金子みすゞの詩

蜂と神さま 「星とたんぽぽ」「みんなを好きに」 「こころ」 「濱の石」 「さびしいとき」 「さくらの木」 「私と小鳥と鈴と」 「不思議」 「女の子」「明るい方へ」 「誰がほのとを」 「大漁(たいれふ)」 「木」 「露」 「積つた雪」 「土(つち)」 「お菓子」 「お魚(さかな)」 「日の光」 「次からつぎへ」 「私の髪の」 「芝草」 「蝉のおべべ」 「たもと」 「草原の夜」 「魚賣りの小母さんに」 「きりぎりすの山登り」 「繭(まゆ)と墓(はか)」  「口眞似」 「打出(うちで)の小槌(こづち)」 「巻末手記」


蜂と神さま   

蜂はお花のなかに、

お花はお庭のなかに、

お庭は土塀(どべい)のなかに、

土塀は町のなかに、

町は日本のなかに、

日本は世界のなかに、

世界は神さまのなかに。

 

そうして、さうして、神さまは、

小ちやな蜂のなかに。

「星とたんぽぽ」   

青いお空の底ふかく、

海の小石のそのやうに、

夜がくるまで沈んでる、

晝のお星は眼にみえぬ。

 見えぬけれどもあるんだよ、

 見えぬものでもあるんだよ。

散つてすがれたたんぽぽの、

瓦のすきに、だァまつて、

春のくるまでかくれてる、

つよいその根は眼に見えぬ。

 見えぬけれどもあるんだよ、

 見えぬものでもあるんだよ。

「みんなを好きに」  

 

私は好(す)きになりたいな、

 

何でもかんでもみいんな。

 

 

葱(ねぎ)も、トマトも、おさかなも、

 

残らず好きになりたいな。

 

 

うちのおかずは、みいんな、

 

母さまがおつくりになつたもの。

 

 

私は好きになりたいな、

 

誰でもかれでもみいんな。

 

 

お醫者(いしや)さんでも、烏(からす)でも、

残らず好きになりたいな。

 

 

世界のものはみイんな、

神さまがおつくりになつたもの。

「こころ」  

お母さまは

大人(おとな)で大きいけれど。

お母さまの

おこころはちひさい。

 

だって、お母さまはいひました、

ちひさい私でいつぱいだつて。

 

私は子供で

ちひさいけれど、

ちひさい私の

こころは大きい。

 

だつて、大きいお母さまで、

まだいつぱいにならないで、

いろんな事をおもふから。


「濱の石」  

濱辺の石は玉のやう、

みんなまるくてすべつこい。


濱の石は飛(と)び魚か、

投げればさつと波を切る。


濱の石は唄うたひ、

波といちにち唄つてる。


ひとつびとつの濱の石、

みんなかはいい石だけど、

 

濱の石は偉(えら)い石、

皆(みんな)して海をかかへてる。

 

「さびしいとき」  

 

私がさびしいときに、

よその人は知らないの。

 

私がさびしいときに、

お友だちは笑ふの。

 

私がさびしときに、

お母さんはやさしいの。

 

私がさびしいときに、

佛さまはさびしいの。


「さくらの木」  

もしも、母さんが叱らなきや、

咲いたさくらのあの枝へ、

ちよいとのぼつてみたいのよ。

 

一番目の枝までのぼつたら、

町がかすみのなかにみえ、

お伽のくにのやうでせう。

 

三番目の枝に腰かけて、

お花のなかにつつまれりや、

私がお花の姫さまで、

ふしぎな灰でもふりまいて、

咲かせたやうな、氣がしませう。

 

もしも誰かがみつけなきや、

ちよいとのぼつてみたいのよ。

「私と小鳥と鈴と」  

私が兩手をひろげても、

お空はちつとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のやうに、

地面(ぢべた)を速(はや)くは走れない。

 

私がからだをゆすつても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のやうに

たくさんな唄は知らないよ。

 

鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがつて、みんないい。


「不思議」  

 

私は不思議でたまらない、

黒い雲からふる雨が、

銀にひかつてゐることが、

 

