホテルの前の道路には渡るすきなき車の流れ
3月27日(火)
ロープ張り洗濯バサミ吊るされる若布干し場の夕べを歩む
波の上に遊ぶ夕光もろともに巻き込みながら崩れゆくなり
3月26日(月)
荒びたる雨風(あめかぜ)止めばうぐいすがのどかな声でまた鳴き始める
春嵐過ぎたる庭に何ごともなかりしごとく雀降り立つ
春嵐なごりの川は濁流となり川幅を広げ流れる
歌出来ぬ時こそ心が死んでいる感じる心が死んでいるのだ
地の底に潜むマグマのごとくにも歌の心よ噴出してみよ
3月25日(日)
当然のごとく囀るうぐいすを待っていたんだここ数ヶ月
薄日差し鴉の声がのどやかに聞える朝のわが里に立つ
朝の日に照らされ瓦輝けり明るき未来が続くごとくに
石垣に生えし菜の花一株がこんなにあたりを明るく出来る
枇杷の木が青く小さな実を付けて清しき水の音が聞こえる
3月24日(土)
秒針の刻める音か心音か夜更けの闇に高鳴るばかり
弁護士に会わんと四時に目覚ましを掛けるもすでに三時をまわる
「倒産を救ってみせる」の著書を持つ弁護士の机に娘の遺影
「千の風になって」の歌詞を弁護士は亡き娘(こ)の写真に記(しる)しかざれり
自死をせし子に向かいては何故という問いを幾たびしたるか語る
過ちは正して生きん生きぬかん命守らんまずはいのちを
3月23日(金)
生きているいまこの時の感激を歌にせずして何を歌うや
何もかも歌うのでなく中心をひとつにしぼり歌は作らん
どれだけのことを省くか短歌にて一番大事なことの一つは
苦しみを避ける心の先にあるものの一つか呆けというのも
3月22日(木)
生き行くは苦しきものと知りしいま命ますます愛(いと)おしきなり
幾人(いくたり)の命失せしや戦(いくさ)終えただ鎮もりて忠魂碑立つ
風雪に耐えよじれたる椎の木に瘤あり洞(ほら)あり黙し語らず
3月21日(水)
今日ひと日われは生きたり苦しみの量だけ命のかがやきを知る
雲のなく風おだやかに昼を照り思い出(い)でたり朝の寒さを
3月20日(火)
水量の乏しくなりし河原には菜の花が増え満開となる
今われは何をなせるや生きている証(あかし)となしてなにをなせるや
花びらを崩さぬように落ちている椿の花の生き方なのだ
3月17日(土)
公園に飾られ回るかざ車その幾千を子らが作れり
花冷えというには早い開花まえの冷たき風が小枝をゆする
松陰をしたい空穂が詠みし歌ここ柿崎に歌碑建てもうす
3月16日(金)
公園に子等のあまたな風車牛乳パックの底で作れり
潮満ちる浜に一羽のカラスおりひょいひょいひょいと横ざまに飛ぶ
小姑が三人おりて小遣いもなく働きしか若き日の母
六十を過ぎし息子に小遣いを与えることを母は好むか
3月15日(木)
菜の花の盛れる前になにがなし大きため息ひとつつきたり
日の光おだやかに差し春初め川瀬の音の軽やかに鳴る
節約はわが金繰りの要(かなめ)にてしかして詩歌の要諦と知る
弓なりになりし枯葉が舗装路を転がりてゆく春まだ浅し
獣(けだもの)の皮ぬぐごとく暖かき空気を感じ開く木蓮
3月14日(水)
何ゆえにスピード増して急ぎしや違反のキップ切られ気がつく
運転の初心を忘れ惰性にて凶器であるをわすれ過すか
この歳で真に思うよ堂々と生きよう影に隠れなどするな
もう一度おのれを捨てて少年の頃に戻らん純なる頃に
3月13日(火)
一日に一首作りて残さんよ命一日延びし思いに
生きている思いがあれば必ずや歌が生まれんいのちの歌が
