
前日から1日目・沼津から高知へ
生まれてこの方、旅行などというモノはしたことがなく、今回の「よさこい祭り」行きが生まれて初めての旅行になった。
高知に行ける事になったのは7月半ばに入ってからの事で、それまで高知に行くなど夢にも思っていなかった。朝起きればそのまま仕事に入り、終わればまた寝るだけの毎日で、たまに早く終わった日は近所で酒を呑んだくれているぐらいのもので、盆も正月も仕事をしている。高知に行くとなれば4日間とか5日間とか休まなければならず、その頃には、そんなに長期間の休みが取れるとは思ってもいなかった。それが様々な出来事が重なり、こうしてよさこい祭りの前日に高知行きのバスに乗っていられることになった。決してうれしい出来事ばかりではなかったが、こうなった事にだけは感謝しても良いと思う。
「よさこい祭り」は、毎日のようにビデオやインターネットで見たり読んだりしているので、あらかたのチームの名前ぐらいは分かっているつもりでいる。気に入っているチームは、市販のテープやテレビ中継の録画などで年代も追って何度も繰り返し見てきた。それだけに、それぞれのチームの踊りや衣装の傾向も判っている。
今回の高知行きは、ただ「よさこい祭り」を見たい一心で行くだけなのだが、表向きは「よさこい沼津まつりの運営の勉強のため」と言うことにしている。それが功を奏して原田オヤブンから高知の競演場の責任者を紹介されていて、向こうに着き次第訪ねることになっている(笑)
バスは、夜10時に沼津を出発し定期的にサービスエリアに止まりながら、暗闇の中を高知に向かってひたすらに走り続ける。
乗っているのは「よさこい沼津FUJIYAMA組」の踊り子達で、急に高知に行けることになったボクは、ホテルの手配なども間に合わず、すべて便乗させてもらった。
「FUJIYAMA組」は、今年の3月、「よさこい沼津まつり実行委員会」の募集に応じて各々のチームから集まってきた有志による合同チームで、時間を作っては集まり練習を積み重ねてきた。主だったメンバーは、高知に泊まり込み合宿するほどのがんばりようだったが、仕事に追われるばかりのボクは何も手伝う事は出来なかった。
それぞれの想いを乗せたバスの中は、いくらかの緊張を伴いながら静まり返っている。
ボクは、車窓から朝の気配を含みはじめた暗闇を眺めている内に少しウトウトとした。そして、再び気がついた時には、空はすっかり明るくなっていて目の前に海が広がっていた。バスは瀬戸大橋を走っていた。もうすぐ、四国に入る。
バスは四国に入ったが景色にさほどの変わり様はなかった。そのうちに山間部に入り高知が近いと感じるようになる。時計の針は9時を指していた。今頃、高知の町は色とりどりの衣装を身につけた踊り子であふれかえっているだろう。人づてに聞いた地方車の爆音はもう響いているのだろうか。市内に入る道路は渋滞しているに違いない。そんな情景を思い浮かべて歴史ある城下町の様子を想像していた。
表示板に「高知市」と書かれたインターチェンジをバスが降りた。
それからほんの少し走ると家並みが現れ始めた。高知に入った。走るに連れて民家が商店に変わり、そして高層のビルディングに変わっていった。知らない町ではあるが中心地に入った事は感じられる。けれども、想像していたより車の数は少なく渋滞もしていない。静岡では、祭りの日は必ず道路は渋滞する。それで当たり前に思っていたので少し拍子抜けをする。
午前10時、バスが目的地となっているホテル・ヴェルデに着いた。
「FUJIYAMA組」の踊り子達はすぐに着替えを始める。ボクもあれこれとチームの雑用をしていると原田オヤブンから「紹介した升形の責任者の所へ行くように・・・」と携帯電話に指示が入る。
もうすぐ、昼12時になろうとしていた。
自分の宿泊するホテル・サンルートに荷物を預けに行き、それから歩いて升形に向かう。高知に着いた時は時間が早かったせいなのかそれほど見かけなかった踊り子も、この頃には町中に歩いていた。あちらこちらの地方車から「よさこい節」が響いてくる。歩くに連れて祭りが始まる事を感じてきた。