私は不思議でたまらない、

青い桑(くは)の葉たべてゐる、

蠶(かひこ)が白くなることが、

 

私は不思議でたまらない、

たれもいぢらぬ夕顔(ゆふがほ)が、

ひとりでぱらりと開(ひら)くのが。

 

私は不思議でたまらない、

誰にきいても笑つてて、

あたりまへだ、といふことが。


「女の子」  

女の子つて

ものは、

木のぼりしない

ものなのよ。

 

竹馬乗つたら

おてんばで、

打(ぶ)ち獨樂(ごま)するのは

お馬鹿なの。

 

私はこいだけ

知つてるの、

だつて一ぺんづつ

叱られたから。



「明るい方へ」  

明るい方へ

明るい方へ。

 

一つの葉でも

陽(ひ)の洩(も)るところへ。

 

薮かげの草は。

 

明るい方へ

明るい方へ。

 

翅は焦(こ)げよと

灯(ひ)のあるところへ。

 

夜飛ぶ蟲は。

 

明るい方へ

明るいほうへ。

 

一分もひろく

日の射(さ)すところへ。

 

都會(まち)に住む子等は。


「誰がほんとを」  

 

誰がほんとをいふでせう、

私のことを、わたしに。

  よその小母さんはほめたけど、

  なんだかすこし笑つてた。

 

誰がほんとをいふでせう、

花にきいたら首ふつた。

  それもそのはず、花たちは、

  みんな、あんなにきれいだもの。

 

誰がほんとをいふでせう、

小鳥にきいたら逃げちやつた。

  きつといけないことなのよ、

  だから、言はずに飛んだのよ。

 

誰がほんとをいふでせう、

かあさんにきくには、をかしいし、

  (私は、かはいい、いい子なの、

  それとも、をかしなおかほなの。)

 

誰がほんとをいふでせう、

わたしのことをわたしに。


「大漁(たいれふ)」  

朝焼小焼(あさやけこやけ)だ

大漁(たいれふ)だ

大羽鰮(おほばいわし)の

大漁(たいれふ)だ。

 

濱(はま)は祭(まつ)りの

やうだけど

海(うみ)のなかでは

何萬(なんまん)の

鰮(いわし)のとむらひ

するだらう。

「木」  

お花が散つて

實が熟(う)れて、

 

その實が落ちて

葉が落ちて、

 

それから芽が出て

花が咲く。

 

そうして何べん

まはつたら、

この木は御用が

すむか知ら。

「露」  

誰(だれ)にもいはずにおきませう。

 

朝(あさ)のお庭(には)のすみつこで、

花(はな)がほろりと泣(な)いたこと。

 

もしも噂(うはさ)がひろがつて

蜂(はち)のお耳(みヽ)へはいつたら、

 

わるいことでもしたやうに、

蜜(みつ)をかへしに行(ゆ)くでせう。


「積つた雪」  

上の雪

さむかろな。

つめたい月がさしてゐて。

 

下の雪

重かろな。

何百人ものせてゐて。

 

中の雪

さみしかろな。

空も地面(ぢべた)もみえないで。


「土(つち)」  

こッつん こッつん

打(ぶ)たれる土(つち)は

よい畠(はたけ)になつて

よい麥(むぎ)生(う)むよ。

 

朝(あさ)から晩(ばん)まで

踏(ふ)まれる土(つち)は

よい路(みち)になつて

車(くるま)を通(とほ)すよ。

 

打(ぶ)たれぬ土(つち)は

踏(ふ)まれぬ土(つち)は

要(い)らない土(つち)か。

 

いえいえそれは

名(な)のない草(くさ)の

お宿(やど)をするよ。


「お菓子」  

いたづらに一つかくした

弟のお菓子。

たべるもんかと思つてて、

たべてしまつた、

一つお菓子。

 

母さんが二つッていつたら、

どうしよう。

 

おいてみて

とつてみてまたおいてみて、

それでも弟が來ないから、

たべてしまつた、

二つめのお菓子。

 