惰性にて生きているのは生きていることでなければ歌も出来ない
3月12日(月)
枯枝に止まる雨水今まさに花びらのごと白く輝く
木蓮が桃のつぼみがうぐいすが一度に春の始り告げる
花付けしシンピディウムは病い持つ妻が夏の間手入れしたもの
3月10日(土)
目的もなく薬局に立ち寄って栄養剤など買っているわれ
会社では資金繰りにて苦しめど月一万の小遣いで足る
3月9日(金)
凄まじき金繰りなれば先のことを数字にするは偽りに似る
六ヶ月一年先の金繰りを書けというのか書くは易しも
3月8日(木)
生きゆくはかくも辛きと言うように這いつくばれるわが影法師
耕せし畑を置きて入院す老い深めたり隣の人は
わが庭を覆いて咲きし木蓮が殺伐とする心鎮める
3月7日(水)
過ぎ去りしこと悔むまいこれからだわが人生は今に始まる
また冬に舞い戻りたるごとくなり早咲き桜散りてしばらく
無能とも愚図ともわれをいえば言えまず正直に生きんと思う
3月6日(火)
五十年前に下宿をせし街よ古びしままに食堂残る
人類の自然破壊の報復か風雨激しくわが窓を打つ
春嵐過ぎし夜更けの空は澄み煌煌として望月ひかる
3月5日(月)
わが里に増えたる鷺の華麗なる飛翔にもれる濁りたる声
個人主義思想に侵され来たるわれ殻に籠もるを常態として
ジコチュウは自己中心の意味にしていじめる側が言い訳にする
いじめにはめげないという手記遺し十五歳にて命を絶ちし
3月3日(土)
鶯の声定まらぬ山の駅に上京せんと息切れ登る
小切手が切れぬと言えばそのほうが良いと即座に弁護士は言う
出来ぬこと思い悩んで眠られぬ夜を過した今に思えば
「倒産を救ってみせる」の著書を持つ弁護士が飾る娘の遺影
著名なる弁護士にして十五歳の娘(こ)の自死という体験を持つ
絶対に死ぬなというは今はなき娘に言いし言葉なりしや
「千の風になって」の歌詞を亡くなりし娘の写真に記(しる)す弁護士
自死をせし子の亡骸に何故という問いを幾たびしたるか語る
3月2日(金)
秒針を刻める音に心臓の音が重なり夜更けとなりぬ
ぎりぎりの思案の果てに行き着くかみ名を何度も床で唱える
弁護士に会わんと四時に目覚ましを掛け眠れずに三時となれり
3月1日(木)
自らを知れとう教え思い出(い)ず忙しく時を過ごしつついて
群がりて土を啄ばむ雀らののどかななかに真実がある
2月27日(火)
道上の山茶花の垣花びらを散らしていたりトタンの屋根に
廃屋のトタンの屋根は釘さびて風にめくれるたびに音たつ
根元には菜の花が咲き早咲きのさくらぬくぬく満開となる
2月26日(月)
空気よりましの発想固定費の多いホテルの苦肉の策は
固定費が多く金繰り苦しくてまた安価なる団体をとる
不渡りの回避のためと業者には手形のジャンプをお願いに行く
結局は借りすぎなんだ売上げの三倍強の借り入れの額
功利主義時代を生きて六十年そろそろ脱皮の心がうずく
2月25日(日)
わが里に見知らぬ鳥が泳ぎおりすでに異変が始まっている
雨上がりの山に湧きたる霧の群れ雲間の空に吸い込まれゆく
2月24日(土)
透析の妻心障の子を抱え会社危うき今日を越したり
過酷なる環境のなか生まれ来る歌は泉のごとくかがやく
フリーズをしてばかりいるパソコンをなだめなだめて打ち終わりたり
2月23日(金)
電話にて失礼ですが不渡りになったらその後どおなりますか
不渡りというは言葉で知っているしかし経験したことはない
