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今日の短歌NO.1
わたしの歌歴(後藤人徳)
以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
短歌は、三十一音からなる小さな世界です。その中に自分の思いを込めます。ですから、時間はなかなか織り込めない。今の一瞬、一瞬を歌うしかないのではないでしょうか。そう思います。また、そのように作っています。
平成20年今日の短歌NO.2
6月22日(日)
美帆シボ第一歌集「人を恋うロバ」によせて 後藤人徳
6月22日(日)
今なんだいましか命はないんだよ歌のいのちも生きるいのちも
雨が降る朝から雨が降っている子の帰宅日もすでに夜なり
帰宅日は散歩が日課子はすぐに雨がなんだと外へ飛び出す
子は祈り雨降るなかに飛び出してキリストのように雨を叱れり
6月21日(土)
いまわれは子のこと思う若き日の悔い多き日々思い出しつつ
商いは飽きないという諦めぬ明日(あした)に託すあしたに進む
明日(あす)きっといいことがあるきっとあるいいことがある明日きっとある
恐れるも悲しむもよしキリストのみ心のままに任せて今は
明日はあす今日はきょうとて堂々と歩いて行こう雨の降る中に
事務室に撒きし薬のためなるやわれの瞼は腫れてしまえり
原因は寝不足続く生活か瞬きのたび瞼が痛い
元気出せ元気を出して生きるんだ今日の日のため明日の日のため
6月18日(水)
忙しく苦しきときこそわが歌よ湧き上がり来よそれぞわが歌
もうもうと白き煙がこもりおり地下事務室のゴキブリ駆除に
ゴキブリの駆除とはいえど事務所に換気がないと知ってしたのか
潮風の中に立ちたる椰子の木は夕日を受けて葉先かがやく
夕暮の海を見ているヨットなど繋がれている遠き岸辺に
6月17日(火)
小さき実をしっかり付けて日に向うこの柿の木は明日を見ている
清潔でよそよそしくて日を受けるこの紫陽花の花は白色
田植え終え青空映す水田に昔ながらの神おわします
足元に梅の実ひとつ落ちてきた自然の力地震というも
宇宙また地球動かすみ力か岩手宮城の内陸地震
つつましく生きるほかない激震に崩れる山の映像映る
寝姿のまま里山よ永久(とわ)にあれその横顔も胸の隆起も
6月15日(日)
紫陽花の花に囲まれひっそりと独り住んでる女(ひと)も老いたり
中国でまた日本(にっぽん)で激震すはたして何の警告なるや
山動くという言葉あり今まさに激震の後の映像ながるる
サミットが迫っているに内輪もめ首相問責している時か
天引きは楽と違うか手間省け感謝をするのが筋ではないか
何もかも捻じ曲げられる世の中かマスコミにまた世間の人に
負けないぞ前に前にと進むんだ明るい明日(あす)に希望を持ちて
6月13日(金)
相手とは他人でなくて自分なり自分の過去に勝たねばならぬ
永遠の生命(いのち)を信じ進むんだ前へまえへと迷わずに前へ
短歌でもやってみないか正直な君の気持をきっと支える
将来はわからなければ生きるんだだめでもともと生き抜いてやれ
罪のないつばめを君は殺(あや)めたりこの雛どりはどうして生きる
勝ち組も負け組もない土砂降りの中に活き活き紫陽花が咲く
6月11日(水)
砂浜が痩せてゆくなり流された砂が最近帰ってこない
結局は会社が荒(すさ)んでいるためか経営者となる資質不足か
世の中を良くすることと暴(あば)くのは同じではない暴くのはやめよ
世の中に不平不満を叫びおるその最大を政治家に見る
過去じゃないこれからなんだ進むんだ君の全ては前にしかない
宇宙があり地球があって人間が日本人(にっぽんじん)が住んでいるんだ
風にても変わらぬものが一つありそれを見つめて向かいて生きる
6月10日(火)
栗の花青く匂える昼下がりその凄惨な事件起きたり
作業着のなきこと職場に所属する場所なきことと似たる思いか
所属する場所なき苦痛人間で一番苦しき苦痛ぞこれは
所属なき苦痛の人に言いたまう「わたしの愛にいなさい」とイエスは
所属する場所失いし若き日々これがわたしの挫折であった
解決は過去にないんだ進むんだ新たに新たに前に前にと
心障のわが子と同じ二十五歳無差別七人殺傷犯人
6月9日(月)
紫陽花の葉先にバッタの止まる絵ぞカタツムリでもしずくでもなく
束の間の休憩なるや燕たち白い腹などついばみている
わが目には面(おもて)だけしか見えぬのかあと八九割何があるのか
わが歌にわれの姿が見えぬという批評ありたり有難きかな
雑草も明日(あす)に向いて咲きつげり黄の色をして明るく明日へ
高齢者医療制度に賛成す前期後期は問題にせず
どことなくピント外れのわれのこと笑っているや天におる人は
何かこう沁みいるような歌がいい易(やさ)しいがいい平凡がいい
6月7日(土)
短歌などしていていいかいいんだよ歌は命だ生きてる証(あかし)だ
うつむいて歩いたお陰一匹の蟻を助けることができたり
「わたくしの愛にいなさい」キリストの言葉なれども「愛にいる」とは
