今週の短歌no.20

 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より


茜差す雲を頭上にミレー作「夕べの祈り」のごとく子とわれ


今年の目標は口語短歌に挑戦したいと思います。多少歌が軽くなるかもしれませんが、またまだその力がないとも思いますが挑戦したいと思います。また去年歌集を作ることを色々な理由で断念しましたが、今年はせめて三郎に関する歌だけを集めて一冊にまとめられたらと思っています。

大島史洋


5月31日(木)参考:日々の気持ちを短歌に(ブログ)

伝達でなく表現と教えられ目から鱗が落ちたる感じ

どうしたかヤフーのブログカウントが朝から少しも変わっていない

わがブログ平均100人台なるに夜になっても25人か

角川の短歌大会に応募せん明日締め切りに間に合わせたい

50首をなんとかまとめ締め切りの明日午前中発送しよう

5月30日(水)

「電力の鬼」と言われし安左エ門この現状をいかに思うや

将来の日本担うは君たちと何度も言いぬ授業放棄に

幸不幸バランスすると言いしなり簿記の講義を今に忘れぬ

腿(もも)よりの片足なくて立ちし叔父われの体を拭きくれしなり

少年の日の思い出は切なくて恩を返せぬまま逝かしめし

実学に背き始めしことなれば芽の出るまでは作り続けん

砂浜の砂の一粒われなるも出ずる涙を大切にせん

5月29日(火)

施設へと戻るを今朝も拒む子になだめる儀式一通りする

散歩より帰れば妻が読売の歌壇に下田の人載るという

今週もだめだったかと見てみればわれの名前が飛び込んで来ぬ

栗木選第一席にわが歌が選評付きでしかと載りおり

妻の名が全国版に載ったればわれも負けじと投稿をせし

読売の全国版の歌壇欄第一席にわが歌が載る

5月28日(月)

初夏の清々しさは真白なる蜜柑の花の香かぐとき

積りたる夏の落葉はめらめらと燃え立つごとく舞い上がりたり

競馬などとうの昔に止めたるがダービーなればテレビ見ている

人気なきカブラヤオーの馬券買い九万円を得しこともあり

一年が競馬暦で回ってた結婚前の5年間ほど

場外の馬券売り場もなき伊豆に移りて競馬のことは忘れる

5月27日(日)

田の水を撫で来たる風心地よし汗する顔を冷やしてくるる

最近の日差しの強さ髪の毛の薄き頭を焼くごと照らす

結社誌がやっと完成会員に早速明日発送しよう

和歌などを作り楽しむことでなく日用に近き実学なりと

間違ったことをしているわれなるか和歌でなけれど短歌を作る 

5月26日(土)

志ん生の落語を聴いて終りたるあとに虎造の浪曲を聴く

志ん生のこの味わいは本物だ談志だとてもとても出せない

虎造の清水の次郎長石松のこの名調子懐かしきかな

ラジオより流るる落語や浪曲を聞きて育ちし少年われは

東富士羽黒山また鏡里少年時代の相撲なつかし

5月25日(金)

田植え終えいっせいに鳴く蛙たち昔のままの故里の夜

機植えにて終えし田圃の小さき苗すくすく育ち太陽浴びる

休耕地増える辺りの一区画なおも老い人田圃耕す

市長また県会議員来賓の挨拶続く今日の総会

決算の報告しつつほんとうに面白味なき数字の羅列

障害を持ち総会に集いたる人の熱気に煽られている

5月24日(木)

学問は詩歌にあらず実学と教えられたる若き日思う

物置に蝮がいたと妻言えば今日一日は近づかずいる

鶏(とり)の餌仕舞いてあれば物置に逃げたる蝮いかにしようか

明日は身体障害者福祉会総会なれば緊張をする

数字読むわれもあるいは聞く皆も面白くない決算報告

5月23日(水)

総会を明日に迎えて誤植あり「分担」でなく「分配」である

決算の報告なれど総会は細かなことは言わずすまそう

総会の決算報告実績と予算の差額のみですまそう

昨日の金環日蝕本日のスカイツリーもテレビですます

世捨て人(びと)にはあらざれど最近は家に籠れること多くなる

5月22日(火)

朝九時にならねば山より出てこない金環日蝕見ることは無理

テレビでの歓喜の声は聞こえるが山峡の空に太陽はまだ

歌会に勉強しても上手(じょうず)にはならぬと言ったわれ反省す

歌会に勉強せんと来ているに勉強しても無駄と言ったか

誤解するような言葉を言ったのも不徳のいたすところと言うか

慶応の大学生が詐欺まがいの投資話で人を騙すか

5月21日(月)