この先は危険とあれば近づかぬそんな一生だったのだろうか
2月22日(木)
危ないよそこの自動車あせってる気持ちが車体に溢れているよ
寒冬を知らざる山か熟睡をせぬまま起きた心地に似てる
枯草の根元に青き草生えて頼もしきわが復活の春
益もなき営為なれども自己顕示のみにあらずとわれは信ずる
2月20日(火)
枯草のなかを歩いていたカラス飛び立ちてまた枯木に止まる
捨てられし雌鶏(めんどり)拾い来たる妻ペットになればいいと言いつつ
まっすぐに天に伸びたる杉の木のうちに一筋に徹るたましい
いらいらとしても解決せぬことを承知していていらいらとする
2月17日(土)
やれるうちはやらんと思ういつまでもやれるかどうか保証はないが
君のこと信じ感謝をしているよそこがもっとも表わせないが
堤防に首をすくめた鷺一羽夕日背にし佇んでいる
2月15日(木)
冬枯れの枝にあまたの雨粒がこぼれないぞと輝いている
山里を覆いし靄は雨あがりの明るき空に吸い込まれゆく
梅の花多(さわ)に咲けども受粉樹の枝切り過ぎて花あまりなし
温かき二月の風が伊豆に吹き早ばや春の一番となる
2月14日(水)
朝の陽に照らされている枯ススキ身軽となった穂先揺れてる
春の風早くも吹いて八つ手の葉揺り動く影ガラスに映る
キリストを信ずるわれをこころよくあるいは妻は思いていぬか
マタイ伝のテープ流せとドライブをすると子どもが催促をする
海原を初めて見た日砂丘を駆けくだりりつつ友と叫んだ
2月13日(火)
わが袖を子はつかみたり知らぬ土地を歩けるときの習慣として
梅園はまだかまだかと葉の落ちしクヌギ落葉を踏みながら行く
満開の梅の林の枝間から雪置く富士が小さく見えたり
梅園の花咲くなかにコンクリの白き順路は続いていたり
梅園の枝間に見えてつくづくと澄みわたるなり空の青色
2月12日(月)
畑なかに耕やしきれぬ一所(ひとところ)ありトラクター夜を迎える
切岸に生えたる椿の花が落ち淵を真っ赤な色に染めたり
太陽は沈まんとして山の端に砕け散るかの光線放つ
2月9日(金)
霜おきてしずもるわが家の梅の花朝の日を受けきらら光れり
うす曇る海原にいま銀色の小粒となって光りが跳ねる
潮のひく波打ち際に今日も来て鷺がしきりに何か啄ばむ
2月8日(木)
耐えて咲く花かと思う遅咲きのわが家の庭の白梅の花
いかほどの蜜があるのかわが庭の梅を命の糧とするのか
川中に鷺うずくまるごとく見え近づきたれば乾きたる石
2月7日(水)
紙幣より硬貨を好む自販機でジュースを買うを覚えたる子よ
二十四の息子かわいや自販機に硬貨を入れて出ると喜ぶ
なるようにしかならないがこれだけは保ち生きんと決めしことあり
2月6日(火)
施設へと子の去りしあと寂しさは悔やむこころと共に湧きくる
なぜもっとわが子を愛してやれんかと施設に戻せしあとに悔い湧く
明け方の空にまあるき形して月輝けり風は荒(すさ)びて
絮(わた)すべて飛ばし尽くしてすすきたちますます枯れてゆくばかりなり
冬なれば枯れし蔓より下がりおり莢エンドウに似たる藤の実
2月5日(月)
子を連れて外出するは休日を妻に息抜きさせるためなり
廃屋の庭に咲きたる白梅の伸び々のびし枝を見上げる
柿の木に何もなけれどヒヨドリは必ず枝に止まり飛び立つ
緑の尾輝かせつつ雄雉が光のなかをゆっくりと飛ぶ
枯れるのは完成ならんわれもまた夢の枯野を駆けめぐりたし
2月4日(日)