澄みし田にたたずみおればそこここに秋思わせる虫の声する
わが前を飛ぶ一匹の蝶がおり前にまえにと生きているのだ
6月5日(木)
栗の花白く垂れたる木の下の小暗きなかの学生の群れ
桑の実が黒く色づき落ちたるを靴で踏みゆく今は食わねば
眠れぬということはない四時間も経(た)てば不思議と目覚めてしまう
八時間九時間眠りし若き日よただ夢を見ることに費やす
年取ると目覚めが早いやり残すことが多くて寝ておれぬのだ
朝三時蛙の声も静まりて時に鋭くホトトギス鳴く
6月3日(火)
今日からは鮎の解禁釣り人が朝待ちかねて岸に連なる
チョットコイチョットコイとぞ小綬鶏が朝の静寂(しじま)を破り鳴き継ぐ
穏かな朝の光に包まれて久しぶりわが食欲が湧く
前にしかわが神はいぬ真白なるみ手にすがらん前に進みて
梅太り枇杷も色づき初夏の風に吹かれて心すがしき
6月2日(月)
六月になるというのに肌寒き咳き込みながら電車待ちおり
子に会いにクラス会にと欲張った日程かかえ電車に座る
久びさに息子に会いて口癖の前にまえにとまたも言いおり
上野にて落ち合い車で浅草へ薹(うてな)植松両君とわれ
御徒町中学出身薹君オカチュウなどと活きいき語る
しみじみと友の温もり感じつつ小雨の傘に入り歩けり
傘を差す友あり小雨に濡れている浅草仲見世通りを歩く
フランス座看板も見え浅草の六区界隈(かいわい)ゆるりと歩く
6月1日(日)
最近はきりきりきりと胃が痛むなればなおさら神を求めん
どのような過去も問わないそのままで前に行くんだ前しかないんだ
今神が赦してくれるこのままのわたしを全てゆるしてくれる
感謝して前に進もう後(うしろ)には何もないんだ戻れないんだ
明け方の窓を開けたり新鮮な空気に心が満たされてゆく
川口で息子に会って上野にて友と落ち合いクラス会に行く
前方に常に灯りがあるんだと信じて前へ前へと進む
さつま芋さし終えし夜久々の雨が降り出す予報通りに
雨上がる山の谷間に湧き起こり竜の形に霧昇りゆく
顔くずれ石となりたる地蔵さま全てを受けしごとく立ちおり
5月29日(木)
いつわらぬというはそもそも大いなる偽りなんだ神は見てるぞ
花がその美を競うのは何故(なぜ)だろう皆必死なり生の営み
二時過ぎに早やホトトギス鳴き出すか特許許可局トッキョキョカキョク
うるおいをもたらす言葉うるおいを内に生み出しもたらすことば
税務署が調査に来てもかまわない隠し立てするものも気もなし
たよりなく飛ぶ蝶住めぬ世となれば人類とても同じとならむ
その花を静かに咲かせ秋を待つ柿の一世に学ぶことあり
水田という農法がいにしえの代より伝わる短歌のごとくに
遅れ来る息子を待ちて思いたり子は今を生きわれ生き急ぐ
5月26日(月)
人間の非力無力を際立たす災害の前に歌も出来ぬか
自力にてどうしようもなきことがあり人にも言えず苦しんでいる
苦しみの量だけ歌よ生まれ来よ本物の歌訴える歌
病み伏せば遠き日のこと思い出すラジオで聞きし相撲実況
病みふせば遠き日のこと浮び来る母の葛湯の硬く澄みしを
水田に小さな波紋起こしつつ静かに泳ぐカルカモ一羽
農道にぽつりぽつりと咲いている刈り残されしたんぽぽの花
独り居(い)の友住む家の前過ぎるそうだ先日亡くなったのだ
短歌鑑賞
すつぱりと今日明日仕切る退職の一日の日記は空白とする 『歌壇』平成19年 佐々木史子
たいへん気持が分かる歌だと思います。まず、上の句と下の句が微妙に響き合う感じを受けました。一見上の句が下の句を説明しているようにも思えるのですが、そうではないと思います。
「退職の一日」。この重い現実に対する作者の思い。その重み、大きさ、それは日記一頁にはとても書ききれないのではないでしょうか。
空白の日記の一頁は、確かに区切りの役目、仕切りの役目をするでしょう。しかし、それだけでしょうか。わたしは、むしろそれ以上に、書くことが出来ない、書き切れない、量的にも質的にも自分の気持ちを書き切れない。そうした作者の思いが「空白」に感じられて仕方がないのです。
5月24日(土)
予算にてやることなれば公園の芝桜はげ放置されおり
公園が歩道が整備されたけど金がかかるはこれからなんだ
箱物を造る予算の三倍が管理運営費用と聞けり
箱物を途中で止めてもオッケイさ管理にはあと三倍かかる
5月23日(金)
暗きより鳴き出(い)だしたるホトトギス咳おさまりしときに聞こえる
鶏(にわとり)もいまだ目覚めぬ暗闇に明け待ちかねて啼くホトトギス
早速にインターネットで調べたり百日咳また結核の咳
風邪ひきのお陰の相撲観戦よ業(わざ)に見え来る生き方色々
少年の頃の贔屓(ひいき)は松登(まつのぼり)ただ突進をするだけだった
東富士(あずまふじ)その淡白が好きだったプロレスラーに転向したが
5月21日(水)
内にある何かを出さんと咳き込むかばい菌があり憤懣があり
この咳は今宵もわれを寝かさぬか時にとどまらなくも続いて
また一人友の訃報に接したり卒業以来会わぬその友
茫洋とした面影を思い出す背高き顔白き田辺君
