**加悦鉄道(かやてつどう)**
大正15年12月、丹後山田(宮津線丹後山田、現・北近畿タンゴ鉄道野田川)〜加悦(かや)の蒸気鉄道として開業した。
当初は水戸谷地区の特産品であった縮緬輸送が主体であったが、昭和9年大江山でニッケル鉱脈が発見されると、陸軍の強力な後押しで採掘が開始される。
同鉄道も加悦から鉱山まで2.6Kmの専用線を敷設、さらに昭和15年には丹後山田から海沿いの精錬所までの専用線を敷設し大々的に鉱石輸送を行った。
しかし、終戦となると、含有率の悪かった大江山ニッケル鉱山は閉山、同時に鉱石輸送も廃止となった。
元々沿線人口も多くなく、さらにはモータリゼーションの影響で乗客が減少し、昭和60年4月30日をもって廃止された。


<路線図>
       加
       悦   丹
 丹   丹 谷 三 後 加
 後 水 後 高 河 三
 山 戸 四 校 内 河
 田 谷 辻 前 口 内 悦
 ○−○−○−○−○−○−○
 た み た か み た か
 ん と ん や ご ん や
 ご だ ご だ う ご
 や に よ に ち み
 ま   つ こ ぐ ご
 だ   じ う ち う
       こ   ち
       う
       ま
       え


加悦のB型(左)とA型(右)入場券。右は最終日の券で、券紙にはボール紙が使用されている。


一般式乗車券。右の券は「加悦谷高校前」が「加悦高前」に省略されている。


その後、金額式乗車券に変わった(左・中央)。右は最晩年の乗車券は矢印式となり、券紙も無地のボール紙が使用されている。


A型往復乗車券。左は国鉄連絡券、右は最終日の券で、無地のボール紙が使用されている。


国鉄連絡乗車券。


A型より一回り大きい半硬券を使用した無賃乗車券。優待乗車券の一種と推定されるが、詳細は不明。


補充片道乗車券。左は軟券で国鉄様式・国鉄地紋で社名も入っていない。
右は硬券で二等級制時代の残券である。



補充定期券。廃札の為、右端に控片が付いている。



社内用車内補充券。上段は入鋏して使用する様式、下段は最下段が領収額で、額に応じて任意の場所で切り離して発行する様式。


連絡・社内兼用車内補充券。


国鉄からの連絡乗車券。


国鉄からの連絡定期券。


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