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江戸時代、ロシア黒船の悲運な遭難事件
| −造船資料館− |
ディアナ号の絵 ディアナ号の遺品
ロシアが日本に開国を迫り、五百人余りを載せて来日。その時、何と
安政の大地震(M8.4 いわゆる東海大地震)が起こり、津波で大破。
150年に1度と言われる地震にあったのですから、よほど運が悪かったのでしょう。
今、騒ぐわりに東海大地震、なかなか起きませんものね。
艦長 プーチャーチン
修理のためやむなく下田から戸田にディアナ号を曳航。
たくさんの漁民を使って。
ところが、後一歩で戸田だというところで、こんどは嵐に遭ってあえなく沈没。
本当に運のない人。
プーチャーチン、漁民と一緒になって「何でだー。」と騒いだとか。(これは冗談)
へだ号
失意?のプーチャーチン一行に、江川太郎左衛門は幕府の要請を受け、洋船建造を
決意。戸田の船大工、伊豆中の大工の協力を得て、言葉・文化の壁を乗り越えて完成。
させた。プーチャーチンは、感謝の意を表し、この洋船に「へだ」号と命名した。
後に、娘が来日、お金も贈ったというたというから、相当感謝していたのでしょう。
当時の千石船
当時の千石舟に比べ、洗練された「へだ号」の技術の差は歴然。
この時の技術が、後の造船立国「日本」のスタートになったそうです。
[1999年5月23日、郷土資料館の許可を得て、ページを公開しています。]