
1日目・升形競演場(その1)
升形に着き原田オヤブンから紹介されていた責任者、神田さんを訪ねて挨拶をする。
「何をしたいか?」と聞かれて「勉強に伺いましたので、交通整理でも、給水所でも、何でも手伝わせていただきます」と答えた。神田さんは、少し考えを巡らせた様子を見せて「着いてくるように・・・」と言いながら歩き出す。競演場になると思われる通りの中心まで来ると設置されていたテントを指差し「そこに座っているように・・・」と指示される。この競演場の審査員が座る本部テントだった。
祭りの始まりまで、まだ30分ほどの時間がある。手持ちぶたさに競演場全体を見渡すと控えている地方車は見えるものの人はまばらで何となく不思議に思う。何十万という人が集まるこの「よさこい祭り」の規模では、どこの競演場も人、人、人でごった返すと思っていた。
12時30分、何の挨拶も祝辞もなく、突然、地方車から爆音が響きだす。それはまさしく爆音で、体中が音圧で震えた。
聞いたことのない名前のチームが2チームほど流し踊りをしながら過ぎていく。今までボクが見たビデオや写真集にも覚えはなかったので、この高知ではそれほどレベルの高いチームではないのかも知れないが、もし静岡で踊っていれば間違いなくトップレベルだった(笑)
祭りが始まる前に「上手だと思う踊り子の首にメダルを掛けてあげなさい」と言われていた。つまりボクは審査員だった。
その時、ボクの手元に2個のメダルがあったが、渡したいと思う踊り子がほとんどで、どうして良いのか判らずにいたら過ぎ去ってしまった。
しばらくして銀色に輝く地方車が入ってきた。ルーフに赤く「FUJITSU」と書いてある。富士通グループだ。ビデオでもよく見ていた流れるように華やかに踊るチームだった。演舞が始まるとビデオで見た通りに華麗な踊りを見せてくれたが、実際に目の前で見るとビデオでは感じる事のできなかったその力強さも凄いの一語に尽きた。
ブラウン管の向こう側にいたボクのスター達は、今、ボクの目の前で踊っていた。
その辺りでボクはとんでもない席に座っている事に気づきはじめていた。
ボクがそのスター達の中からさらに上手な踊り子を選び、呼び寄せてメダルを首に掛ける。ボクにそんなだいそれた事をできる訳もなかった。けれども、踊り子達がメダルを望んでいるのは良く判った。体がこちらを向いている時は視線が訴える。体が後ろ向きになれば全身に、それこそ指先にまで気持ちを込めて踊りながら訴える。
踊り子とボクとの視線が重なった時には、どうして良いのか判らず、ただうろたえていた。
それでも恐る恐る本部前にいる学生ボランティアの係員に「前から5列目、手前から3番目の踊り子を連れてきて下さい」と伝える。聞いた係員はすぐさま走り去り、そして、すぐにその踊り子を連れて帰ってきた。連れてこられた踊り子は、メダルを手にしたボクに気づくと満面の笑みを見せてくれる。その首にメダルを掛けてホッとした。続けてもう一人の踊り子を呼び寄せてメダルを首に掛けて、とても重大な任務を果たしたような気になりドッと疲れを感じる。同じテーブルに座る他の2人の審査員を見ると無表情にジッと踊り子達を見ていた。
富士通グループが過ぎて次のチームが入って来ると、テーブルにまたメダルが10個並べられた。次第に判るのだが、メダルは10人に1個ぐらいの割合らしい。だから、100人のチームでは10個、150人のチームでは15個となる。それ以外に地方車や衣装が凝っていたり実績のあるチームは、その都度何個か上乗せし、演舞場に入ってきた時に「あまり衣装は凝ってないな」とボクが思ったチームは、その割合より2個ほど少なかった。ただし子供が多いチームは例外で、いきなり2倍になったりもした(^^)
審査に自信のないボクが、一度隣りに座る地元の審査員に「あの踊り子はどうでしょう?」と聞いた時、即座に「ダメ!鳴子が上手に鳴ってない。」と指摘された。よく見れば確かに他の踊り子と比べて手首だけでなく腕も大きく振られていた。でも、鳴子の音までは判別できなかった。
横で見ていて、地元の審査員はかなり正確な審査しているように思った。
次々と入って来るチームのどの踊り子もメダルを欲しているのは一目瞭然で、メダルが首に掛かっていない踊り子はたいがい審査員席にいるボクと視線が重なり、その目は光りを放つほどに真剣で心の底から訴えている事が伝わってくる。その度にメダルをあげたいと思うのだが、数に限りがありどうにもならない。その頃からジレンマのようなモノを感じだしていた。
あるチームでは、周りの踊り子はみんなメダルを首に掛けていて、一人だけメダルのない踊り子がいた。中学生ぐらいだろうか。周りの子達と比べてもそんなに遜色のない踊りをしていたので、過ぎ去った後だったが、係員に呼び戻して欲しい旨を伝えた。係員は脱兎のごとく走って追って行き、すぐにその子を連れて帰って来る。その子は本部席に連れて来られる理由が判らなかったらしく、途中まで不安そうな面もちでついて来た。そして、本部席のすぐ近くまで来てから、やっと、メダルを手にしたボクに気がつくと急に大きく目を開き笑顔になろうとしたその瞬間、その目から大きな涙がこぼれだした。
ボクのところまで後2、3歩ぐらいの距離だったのに、ボクがその首にメダルを掛ける時には、もう頬は涙に濡れ滴になってこぼれ落ちていた。
どれほど深い感情があれば、一瞬にしてあれほど沢山の涙が流れるのだろう。
メダルを受けたその子は顔をあげて、恥ずかしそうな表情と一緒に涙でクシャクシャになった笑顔を見せてくれた。泣いたままのその笑顔は声が出せない様子だったが、その瞳から「ありがとう」と言っているのがハッキリと伝わってきた。
隊列に戻るその踊り子の後ろ姿を見送っている時、こらえきれなくなったボクの目からも涙がこぼれだしてしまった。