咳き込みて眠れぬ夜半に思いおりかく無理しつつ求めるは何
5月19日(月)
今といういまが感謝の日日であれ明日くることはあすのことにて
最近は蛙の声も珍しく地球守れの警鐘と啼く
柿若葉かえでわかばをゆらしきてさつきの風がここに至りぬ
子と歩くやすらぎ知りて最近は散歩をせんとしばしば誘う
綿帽子かぶりひとつの結論をつけたるようなたんぽぽの花
手の平にたまれる露をしっかりとこぼさぬように八つ手ゆれおり
山藤の終りし川辺合歓の花咲き始めたり夏を迎えて
5月18日(日)
手で植えし証(あかし)の大きな足跡が残されているここの水田
猪(しし)よけの柵方々に巡らして人間様が囲われている
書き入れの黒船祭(くろふねさい)に風邪をひき寝込む阿呆がここにおります
傍観をするしかないか震災の映像の前黙し飯食う
やるべきことやらねばならぬことがある呑んだくれてはおれないわれぞ
短歌などしていていいかこの答え見つけるわれの旅果てしなし
5月15日(木)
暴言をはき無理をしてこの様(ざま)よ風邪を引きたる気配のわれは
やることをやらないうちは眠らせぬわが内に棲む鬼が囁く
新しき会員の待つ会場へ風邪気味を押し急ぎ出掛ける
電車にはシートベルトがないことを忘れ一瞬探しなどする
新米の車掌とみえて大げさに指差し大きな号令かける
5月14日(水)
華やぎの季節は終り木蓮が翳を深めて夏に入りゆく
安井君一昭(かずあき)きみは死んだのか誰にも幹事のわれにも告げずに
全摘(ぜんてき)の薹(うてな)君たしか六年目君は賀状に癌と告げ死ぬ
変わらない奥さんが写る毎年の賀状の来るを娘(こ)も待ちおりし
控えめに振舞う君よ遠くから気にしていたと告げたかりしに
5月12日(月)
静岡で歌人協会総会があれば伊豆より行かねばならぬ
名を伏せた歌の批評に今回も柴田典昭氏を罵倒せり
短歌などしていていいのか今回も言ってしまえり心にもなく
本当に歌でいいのか一心に心を尽くすものはないのか
失敗がさあこのような歌となるこのミスこそが今日の収穫
憤(いきどお)るこころを薔薇が鎮めたり通りすがりの軒下に咲く
5月10日(土)
ゴールデンウイークを過ぎぱったりと客足途絶え休館とする
素泊まりの客数組を拾いたり板場休みの今日の収穫
これからはこうするんだと決意せよもう後悔をするのはやめよ
若きらは上にうえにと伸びてゆく八つ手の若葉丈高くなる
小綬鶏(こじゅけい)が高鳴きをして雉が鳴き鶯鳴いて鶏(にわとり)が鳴く
5月8日(木)
早朝の四時回るころ気がついた巣作り忙(せわ)しとつばめさえずる
洗い場で皸(あかぎれ)の手を嘆(なげ)いたね未払い給与があるに君死ぬ
管付けず人間として死にたいと言ってた君が突然に死ぬ
同僚に囲まれ会社で死にし君一人の部屋に帰ることなく
5月7日(水)
胸元に竹林(ちくりん)増やし少年の危うさみせる山となりたり
暖かき光を浴びて輝ける川瀬はすでに初夏(はつなつ)の音
少年を過ぎたるころかうぐいすが柿の照り葉のなかに聞こえる
子供の日終りし庭に立って居るポールはすでの空気のごとし
喬木(きょうぼく)が花を咲かせているのです小さなちいさな花をたくさん
5月6日(火)
月光を浴び皎々と幾千の竹の葉が散るゆっくりとして
広大な宇宙の闇に一滴の露と光れり水の地球は
雲低く曇れる朝にうぐいすの晴々響く囀りの声
つばめともうぐいすとも少し違うすずめのように思うふるさと
5月5日(月)
春闌けてその感激も薄れたり視界閉すは繁る柿の葉
激減のおたまじゃくしの代わりにと妻は目高を飼い始めたり
知らぬ間に遅れゆく子を振り返り「元気出して行こう」われの口癖
どっしりと浮び動かぬ雲ありて山少しづつ夏に向えり
その花の萎(しお)れるさまもあまさずに見せてつつじの季節は終る
桐は上藤は下向き花咲かすその紫の色を誇りて
二物持つことは願わずうつくしき声にて姿見せぬ鶯
昭和なら敗戦の年二十年平和と言わん平成の御世
枯れたるは完成なるや芭蕉翁夢に枯野を駆け巡りたり
5月4日(日)
枝先の新芽葉となり沈んでる椿の古葉を明るく覆う
柿の木のやわらかい葉をゆらしきて風が心を柔らかくする
立枯れの竹が途中で折れているいかなる力掛かりしものか
やり残す仕事があればわが体自然と眠りを減らすみたいだ
新しく生まれ変わっているみたいつばきの新芽つつじの新芽
休耕の荒地に雉が棲みついて今宵も何故か一声鳴けり
その昔人類などがおらぬ世に咲いていたのか棕櫚のこの花
諍(いさか)いはなけれど疎遠の父だった父の俳句に父の声する
ものに添い生きる見本を見せるよに気品をもちて藤の花咲く
このごろはおたまじゃくしを見ないわね妻がいいたりわれも頷く
生きる場があるだけよいと松の木が強風に耐え害虫に耐える
5月3日(土)
土砂降りのなかを一心不乱にてワイパー動くも視界開けず
小雨ふるなかに明るい遠き山なにか未来のごとく見ている
交換の日数までも折り込んでやっと小切手一枚落とす
身を削り恩返しする夕鶴のおつうのことを思いつつ寝る
人がいいだけでは生きてゆかれぬかそれでもそれを貫きゆかん
