
1日目・升形競演場(その2)
競演場には、次々とチームが入って来ては、会場を沸き立たせる。
NTTドコモ、セントラル、しばてん連、大丸、十人十彩、無国籍、アートウェーブ、須賀、ほにや、かのう、帯屋町、建築士会、旭食品、鳥取、M・I、すべての名前を挙げればきりがなく、時が移るに連れて、それらのチームの流れは速さを増して、まさしく、怒濤のごとく地方車の爆音と共に寄せては次々と去って行く。
審査員席に座る我々も次第に熱を帯び、交わす言葉も怒鳴り声に変わっていく。
「3番目!」「違う!その横だ!」「その子だ!」「いいから!出しちまえ!」「いけやー!」
時には、本部テントの横をかすめて行く踊り子の袖を掴み、引きずり寄せてはメダルを掛ける。そして、「おめでとうー!がんばれー!」の声援と共に隊列に送り帰す。規定の数も考えず乱発するので、しまいには隊列の中程にも行かないうちにテーブルの上のメダルが終わってしまうようになる。けれども、そんな時も横にいる審査員長からは何も言われず、そうっと2個、また2個と絶えず追加される。
高知には、規定もその時々で簡単に破ってしまう優しさがあった。
その時、余所の演舞場からだと思うが、「メダルが足りないので廻して欲しい」と言って来た。
こちらの審査員長は「こっちも、もうない」と答えている。メダルが入っているはずの段ボール箱をのぞくと本当にあと数十個しか残っていなかった。審査員長はテントに居た全員に向かって在庫の在処を聞くが誰もが「知らない!」と答える。その答にボクは驚きと焦りを感じるがテントに居る他の人たちは誰も探しに行く様子もなく平然と審査を続けている。
それからしばらくして、先ほどメダルを欲しいと言って来た人が、今度は逆にメダルを抱えてやって来た。こちらの段ボールには、もうほとんどメダルは残っていなかった。
そんな進行の仕方で大丈夫か?と聞きたくなるところだが、これも次第に判ることで、最初からテーブルの隅に運営マニュアルとスケジュール表が置かれているが、誰にも読まれた形跡がなかった。
考えてみれば47年間と言えば、よさこい祭りが始まった頃の子供達が今の審査員のはずで、祭りがその身に染み込んでいる人たちからすればマニュアルやスケジュールなどというのは必要がないのだろう。
よさこい祭りは、マニュアルでもスケジュールでもなく、「あ・うん」の呼吸を持って「人」が運営している。
陽が傾き、辺りが次第に薄暗くなってきた。地方車の爆音はさらに響きわたり、スポットライトが色とりどりの踊り子達をさらに浮き上がらせる。審査員席にいるボクの隣には、先ほどまで高知県知事、今はタレントの吉村昭宏さんが審査員をしている。
会場を走りまわる係員の一人がテントに走り寄って来て、北側の交差点で観客が踊り子の進路にはみ出していると言う。指さす方向に目を向けると、いつの間にか、そこは人で埋め尽くされていた。
踊りに夢中になっていたボクは、祭りが始まってから、ほとんど後ろや横は見ていなかった。驚きながら会場全体を見渡すと祭りが始まる頃1列2列ほどだった観客が、今は何十もの列になって、すれ違う隙間もないほどに、人、人、人で溢れかえっていた。
身動きのとれなくなった競演場を、観客と踊り子のわずかの隙間、踊り子が腕を降ろしたタイミングですり抜けながら北側の交差点に向かう。
交差点に着いてみれば、何列にも重なった観客のそのまた後ろからも人の顔がのぞき込み、最前列が押し出されるように踊り子の進路にはみ出ている。ギューギュー詰めのその様子を見て「こりゃぁ、だめだ!」と思いながら「踊り子が踊れません!皆さん、後ろに3歩づつ下がってください!」と続けざまに3回叫ぶ。するとその群衆は、いとも簡単に下がってしまった。
高知では、「踊り子が・・・」と言えば何でも聞いてもらえるようだ(笑)
祭りは、群衆も踊り子も一緒になって、さらに大きな輪となっていく。
終了の30分前に審査員席に座った高知市長も握り飯を頬張りながら踊り子の首にメダルを掛け続ける。
激しく何かが炸裂したような升形競演場は、そのままフィナーレの総踊りに移っていった。
曲に合わせて飛び跳ね「ガイア!」「ガイア!」と叫ぶ踊り子達。その群の中に静岡からやってきた「FUJIYAMA組」の踊り子もいた。何の違和感もなく地元の踊り子達と一緒になって「ガイア!」「ガイア!」と叫んでいる。
その群の中から飛び出して来た20才ぐらいの4、5人の女の子が、テントに座る高知市長に向かって走り寄って来る。「踊りましょう!」と大きな声を掛ける。
市長はすぐさま立ち上がると満面の笑みを見せてから女の子達と一緒に、その群に向かって飛び込んで行った。