早朝はまだまだ寒い半袖の両手を擦り温めている

悟りにはなお何万年もかかる身よせめても清く死につかしめよ

柿の花目立たず咲きぬひたすらに秋の実りを待たんごとくに

雑草の中に紫際立てるあざみの花よ棘持ちて咲く

人間の形をしたるサボテンが夕日に長き影を伸ばせり

5月20日(日)

紫陽花に青き小花が出(い)でている六月にまだ間のある今日は

黒船の祭りに街は賑わうかパソコン打ちて腕痛くなる

紫の矢車草が咲いているここは南国伊豆の白浜

何という名前の鳥か分からねど囀(さえず)るたびに嘴(くちばし)上げる

両の手を天に掲げるごとくして神に語るや吉本隆明

5月19日(土)

黒船の祭りに友と行くと言い朝から妻は外出をする

人混みを厭えるわれは黒船の祭りに行かず母を訪ねる

一握の砂とバランスとるために測り知れざる砂金の多さ

前方に必ず光があるんだと信じて暗きなか進みゆく

さつま芋さし終え夜となりたれば予想通りに雨降りだしぬ  (数日前)

5月18日(金)

今日はまだ短歌一首も作り得ぬなにがなんでも五首作らねば

時として心細差を感じるは思い上がっているためだろう

明日より黒船祭が始まるが夜に入って雨降り始む

「短歌などしていていいの」いまさらに心の隙間狙いささやく

「分からない」しかし必ず救われる危機を脱した体験が言う

5月17日(木)

大家族の嫁の苦しさなつかしむように老婆は沈黙をする

伊豆半島東海岸国道を走りていたり津波よ在るな

躁もよし鬱もまたよしなにものも天の与えてくれし賜物

食欲も天より頂きたるものと思えば必ず満たすものあらん

迷うなく唯にお慕い申すこと幸せになる道これならん

5月16日(水)

障害者施設見学雨のなか天城峠をマイクロ登る

新しき障害者施設広々としているなかで働いている

元気よくいらっしゃいませと出迎えぬ障害持ちて働いている

さようなら障害者の声背に聞こゆ月給一万円で働く

わが子にもグループホームの適用が可能かバスの帰りに思う

5月15日(火)

総会に議長となれば初めてのことではあれど無難にこなす

歌会は発言機会得られずに不満を持ちて家路を急ぐ

偶然に帰りに会いたる歌人(うたびと)に話し続けて河津に着けり

静岡へ行って帰れば白鵬が敗れていたり連敗したり

自信ある作品だったが散々な結果に終わる今日の歌会

5月14日(月)

静岡にて歌会あれば朝早く稲梓駅へ向かわんとする

山の駅つつじはすでに葉にとけてただうぐいすの声ひびくなり

回想し不思議に思う恩師との出会いはかくもスリルに満つる

横腹を深くえぐられ富士山がその身を雪に覆われている

冠雪の富士の内には赤々とマグマ滾(たぎ)りているのだろうか

5月13日(日)

妻の歌入選すれば図書券が新聞社より送られて来ぬ

誰を待ち咲いているのか山奥の真赤な色の山つつじの花

白鵬に勝ちて涙を流したり豊響関感動をした

境川部屋の躍進妙義龍豪栄道また豊響など

学問は詩歌にあらず実学と入学早々教えられたり

先生の教え守らずこの俺は二十数年何やっている

5月12日(土)

お世辞なら「なんだこれは」と言わるるをむしろ喜ぶ岡本太郎

色彩は強烈なれど造形はよくわからない岡本太郎

強烈な言葉の力を出せという3・11以降はなおさら

贔屓(ひいき)する郷土力士の磋牙司(さがつかさ)今日敗れたり二勝四敗

今日勝った高見盛の親方は元潮丸(うしおまる)静岡出身

5月11日(金)

寒気団雷ともない伊豆の地に今にわか雨激しく降らす

近頃はとみに盆地の寒暖の激しさを知る昔習いし

近頃は天変地異の恐ろしさまことしんから祈りわきくる

雹までは降らないけれどひんやりと外の空気は体に沁みる

日本に生まれし子らよ日本の日本人の心忘るな

5月10日(木)

歌会は三人となり図書館の二階に熱き意見交える

沈黙の重要性を延々と力説したり疲れて思う

伝達は枝葉と言いし沈黙をむしろ尊む吉本隆明

空洞やうわべではなく沈黙はいかに中味を満たすかだろう

挫折とは幸運な人の体験かそれならもとに戻ればいいか

5月9日(水)