長きこと沈黙守る百日紅(さるすべり)夏に向ってやっと葉を出す
4月30日(水)
ビニールのキャップかぶされしっかりと南瓜の苗が育てられてる
トラックが風を起こして通り過ぐなお一時間の道のりがあり
谷あいにロープを張りて鯉幟あまた泳がすこの過疎の里
田を起こし田に水張りて一日で機械が田植えも終えてしまえり
爽やかな五月晴れとはゆかないが心地よき風汗を乾かす
4月28日(月)
信州は桜の季節と思うのにただ騒がしき聖火の画面
満開の桜並木を走り行く聖火ランナーはまぼろしとなる
重おもと山の頂き覆いいて徐々に麓に降りてくる霧
重おもと霧の緞帳(どんちょう)上がりつつ新緑の山姿あらわす
新緑の木々に囲まれハナミズキうす桃色の花開きたり
紙でなく髪でもなくて神なんだああパソコンって頭が悪い
4月27日(日)
どっぷりと霧に浸(つ)かってぬれた肌を陽(ひ)に輝かす新緑の山
霧晴れて霧のなごりが瑞みずと新緑の葉に残り輝く
強風に打ち倒されし竹群に立ちつくしおる立枯れの竹
チューリップの花散りしあと寂しさを見せずに茎が立ちつくしおり
新緑の山を侵して枯色の竹林の幅広がりている
4月26日(土)
ペットよと言いて餌やる妻のため今日にわとりが卵生みたり
雲早く流れる空と見ておればたちまちにして本降りとなる
黄に咲いて明るくなると決めたんだかつては暗きたんぽぽの花
誰だってみんな幼いときがある八つ手の小さな葉を見て思う
木の陰に石楠花(しゃくなげ)ひっそりと咲いているきっとひっそり散ってゆくんだ
4月24日(木)
葉ざくらとなりたるなかに咲いている今年最後の八重のさくらが
墓石に混じりミッキーピカチュウの石像なども展示されいる
高きよりひばりさえずり低きより蛙鳴く声花の野道に
青き葉が鋭く二本伸びている芒の枯葉の根元あたりに
4月22日(火)
鯉幟に目覚めし息子の帰宅日に小さな鯉を買い来て飾る
施設より戻り息子は玄関のこいのぼり指(さ)し喜んでいる
会社って金で出来てる人間も机も椅子も金のかたまり
タンカとは短歌であって単価でない変換のたびに憤(いきどう)り言う
4月21日(月)
青空のもとに縦横無尽なり憂さ晴らすがにつばくらめ飛ぶ
重おもと八重のさくらが咲きにけり染井吉野の葉の繁る見て
しばらくは蝶と同行野の道に草花満ちてここはどこの道
小さき花こまめに回り蜜を吸う蝶の生き方学ばんとする
赤き色もちて生まれしもみじ葉のやわらかければ風にふるえる
用水に水が流れてようやくに田に水の張る時が近づく
にわとりが卵をひとつ産んでたと喜びながら妻が差し出す
さくら散り寂しくなりし庭隅に木瓜(ぼけ)静かなり赤き花して
わが庭に穴熊らしきが迷い来て草の陰よりこちら窺(うかが)う
4月20日(日)
雨あがり霧の晴れたる山肌を産毛のような新緑覆う
身動きをせず一点を見詰めいる鷺の嘴(くちばし)その細き足
新緑におおわれ生まれ変わりたる山の産声谷にひびけり
強風にうつむきおりしチューリップ陽に向きてまた花びら開く
五千年の時刻みいる一本の杉の木がありレバノンの地に
家囲み独り暮らしを慰めし菜の花散りてあまたなる種
ふくれたるヒヨドリ一羽電線に止まり動かぬ夕暮れにして
4月17日(月)
ただよいているがに見えて蝶一つ雑草の花を逃(のが)さず止まる
扱(こ)ぎ捨てし束のなかより立ち上がり生き生きと白き大根の花
柿の木の開き初めし幼な葉は油をおびて日に輝けり
葉桜の染井吉野の傍らに満開となる八重の桜は
捨てられるあまた薬よアフリカの児を青年を救えるものを
涯(はて)知れぬ砂漠の道を踏みて行くラクダの影を砂嵐消す
オリンピック聖火リレーの妨害をテロリストのごとわれは憎まん
4月15日(火)
玄関のなごりの残る空地あり春草に古き瓦うずまる
うず高くスクラップ積むトラックが坂登るとき黒煙を吐く
山桜終りし山をやわらかき新芽が覆う霧を晴らして
用水路に水が引かれて新しき年を迎えたようなこの里
4月14日(月)
綿帽子かぶるたんぽぽわたくしは幸福ですとささやくように
水鳥は見えないところで懸命に足を動かす顔は変わらず
ようやくに枝に小さな葉がはえて公孫樹に新たな年が始まる
子の体洗いておれば十二指腸手術の痕(あと)がキリストに似る
お互いにその存在を尊ぶや光は闇を闇は光を
4月13日(月)
神様が必ずいるというようにやわらかい葉が柿の木おおう
やわらかい赤子のような葉をまといまた新しい柿木(かきのき)となる
やわらかい葉におおわれて山々が赤子のように動きはじめる
どうしても不平不満が噴出す二ヶ月間も給料溜(た)まれば
いち早くかすかなる風を感じたり児ら作りたる花かざぐるま
海を向く幾千本の風ぐるままずはそこより回り始める
こんもりと繁る椿の木の下にポリバケツひとつ横になりおり
4月11日(金)
散るときはどうしても散る大風が来ても散らないときは散らない
強風に薙倒された竹群に棲みついて鳴く鶯の声
強風を得意に回る風車(かざぐるま)だけれど誰も見てくれてない
花のない木にたむろする雀らよ季語も抒情も用ないごとく