にがいお菓子、

かなしいお菓子。


「お魚(さかな)」  

海の魚(さかな)はかはいさう。

 

お米(こめ)は人(ひと)につくられる、

牛(うし)は牧場(まきば)で飼(か)はれてる、

鯉(こひ)もお池(いけ)で麩(ふ)を貰(もら)ふ。

 

けれども海(うみ)のお魚は

なんにも世話(せわ)にならないし

いたづら一(ひと)つしないのに

かうして私(わたし)に食(た)べられる。

 

ほんとに魚(さかな)はかはいさう。


「日の光」  

おてんと様のお使ひが

揃つて空をたちました。

みちで出逢つたみなみ風、

(何しに、どこへ。)とききました。

 

一人は答へていひました。

(この「明るさ」を地に撒くの、

みんながお仕事できるやう。)

 

一人はさもさも嬉しさう。

(私はお花を咲かせるの、

世界をたのしくするために。)

 

一人はやさしく、おとなしく、

(私は清いたましひの、

のぼる反り橋かけるのよ。)

 

残った一人はさみしさう。

(私は「影」をつくるため、

やつぱり一しよにまゐります。)


「次からつぎへ」  

月夜に影踏みしてゐると、

「もうおやすみ」と呼びにくる。

   (もつとあそぶといいのになあ。)

けれどかへつてねてゐると、

いろんな夢がみられるよ。

 

そしていい夢みてゐると、

「さあ学校」とおこされる。

   (学校がなければいいのになあ。)

けれど学校へ出てみると、

おつれがあるから、おもしろい。

 

みなで城取りしてゐると、

お鐘が教場へおしこめる。

   (お鐘がなければいいのになあ。)

けれどお話きいていると、

それはやつぱりおもしろい。

 

ほかの子供もさうか知ら、

私のやうに、さうか知ら。

「私の髪の」   

私の髪の光るのは、

いつも母さま、撫(な)でるから。

 

私のお鼻の低(ひく)いのは、

いつも私が鳴らすから。

 

私のエプロンの白いのは、

いつも母さま、洗ふから。

 

私のお色の黒いのは、

私が煎豆(いりまめ)たべるから。

「芝草」   

名は芝草といふけれど、

その名をよんだことはない。

 

それはほんとにつまらない、

みじかいくせに、そこら中、

みちの上まではみ出して、

力いっぱいりきんでも、

とても抜けない、つよい草。

 

げんげは紅(あか)い花が咲く、

すみれは葉までやさしいよ。

かんざし草はかんざしに、

京びななんかは笛になる。

 

けれどももしか原つぱが、

そんな草たちばかしなら、

あそびつかれたわたし等(ら)は、

どこへ腰かけ、どこへ寝よう。

 

青い、丈夫な、やはらかな、

たのしいねどこよ、芝草よ。

 

「蝉のおべべ」   

 

母さま、

裏の木のかげに、

蝉のおべべが

ありました。

 

蝉も暑くて

脱(ぬ)いだのよ、

脱(ぬ)いで、忘れて

行つたのよ。

 

晩になつたら

さむかろに、

どこへ届(とヾ)けて

やりましよか。

 

「たもと」   

袂(たもと)のゆかたは

うれしいな

よそ行(ゆ)き見(み)たいな氣がするよ。

 

夕顔(ゆうがほ)の

花(はな)の明(あか)るい背戸(せど)へ出(で)て

そつと踊(をど)りの眞似(まね)をする。

 

とん、と、叩(たヽ)いて、手(て)を入(い)れて

誰(たれ)か來(き)たか、と、ちよいと見(み)る。

 

藍(あゐ)の匂(にほひ)の新(あたら)しい

ゆかたの袂(たもと)は

うれしいな。

「草原の夜」   

ひるまは牛がそこにゐて、

青草たべてゐたところ。

 

夜(よる)ふけて、

月のひかりがあるいてる。

 

月のひかりのさはるとき、

草はすつすとまた伸びる。

あしたも御馳走してやろと。

 

ひるま子供がそこにゐて、

お花をつんでゐたところ。

 