飛び出せる息子追いかけ六十四になりたるわれの息切れるなり
節分に生れたわが子三郎は鬼にはあらずわが家の宝
男性が機械のごとく働くを世の女性等は知るや知らぬや
福島や辻本議員の物言いを感情的に嫌うわたしは
2月1日(木)
朝(あした)よりあたりは靄に包まれて一月最後のひと日始まる
雲の無い空より激しく地に吹いて再び彼方へ風は去りたり
強風の吹きすさびたる海原に止むにやまれず白波が立つ
歌なんぞ止めてしまえと文明は一喝をせんわが躊躇(ためら)いに
深深と更けゆく夜半に爆音をたて飛行機の行くが聞える
1月31日(水)
分るとか出来るではなく黙々と一日一日するが仕事だ
帰宅した子が今週も真夜中にテレビ見ている音が聞こえる
施設にてみかんをむくを覚えてか籠のみかんがみなむかれてる
億光年かかり届きし光あり弥勒菩薩のごときかがやき
1月30日(火)
わが子なりまずわが子なり障害があるかないかはまず別にして
障害というレッテルを子に貼りてそれにこだわるわれと思うよ
自閉児と付けねば歌が作れんかわが子の歌がつくれないのか
雲間より光の束が幾筋もわれを目がけてふり注いでる
静かなる心を持てば砂浜を濡らして波がおだやかに引く
1月29日(月)
朝焼けの空にまわるく群れつどうカラスの声は山に響けり
忠魂の文字を彫られし碑(いしぶみ)が真東に向き朝日を受ける
鶏がカラスが犬が鳴き出して東の空が徐々に明らむ
節分の仕度している寺庭に紅梅の花満開となる
1月28日(日)
霜解けのしずくをまとい枯すすきいま日差し受け輝いている
金おろし帰る小道に写ってるわが影われの前を歩いて
わが家は紅梅やっと一分咲き白梅まだまだ堅きままにて
寒い日が続きようやく紅梅の花がほころぶわが家の庭に
冬山を覆える霧は日差し受けひかりの粒子のように輝く
清浄の霜の枯野に光さしいま復活の歌声がする
1月26日(金)
雲の間のわずかな空に日は移りいまいっときの光差し来る
如月の開花の前の河津さくらいま西日受け枝輝けり
五時告げるチャイム響びかう街空は茜の色にいま染まりおり
何歳か何という名か炭のごとく焼かれていたり原爆により
1月25日(木)
花遅き梅の枝枝霜どけのしずくをつけて輝いている
単純に光を返し輝ける凪ぎたる海の静かなる音
海沿いに咲きたる椿よく見れば花もその葉もひび割れている
1月23日(火)
どう見られるかでなくしてどうするかそのまんま東氏今後問われる
自販機でジュースを買うを覚えた子紙幣でなくて硬貨欲しがる
1月21日(日)
一面に雲の覆える空にして厚いところあり薄いところあり
乾きたる河原の石にかすかなる鳴き声たてる鶺鴒一羽
雲覆う空にはあれど夜のあける東の山の端(は)明るみている
黒雲の低く覆える空の端(はし)うすき雲あり日はいまだなく
備忘記録
平成十八年のわたしの作品より 後藤人徳
給料の遅配二ヶ月事務室に妻の作れる弁当を食む
こんなことこのまましていていいんかと谺する声心に響く
いちまいの和紙ゆつくりと舞い落ちるごとくに見えて鷺の降りたつ
夕日背に長く伸びたるわが影が腕まくりして小走りに行く
石白く乾ける河原石投げて時を過ごせるわが子は二十歳
鉄骨を肋のごとく曝しいるビニールハウスは廃業の果て
ごんごんと頭のなかに血がのぼり午前一時を眠られずいる
何歳か何という名か炭のごとく焼かれていたり原爆により
1月19日(金)
傷付きしカモメが一羽汚れいて潮の満ち来る浜辺に立てり