「さよなら」と言えば「さよなら」と応えたり道で見知らぬ中学生が
4月10日(月)
酒でなくたばこでもなくわたくしはブログに溺れる人間なんだ
うぐいすに比べることは酷だよねスズメよお前お前いたんだ
わが裡(うち)のうっぷんまでも吹く飛ばし風がわたしを清めてくれる
強風にめげず咲いてるさくら花ヒヨドリたちが喜んでいる
散るわけにいかないのだと頑張ったさくらの花にヒヨドリが鳴く
菜の花よひとつの根からいくつもの花を咲かせて家族のようだ
久々に増水となりカラカラの河原の石が面(おもて)を洗う
4月9日(水)
北極の氷が融けるだけでない家を揺すりて雷(らい)の轟き
強風に抑えつけられ竹群はただ土下座して時を過せり
強風に煽られワシントンヤシの葉が吹き千切られて舗道を走る
4月8日(火)
幸せがなだれのごとく降ってくる枝垂れ桜の花びらが舞う
妻に添(そ)い病院に行く車窓にはうわの空なる海がひらける
透析の妻のシャントの閉塞(へいそく)を広げる手術に付き添いて行く
血管の閉塞個所をレントゲンに写して医師が説明をする
レントゲン写真に写る手術して太く広がる妻の血管
休日は妻に付き添い終わりたり電車に目覚めまた眠る妻
4月7日(月)
幸(しあわ)せが枝垂れさくらの花びらのひとつひとつに宿りているよ
満開の枝垂れ桜の下にいてしみじみ思うしあわせなんだ
信仰を持つもたないの議論などやめよう枝垂れ桜の元で
箕(み)をつくり箕作(みつくり)の名のわが郷(さと)よ今は桜の花でにぎわう
風邪を引くこともまれなりこの頃はわれを忘れることもなくなり
4月4日(火)
花びらを天に向けみな開きたりこの木蓮のようでありたし
どこまでも真直ぐ伸びる木を仰ぎわれの背筋もまっすぐとなる
木蓮はもの静かなり花びらを開ききらない気高さがあり
地下道に迷い込んでる花びらが人恋しさにまつわりて舞う
満開のさくら並木を歩きたりガラスのような危うさに冷え
花を見に来てひと息をしたるとき遠く見えたり富士の白嶺
白色のたんぽぽがありなにかしら考えを変え生きんとするか
4月2日(水)
向きをかえ突然戻りゆく人はリハビリの試歩を繰り返すらし
陽の光避けて日陰に入るとき突然われの姿が消える
日に向いて頭を上げた一輪の水仙の花力みなぎる
小さき花あまた降らせて雪柳風にその身を戦(おのの)かせいる
寂しさは盛りのときにきざしたりさらに咲かんとしては散りゆく
満開の桜のもとで叫びたい歌は命だ歌はこころだ
高台の小学校の校庭をいま満開の桜が囲む
3月31日(月)
明るさをもっとも求め渇望しついになりたり菜の花の花
真直ぐにただ真直ぐに伸びる木よ故郷の地に深く根を張り
生きにくき偽り多い世にあって真の言葉の歌よ生れよ
真実を生きることこそ難しい世の中にあり歌に縋らん
偽りの多い自分であればこそ歌を求める歌の真(まこと)を
3月29日(土)
生きるんだ生きてゆくんだ薄明の闇を破りて鶏(にわとり)が啼く
昼の日の差す砂浜にカラス一羽みかんの皮をしきりにつつく
傷心の鷺かもしれん岩の上に怒り肩してうつむいている
心から生まれるんだと言い放つ歌の友らに歌を語りて
真剣に生きてる君だ本物の歌生まれるよ単純なこと
3月27日(木)
わたくしを変えられるのは今だけだ過去にもどれぬ修正できぬ
ゆきやなぎやまぶきつばきそれぞれの色を競って今生きている
真っ白な気持となって生きるんだ今まっしろな雪が解けゆく
うぐいすが精一杯に鳴いているわれも生きるぞ今を生きるぞ
儲けるでなくて儲かる貯めるのではなく貯まると転換しよう
3月24日(月)
ラブ(愛)はまたリーブ(去る)と言うか愛するは自己より去るということなのか
天に向け花全開の木蓮を見習うように空を見上げる
見るものは見ているんだよ道ばたの雑草の花に蝶々が止まる
白き肌日に輝きて静かなり深き眠りが続く銀杏に
わたくしを売り込むんだよ堂々と外にはいないこのわたくしを
休耕の畑に蒔いた菜の花が独り暮らしの家囲みいる
3月22日(土)
咲きかけの莟があまた落ちている異常気象の風の強さに
「きぼうというなのあなたをもとめて」と唄って夜空を見上げていたり
さあ春だ桃の枝にはぎっしりと固い蕾が待ちかねている
春風に揉まれもまれて裸木(はだかぎ)にあたらしい芽がうまれくるんだ
流れつき中洲に生えた菜の花が仲間増やして競い合ってる
雲の間に青空覗く傘持ちて駆けずり回り空を向くとき
3月20日(木)
陽を透かしすみたる波が砂つぶをあまた巻きこみ崩れ落ちたり
一本の茎からあまたの枝伸ばし明るい家族のような菜の花
キリストを心の中に収めよう歌もそこからまず始めよう
高台の小学校をうっすらと桜の花が囲みはじめり
木蓮が咲き出しました固い皮破ってやっと咲き出しました
風強き海岸線に音たてていま幾千のかざぐるま回る
激論を交わした友が三日後に電話をくれたわれはしないに
暖かくなりましたねと早咲きのさくらの下で挨拶をする
3月17日(月)
白梅が散ってしまったそのあとに小さな梅の実が生まれてた