夜ふけて、

天使がひとりあるいてる。

 

天使の足のふむところ、

かはりの花がまたひらく、

あしたも子供に見せようと。

「魚賣りの小母さんに」  

魚賣りさん、

あつち向いてね、

いま、あたし、

花を挿(さ)すのよ、

さくらの花を。

 

だつて小母さん、あなたの髪にや、

花かんざしも

星のよなピンも、

なんにもないもの、さびしいもの。

 

ほうら、小母さん、

あなたの髪に、

あのお芝居のお姫さまの、

かんざしよりかきれいな花が、

山のさくらが咲きました。

 

魚賣りさん、

こつち向いてね、

いま、あたし、

花を挿(さ)したのよ、

さくらの花を。

「きりぎりすの山登り」  

きりぎつちよん、山のぼり、

朝からとうから、山のぼり、

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

山は朝日だ、野は朝露だ、

とても跳(は)ねるぞ、元氣(げんき)だぞ。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

 

あの山、てつぺん、秋の空、

つめたく觸(さは)るぞ、この髭(ひげ)に。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

一跳ね、跳ねれば、昨夜(ゆうべ)見た、

お星のところへも、行かれるぞ。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

 

お日さま、遠いぞ、さァむいぞ、

あの山、あの山、まだとほい。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

 

見たよなこの花、白桔梗、

昨夜(ゆふべ)のお宿だ、おうや、おや。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

 

山は月夜だ。野は夜露、

露でものんで、寝ようかな。

   ヤ、ピントコ、ドツコイ、ピントコ、ナ。

「繭(まゆ)と墓(はか)」   

蠶(かひこ)は繭(まゆ)に

はいります、

きうくつそうな

あの繭(まゆ)に。

 

けれど蠶(かひこ)は

うれしかろ、

蝶々(てふてふ)になつて

飛(と)べるのよ。

 

人(ひと)はお墓へ

はいります、

暗(くら)いさみしい

あの墓(はか)へ。

 

そしていい子(こ)は

翅(はね)が生(は)え、

天使(てんし)になつて

飛(と)べるのよ。

口眞似

―父さんのない子の唄 ―

「お父ちやん、

をしへてよう。」

あの子は甘えて

いつてゐた。

 

別れてもどる

裏みちで、

「おとうちやん」  

そつと口眞似

してみたら、

なんだか誰かに

はづかしい。

 

生垣(いけがき)の

しろい木槿(むくげ)が

笑ふやう。

「打出(うちで)の小槌(こづち)」   

打出(うちで)の小槌(こづち)を貰(もら)つたら

私(わたし)は何(なに)を出(だ)しませう。

 

羊羹(やうかん)、カステラ、甘納豆(あまなつとう)

姉(ねえ)さんとおんなじ腕時計(うでどけい)、

まだまだそれより眞白(まつしろ)な

唄(うた)の上手(じやうず)な鸚鵡(あうむ)を出(だ)して、

赤(あ)い帽子(しやつぽ)の小人(こびと)を出(だ)して

毎日(まいにち)踊(をど)りを見(み)せませうか。

 

いいえ、それよりお話(はなし)の

一寸法師(すんぼふし)がしたやうに

背丈(せたけ)を出(だ)して一ぺんに

大人になれたらうれしいな。

「巻末手記」   

――できました、

  できました、

  かはいい詩集ができました。

 

我とわが身に訓(をし)ふれど、

心をどらず

さみしさよ。

 

夏暮れ

秋もはや更(た)けぬ、

針もつひまのわが手わざ、

ただにむなしき心地(こゝち)する。

 

誰に見せうぞ、

我さへも、心足(た)らはず

さみしさよ。

 

(ああ、つひに、

登り得ずして帰り来し、

山のすがたは

雲に消ゆ。)

 

とにかくに

むなしきわざと知りながら、

秋の灯(ともし)の更(ふ)くるまを、

ただひたむきに

書きて来(こ)し。

 

明日(あす)よりは、

何を書かうぞ

さみしさよ。