障害者自立支援と云う言葉その実体と乖離している
障害者自立支援の法律が障害の子の負担増やす
施設にて無事に暮してゆけることわれの望みは自立ではない
障害者施設にわが子を預けおりわれも妻にもなすことがあり
自立にはほど遠けれど施設にて暮らすわが子に喜びよあれ
1月18日(木)
久々の雨にぬれたる山々は煙を立てるごとく霧湧く
乾きたる河原の石に雨が降り皆いちように輝いている
群れをなす雀 番(つがい)のヒヨドリとそれぞれ生きるスタイルを持つ
霧雨が銀杏の枝を濡らしゆきしずくは光る小枝こえだに
久々の雨が晴れたるもみじ山湯気のごとくに霧立ち上る
透析を終えたる妻は炬燵にてアンモナイトのごとく眠むる
1月17日(水)
結局はあれもこれもと欲ばりて書籍書類のなかに埋まる
わずかなる土地を耕し東京の子らに白菜大根送る
夕暮れの光をあびて遊覧船ゆっくり下田の港をめぐる
子の嫁は中国人の姑娘(クーニャン)でしっかり者でチャーミングです
夕光を受けて黄金(こがね)となる波が今日一日を惜しみ寄せくる
1月16日(火)
施設より毎週戻る子のために土日を妻もわれも費やす
海沿いの小道に植えた芝桜春待ちかねてちらほら咲いてる
牧水がその燈台を訪いしという神子元島に灯りが点る
西空に龍の形の黒雲が首上げるなり赤みを帯びて
1月15日(月)
ようやくに今日の光が差して来る一月十四日午前九時半
河原には枯れたるものの多くしてただ瀬の音を聞くばかりなり
どんど焼きの炎を囲む子供らの赤き頬から歓声上がる
燃え上がる炎のなかにめいめいがダルマを投げる御札を投げる
竹爆ぜる音山里にこだましてどんどの炎燃えさかりゆく
燃え盛るどんどの炎を遠巻きにしばし声なく見つめていたり
1月14日(日)
いち早く光求めて鳴き出すか雄鶏(おんどり)の声夜半に聞こえる
葉の落ちし木蓮の枝毛衣(けごろも)をまとう莟が銀に輝く
1月13日(土)
いつよりか雲の隙間に現われて砕かれしごとく光差しくる
なにもない時こそ歌を作ろうよ生きてることの証(あかし)となして
なにごともなくて過ぎたる今日の日よなにごともないことの幸せ
1月12日(金)
雲覆海の彼方に光あり神子元島(みこもとじま)がくっきり浮ぶ
沖合いの雲低ければ光うけ雪山(ゆきやま)のごと輝いている
冬の日は早くも暮れて夜となり街の明りのまぶしく感ず
山もみな闇に覆われ暗きなか青くともれる信号ひとつ
1月11日(木)
昨日の雲は何処(いずこ)に去りたるや青空のもと深く息すう
直接に受けたる恩を直接に返したことがあっただろうか
木炭の燃えるがごとき色をなす漆黒の山日没の空
1月10日(水)
一日に一度は空を見上げてる曇っていても雨になっても
雲厚く覆える空の見てごらん光の筋が海に注ぐよ
大空に雲あればこそ日の光そのひと筋が神のごとしも
1月9日(火)
風は止み穏かに日が差して来ぬ一月八日成人式の日
雲早く流るるさまを仰ぎいてわれも動けるごとくに感ず
正月の明けたる山のおだやかさ枯木が風とたわむれている
菜の花の咲きそろいたる畑には一月八日の日が差している
トタン屋根の剥がれし箇所が風に鳴るはや正月も明けて八日目
強風に雲の散りたる空青く日はおだやかに笹の葉照らす
強き風笹原揺すりおだやかに差す冬の日を返し止まざり
われの居ぬ時に子は死にわれ知らぬ苦しみに妻障害児生む
強風にすすきの絮(わた)は飛び去りてわれ歓声をまぼろしに聞く