蔕(へた)付けた柿の木があるただ枯れて柿の木がある誰も見てない
振り向くと富士山がある富士山だ
ほんとうにこれでいいのか歌会で十二時間も費やしている
選評で疲れたんだよ歌会で出された弁当半分残す
キリストは一本の木だ真直ぐに天に伸びてく一本の木だ
キリストはキリンのようだキリストのあのやさしさはキリンのまなこ
3月16日(日)
早咲きのさくらはやくも葉桜となり花びらが舗道を覆う
久々に散歩で汗を流したり三月中旬いやはや暑い
穏かな顔となりたり市議会議員五期を務めて退(しりぞ)きし友
金繰りにいつまで経っても追われてる我が人相をわれは分らず
海原にいま浮んでるカモメたち悲しき声で鳴くは何ゆえ
3月14日(金)
幾千の子等作りたる風車(かざぐるま)海辺の風を受け回り出す
日を求め光を求め生きてゆく植物の葉や花のようにも
植物は明るいほうに伸びてゆくそうだ自然にお任せしよう
満開の桜の枝にヒヨドリが俺のものだとあたり見回す
3月12日(水)
苦しんで死にゆくことは意義あらん最も愛する人を残して
誰だって笑って死んでゆきたいよ愛する家族の前はなおさら
結局は正直なんだ隠さずに苦しみぬいて死にゆくことは
点滴の管付け延命することに耐え切れぬのだ男性ならば
3月11日(火)
短歌って感じたことをそのままに作っていいしそれでいいんだ
絮(わた)飛ばしすっきり立てる薄の穂事を成したるものに日が差す
正々と畑にものを燃やす君地球の悲鳴が聞こえないのか
苔だけでなく草なども幹に生(は)え梅の古木が花咲かせてる
人面に似て髭などを生(は)やしてる鯉が小さな池にひしめく
3月9日(日)
枯れ草は歓喜の声を青草は哀しき声を上げる霜の夜(よ)
温暖化防止が急務となれる世ぞどんどん焼きも禁止されよう
こんな歌作って時間の無駄をするこれでいいのかわれの生き方
負けたんだ戦(いくさ)にぼくは負けたんださあこれからだわれの戦後は
少しずつ出来ることからひとつずつやるべきことをやってゆくのだ
3月7日(金)
死とは何(なに)?苦痛苦しみいや違うすべてを赦す十字架なんだ
どれだけのことを成し遂げ死にゆくか死よわたくしの十字架となれ
自然死と自死との違い自然死と病死の違い病死は自死か
結局は逃(のが)れられない運命を十字架として生きてゆくのか
葬式の準備賑わう隣組久びさに会い話が弾む
3月5日(水)
何のため短歌を作る選択はほんとに外にないのだろうか
誰のため短歌を作る選択はほんとに外にないのだろうか
形から入るしかない形から入ってそれを壊すしかない
このへんで今日はいいからもう寝ろよ明日があるんだ明るい明日が
短歌って楽しみのためにやるものか楽しみだけじゃあきっともたない
短歌って結局生きることなんだ生きてるこころ今のきらめき
3月4日(火)
松陰が漕ぎたる湾を黒船に似せ遊覧船ゆっくり巡る
松陰の像が指さす正面に大島航路の客船近づく
雨の降るロンドンよりの師の手紙胸張り歩くと書かれていたり
ロンドンを胸張り歩く師の手紙胸張り生きよの教えと思う
3月2日(日)
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは恨みであったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは悔いであったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは感謝であったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは赦しであったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは喜びであったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは愛であったか
十字架の上でイエスが思いしはあるいはそれは神であったか
3月1日(土)
世間体(せけんてい)否否(いないな)自分の感性を信じて歌を作ってゆこう
一年間ひかりを求め生きてきてわたしの短歌よ輝いてるか
寒いという自然の力がしんしんとわたしの心を正してくれる
2月28日(木)
享年は九十五歳まだわれに三十年があるんだ母よ
永遠というものはなし雨風(あめかぜ)の荒れたる通夜が明けて青空
気が付かぬ気を使わない生き方をしてきたわれかそれに気がつく
長病みをせずに逝きたる母なるぞ明治生まれの骨太ぶとし
わが時は有り余るなりわが金は有り余るなり基準を変えよ
目に見えぬけし粒ほどであろうとも真実ならば必ず育つ
真実に生きていくしかないだろう生きるというはつまりそのこと
2月26日(火)
白鷺は白鷺なりの悩みもち飛んでいるのかその濁る声
髪の毛の一本さえももらさずにわれを見守る神おることを
寒風にめげず咲いてる梅の花梅には梅の生き方がある
寒風にその身をゆだね揺れやまぬ枯草はみなあたたかそうだ
木蓮の枯れ枝に鳴くヒヨドリはわが家の庭を縄張りとする