うぐいすがそら今鳴いたたんぽぽも笑っているかこのままでいい

厳しいという声がする小売ではとてもスーパーに勝てりゃしないと

四代目酒屋を継いだ弟が店舗を閉める話始める

商売をせずに勤めをしたる身よ己れ守るにきゅうきゅうとする

もう少し頼れる自分になりたいと思いつついて六十九歳

短歌でもいいこれというもの掴(つか)み死なんと思う死にきれなくに

5月8日(火)

山を呑み空をのみたる水田に機植えの苗がきちんと並ぶ

一言で言えば結局「ありがとうございました」と告げたく思う

今日のみの命と思えば「ありがとうございました」と告げねばならぬ

強風にめげずに枝にしがみつき今年の梅も豊作なるか

なにとなく寒さ覚える朝方にゴミ袋二つ子も一つ持つ

5月7日(月)

青々と紫陽花の葉は瑞みずし朝の光を宿しているか

水を張り田に早々と機械にて苗植えられる小さなその苗

スーパーに売られていたり鉢植えのサボテンの棘(とげ)は硬く鋭し

実学の教えに背き詩歌など始めたからは芽を出してみよ

孤立せし歴史ありたり日本国(にほんこく)いま北鮮の動きを憂う

5月6日(日)

孫たちがあわただしくも帰りたり座敷わらしのような幻想

「じいじ」とう声が心にとどまりてわれはじいじか不思議に思う

強風にめげずに花を保ちつつつつじの花は満開となる

コンクリの割れ目に枯れて揺れおれどススキはすでに青き葉を出す

新緑の山はかがやく強き風やわらかき葉をいや揉みにもむ

5月5日(土)

今日も聞く聞いても聞いても聞き飽かぬ天に手を上ぐ吉本隆明

神に向き語っているか手を上げて目を天に向け吉本隆明

生みたての卵つかめば健一郎今死にしとう肌のぬくもり

一畳の畳の広さ死にし子の横たわりいし姿今なく

肉体は煙とともに消えゆけり健一郎よ顔に似る雲

摘みてきた花狩り園のひなげしが花瓶のなかでみな首垂れる

5月4日(金)

伊豆急線全線運休今日孫が川口市より来るという日に

下田より伊東はなんとか通じたがまだまだ伊東線が運休

伊豆急線全線運休様子見よ今日来る嫁に孫にメールす

八時半過ぎたるところ運休の伊豆急と伊東線が再開

走り寄る孫の笑顔に成長の頼もしさ知りしかと抱きぬ

おぼつかなき電車の運行雨の中五時間かけて孫等着きたり

熱海にて一時間ほど待ちました幼な子抱き嫁笑い言う

5月3日(木)

間違いに本音が出るか「ブログにて公開する」を後悔と打つ

温暖化あまり話題とならぬなり氷河が二キロ後退するか

孫たちが明日(あす)来るという雨風(あめかぜ)よなんとかそっと寝ていておくれ

九州も北海道もまだ行かぬまして外国などは論外

歌人にて旅行嫌いは少ないかだからといって威張ることない

5月2日(水)

バスだけでないホテルでも廉価なり一泊二食五千円切る

履歴書を書きつつ思う職歴のこの変遷がわが人生か

転職は六回となる働きし会社の数は七社となるか

結局は七つの会社で働くも経理仕事一筋だった

金銭で全てを測る仕事して測り切れない短歌などする

啄木の一握の砂これこそが金で測れぬ価値を持つなり

死にし子の歳を数える愚かさを今もするなりわれは父なれば

5月1日(火)

幾十の鯉が泳げり山峡を渡すロープの上に活きいき

柿の葉もすっかりひらきはつなつの光を受けて生き生き輝く

花絶えし庭に俄かに咲きくれしつつじの花は赤くま白く

値打ちなき砂に命をあたえたり一握の砂読み飽かぬなり

「こんなことしていていいか」「一握の砂だよ値打ちなき砂でいい」





大島史洋の短歌鑑賞

本当の自由を知らないという声のいくたび吾を打ちて過ぎしか

思索的な歌とでも言いましょうか。青年の思いが吐露されている感じです。
戦後誤った自由意識が、特に若者の間にありました。そのことを「本当の自由を知らない」と言ったのでしょう。
作者もいくたびかそのことを年長者に言われ、批判されました。しかし、作者にはいまひとつ本当の自由の意味が分からない感じがするのでしょう。自分は自由の意味を履き違えていないだろうかの反省が常に心を襲うようです。