*私鉄連絡の地図式乗車券*

私鉄連絡乗車券の地図式券は、昭和35年2月の関東支社補則改正で登場した。
この券は通称「通過連絡券」呼ばれる様式で、南武線の一部の駅から小田急・東急経由で山手線内各駅に行く乗車券で使用された。 その後、山手線内〜小田急・東急〜南武線各駅、常磐線藤代・佐貫〜東武野田線〜総武本線千葉方面各駅などでも発売されている。
また、通過連絡でない様式も昭和42年から中央本線各駅〜(中野経由)営団東西線(営団50円区間のみ)で発売された。
これらの券の一部は印刷式自動券売機でも発売され、一部の駅では現在も券売機軟券で発売されている。
また、残念ながら当研究所の努力不足のため、一部の券しか掲載されておりません。


・通過連絡券(南武線〜小田急・東急〜山手線内)


等級制時代の券。通過連絡券には通過する私鉄も表示されている。
東急経由、小田急経由の共に発売されている。



モノクラス後の券。等級制時代の券と殆ど様式に変化は無い。(上段:小田急経由、下段:東急経由)。



JR化後も硬券で発売されていた。JR東日本の「東」は裏に印刷されている(下段)。


現在では券売機軟券で発売されている。
左の小田急通過の最少額面券は、有効区間の太線表示が何故か無い。又、右の東急通過の券は東西の位置関係が逆になっている。


・通過連絡券(常磐線〜東武野田線〜総武本線千葉方面)



昭和49年10月から常磐線佐貫・藤代のみで東武野田線通過の硬券連絡地図式券が発売された。
が、他の常磐線各駅には殆ど広まらなかった。
下段はJR券、JR東日本の「東」は裏に印刷されている(下段右)。


現在では券売機で発売されている。(佐貫・藤代では発行されていない)
地図は殆ど横一直線の様式になり、イメージが大幅に変わっている。


・通過連絡券(山手線内〜小田急・東急〜南武線)



昭和58年10月から秋葉原から小田急通過の連絡券が初めて硬券で発売された。
秋葉原駅以外では発売されておらず、また東急通過の券も硬券では発売されていない。
下段は国鉄地紋のJR券、JR東日本の「東」は裏に印刷されている(下段右)。



現在発売されている券売機軟券。山手線内の一部の駅で発売されている(上段:小田急経由、下段:東急経由)
発売駅によって通過社線の表示が「小田急・東京急行」「小田急線・東急線」と異なっている。又、山手線内の書かれ方も異なっているが、四ッ谷(上段右)の位置はどう見ても山手線上にある。


・連絡乗車券(中央線各駅〜「中野接続」営団東西線)


昭和42年12月15日から「中野接続」営団東西線50円区間のみで発売された。
この券はA型券で発売され、モノクラス後も等級表示が無くなるだけで様式は変わらない。


昭和47年8月の営団の運賃改正で、初めて地図が変更された。この後しばらくしてこの様式は消滅したようである。


同時期に発行されたスミインク式券売機券。硬券と異なり、地図が最遠端駅のみの表示となっている。


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