散りし葉は踏まれて土に還るのかしみじみ落葉の道歩き行く
紅梅の古木に生える苔たちの年輪思う花の下にて
白梅の花かぐわしく匂う朝メジロの姿どこにも見えぬ
その命消えんとするに幻覚に母発したり「おめでとうさん」
2月24日(日)
宇宙なり太陽系なり地球なり日本の伊豆なりいま息するは
見通しのたたぬ自分に感謝する神の光を目印とする
見通しは神にあるから迷わずに光に向かい闇を駈け行け
偽りの種から花も実も付かぬまず最初からやり直すのだ
2月23日(土)
まずタバコ止めてしまえよ金無いといいながらまた火を付けている
止められぬタバコを止める決心しさあ地獄より這い上がるんだ
辛ければつらくなるほど神とわれ距離が縮まるちぢめてくれる
冬だから歩いて行こう梅だって花開いてる凍(こお)れる道に
薄日にもわれはなりたし冬の日に光求めている人のため
2月21日(木)
生きるんだ生きてる今を歌うんだそうだそれだよ生きるというは
生きるとはみんなで生きることなんだみんなを生かしみんなで生きる
曇りにも雨雪の日も太陽は存在をする神のごとくに
今なんだ偽りはよせ止めるんだ生まれ変われるチャンスじゃないか
2月20日(水)
幸せはみんなのものだひとりだけ幸せなんかそれは出来ない
苦しみはみんなのものだひとりだけ苦しむなんてそれは出来ない
わがブログどこが悪いか言ってくれくだらん書き込みばかりする君
山かげに積もった雪はなかなかに消えそうもない雲はなけれど
空飛ぶは無理だけれどもニワトリよもっと互いに仲良くせんか
梅の木に鳴いてるメジロ用すめばまたいずこにか去って行くのか
2月18日(月)
この里は西も東も区別なく空全体が朝焼けである
すっかりとススキの原となりし田よ雉棲みて鳴くそのキジの声
竹林の激しく揺れる上空に淡々うかぶ昼の半月
二極化し争う時は過ぎ去った地球救わんひとつ心に
寒風に揺れる枯草かろやかに踊れるような仕草している
遠き世の遺物か棕櫚(しゅろ)よ寒風に硬き葉音(はおと)をたてて揺れてる
冬の日を抱える雲よ雛鳥をはやく孵して外に出してよ
2月17日(日)
安易なりわが行動が安易なりわれの値打ちの安価(あんか)なるわけ
長々と車道に伸びたわが影を躊躇(ためら)いもなく車轢(ひ)き去る
いっ時を無駄にはしない掛替えのない一生を無駄にはしない
生きるとは生かすことなり食としてその身ささげしものの命よ
2月16日(土)
この頃は辛いとむしょうに食べるんだ腹のまわりに脂肪がたまる
野火に身を焼くも卵を守るという雉鳴く声す霜の朝(あした)に
真剣に生きると決めて霜の道をザックザックと踏みしめて行く
真剣に生きると決めて出掛けたり今年一番寒いこの朝
寒いなど言ってられるか生きなくちゃやるべきことをやり遂げるまでは
2月14日(木)
霜でなく雪の化粧とすまし顔伊豆の下田のすすきの話
病院へ向う途中で降り出して雪が車の視界を閉す
日本よ何処(どこ)に向うか「アジアを見よ」これ孫文のことばでもある
冬山はところどころが枯れていて祖父の優しさ思い出しおり
五位鷺は夜飛ぶという真夜中にだみ声たてていま鳥が飛ぶ
わが里に最近増えた鷺の声そのだみ声が闇に聞こえる
2月12日(月)
凍りたる紅梅の花朝の日を受け溶(と)けなんとしたるかがやき
霜どけのしめりをおびた枯草が朝のひかりにかがやいている
葉の先を少しゆらして枯れ草がかがやいている入り日に向かい
草刈の祖父の記憶を子は持ちて草刈機の音目指して走る
2月10日(日)
枯草に薄日が差して輝やくよ凍(こご)えたこころが溶けだすように
霜かぶり咲く紅梅よ君たちのその生き方がわれを励ます
霜を置く枯野の中に紅梅が血を吐くごとく花をかかげる
閉ざされる二月の空よかすかなる薄日にわれの心は開く
子供等のこれからのこと何よりも今一番に考えること
一郎がもういなければ次の子もまた次の子も恙なくあれ
振り向くと石になるという聖句ありまさしく過去は化石であった
希望とは前を見ること前を見よ君の未来がかがやいている
生きるとは前を見ること前を見よ今日の命が今始まった
2月9日(土)
年取って楽になりたい口ぐせが成就したのか呆けてしまって
雲の間の空の青さよなけなしの金をはたいて得たような陽(ひ)よ
肌色に染まって雲が浮んでるいまだ余光の残る山の端
寒風が素通りをして公孫樹(いちょう)の木清きその身を静かに保つ
本当に一大政党が必要だ一つのアメリカひとつの日本(にっぽん)
争っている時でない地球規模にて環境の破壊する今
2月6日(水)
手の指を朝の雨戸に思い切り挟んでしまった腫れてしまった
雨戸にてしたたか打った手の爪が内出血で青色おびる
覆水は盆に返らずおお神よ愚かなわれをお許しください
新潟の雪はどうです庭にいまあなたのくれた福寿草が咲く
三郎の誕生日だね2月3日大雪のなか天城越えた日
2月4日(月)
雪だ雪天城は雪だスリップで身動き出来ぬ車四五台
ゆっくりとマイクロバスは進み行く雪の積もった式場への道
足元が崩れるような感じする一体何が大切なのか