黒雲を沈む余光が染めている諦めるなよ明日がまだある
1月8日(月)
そんなにも吹くなと叱るキリストにあらざれば風を止める術なし
椎の木の騒げる中に忠魂碑朝の光を浴びてたちおり
強風に竹群撓うを背景に忠魂碑立つ微動だにせず
強風に千切れ散らばる木の枝が歩める道をしばしば塞ぐ
窓越しに見る竹林は無音にて打ち靡きつつ風に抗(あらが)う
冬の日が沈まんとして山の端(は)を覆える雲を赤く染めたり
赤丸の印付けたるカレンダー子は眺めおりわが休日を
1月7日(日)
少しずつ神は知るべしさもなくばその光にて失明をする
キリストに会いたるパウロは三日間その光にて視力失う
分らない聖書の箇所はそのままに捨て置け神が解いくれるよ
雨の日は聖書を読んで太陽のような光でこころを照らせ
雨上る山はうれしい靄かむり生まれたままの姿を見せる
雨上る空は西より晴れてゆき暮れ急ぎつつ茜色する
1月6日(土)
寒風にゆられて顔を日に向けるむしろ喜ぶごとき水仙
草花は日に向くことを自ずからわきまえているだのに私は
懸命に光に向きて生きんとすこの花のごとわれ生きゆかん
もろもろをあまねく照らす天つ日のごとく生きたき思い湧きくる
完全に空中に身を浮かせたり空に向かいて跳ねたる魚が
枯れ山に影差しそめる頃となりカラスの声がこころにとどく
箱根路を走りしことはなけれでも一途に尽くせし若き日があり
1月4日(木)
雨のあと雲のあいだに青空がのぞき始めた正月三日(みっか)
カラス鳴きその声とよむ山里の正月三日の朝明けにけり
靄立てるなかから出(い)でて鷺一羽さびしらにまた靄に隠れる
昨日の往路を思い浮べたり今日の復路に思い馳(は)せつつ
四分の貯金を一区で作れるも五区の時点でマイナスとなる
長距離の逃げ切り策の難しさ今年の箱根駅伝に見る
快調に飛ばしたモグスまさかまさか大ブレーキとなりて抜かれる
箱根路を走り下れば平坦の道が登りに感じると言う
自分との戦いならん箱根駅伝二十数キロ走り抜くのは
繰上げのスタートとなりアンカーに神大選手は襷渡せず
昨年の難波選手のブレーキが力となるや順大優勝
来年の箱根駅伝競走に向けスタートがすでにきられる
1月3日(水)
初夢のこと早や忘れうす靄のかかれる朝の山を見渡す
正月に梅の咲きたる年ありし昨年遅く今年も遅い
鋭心を包めるごとくうす靄が枯れたる木々の林を覆う
良きことが起こる予感と正月を働く息子にメールを送る
ぬばたまの夜を働くわが息子光に向きて生きよと祈る
あうんの形をとれる狛犬が安全祈願の社を守る
正月を祝うごとくに響きあうここの浅瀬の水と小石は
遠吠えの犬につられてつぎつぎとこだまとなれる正月の朝
正月も明けて二日目雲覆う東の空が桃色となる
1月2日(火)
正月の朝は曇れど遠山の上に黄金となれる雲あり
正月の日を覆いたる黒雲も覆いきれずに光差しくる
正月のこれが光ぞ黒雲を割りてあまねく里に差しくる
正月を祝うごとくに聞こえ来る鋭く鳴けるヒヨドリの声
新しき心となりて曇りたる空見上げみよ雲も親しき
1月1日(月)
一枚は一まいなれど日めくりの最後の一葉燦然とあり
とうとうに大晦日とはなりにけり隣家(となりや)の犬いたく吠えおり
小春日のごとき日の差す大晦日カラスが一羽舗道を歩ゆむ
今年(こんねん)の目標はまず生きること何が何でもまず生きること
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