解決は前にしかない後ろには戻れないのだ進むしかない
苦しみは必要なのか健康になるため病気は必要なのか
2月1日(金)
金柑という名嬉しやキンコンと音するように輝いている
枯れること知らざる草か青々と今朝の寒さに凍りついてる
「はな」と打ち変換すれば「鼻」と出るああ詩ごころがそこで失せたり
下手でいい短歌なんかはへたでいいもっと大事なことがあるなら
1月29日(火)
晴れ渡る空を仰いで河原では枯れたススキが風を喜ぶ
やわらかい薄日が差せば長々とわが影伸びる霜の舗道に
悪くなったんじゃない悪いところが見えてきたんだ良くなったんだ
結局は自分のなかに閉じこもりとじこもりして五十年たった
1月28日(月)
風のない雲間の光が一月の霜置く朝を温めくれる
雲間から朝の光が差し込みて枯木枯草輝きを増す
自分との戦いだろうどれくらい純になれるかそれが短歌だ
法人化の人手不足か施設より戻りし息子の鬚長きなり
大学に学ぶ九十八歳ぞわれに三十余年まだあり
指を組み祈りの真似を子はしたり父親われもせよと言うがに
1月24日(月)
その姿崩すまいぞと地の上に姿を正す椿の花は
早咲きはすでに過ぎたか一月の椿の園に見る花わずか
一月の末にようやく紅梅が開き始める二輪三輪
厳しさを加えて伊豆の山々が雪明りさせ朝迎えおり
見なれたる向いの山も雪かぶり異境のごとくまぶしみて見る
山は雪庭の紅梅この朝の寒風のなかほころび始む
1月22日(火)
高層のビルとなりたるわが母校公孫樹並木の下でやすらぐ
高層の校舎よ寄付や借金で建てたら独立自尊が泣くぞ
ミカン箱机となして学びたり大学などは夢に思わず
キャンパスに高層ビルが立ち並ぶこれ学問と比例をするか
霜解けの感激はまた感涙(かんるい)となり草の葉に輝いている
われよりも君よりもなお花咲くを白梅自身が待っているのだ
完成は待つことにより生ずべし努力するべしただ待つことに
1月20日(日)
寒風が吹き荒れようと裸木は自分で塞ぎこんだりしない
一人っ子政策の国少子化に悩む国ああ隣国同志
待つことの貴いことを知らないで仕事しごとと動き回った
肘を突く獅子の形の島がありいま夕光が海原染める
種を蒔き発芽の春待つごとく冬を耐えてるこのごろのわれ
助詞の「は」が強すぎるためこのごろはもっぱらわたしは「が」を多用する
「は」は強めあるいは区別するために「が」のさりげない感じ気に入る
1月17日(木)
なすことをなしとげたという安らぎか枯草しずかに霜かぶりおり
田の畦に野球帽子が置かれてる今朝の寒さに霜をかぶりて
ぽつぽつと河津桜が咲きましたここの下田のホテルの庭に
客の無き二月が今は賑わえる河津桜に南桜に
城山は椿がそろそろ見ごろで週末ますます忙しくなる
美しき日本にすると決めたとき醜いものが見えてきたんだ
中国は広いんでしょう伊豆に来て山に驚き海におどろく
早咲きの梅が匂うよ一月の十四日今日は成人の日だ
1月14日(火)
早咲きの梅はや八分廃屋の庭よりやさしい香りただよう
前にしかわが道はない取り返すやり直すのもすべてこれから
金繰りの苦しさ愚痴はもうやめよ全てこれからこれからである
笑おうよたった一度の一生のたった一度の一瞬の今
正直なこころとなって神様に向き合っている静かな夜更け
歌ひとつ出来ず一日終るともいいじゃあないの義務でないから
1月9日(水)
早朝のラジオ体操ふかぶかと息吸えば霧みるみる晴れる
砂浜にカモメが一羽二羽三羽四羽五羽六羽海にも一羽
山間(さんかん)の里の朝焼け一面に赤き色なす西も東も
孫の歌作っていいさ甘夏が霜を被って輝いてる
1月6日(日)
枯れゆくは悲しみでなく喜びか完結なしたるのちの再生
日本の残飯の量はいかほどか世界の餓死者千万という
枯れ色に空染めて日が沈みゆく今日のこの日は永劫になし
国学院早稲田東洋大学は駅伝もまた短歌も盛ん
1月4日(金)
霜覆う三日の朝を迎えたり箱根はさらに凍りておるや
あたたかき朝の光に霜とけて枯草のうえかしましきほど
山里の空は隈なく晴れわたり一月三日さらにおだやか
金柑がようやく色づき正月の光のなかにあまた輝く
順天堂大東文化東海大ああ相次いでリタイアするか
1月3日(木)
箱根路を襷を繋ぐ戦いよわが今日からの一年に似て
短歌とは伝統であり千余年繋ぎ続けたタスキでもある
霜解けの草の葉がいま光ってる正月二日の朝の日を浴び
1月2日(水)
元旦の朝の光にかがやくは甘夏蜜柑黄なるその色
なにとなく不思議な感じして仰ぐ元旦の朝雲の無い空
霜により熟れたる柿は甘くないカラスはすでに知っていたのか
明けましておめでとう御座います。今年もよろしくお願いいたします。
1月1日(火)
ヒヨドリの鋭き叫び犬の声いよいよ今日で今年は終る
雲間より幾筋となく光差し今年最後の朝を照らせり
伝統を重んじる国ニッポンのタスキをつなげ短歌は襷(たすき)
満足のこれも形か寒風にススキの穂先が輝いている
満足のこれが極致か寒風に吹かれススキの踊れるさまよ
風に身をまかせ揺れいる枯れススキむしろよろこび踊れるように