今週の短歌NO.27

 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」「わが家の天使」

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より


茜差す雲を頭上にミレー作「夕べの祈り」のごとく子とわれ


1月31日(木)参考:日々の気持ちを短歌に(ブログ)

霜に耐えひそかに咲ける枇杷の花見ることもなくみな通り行く

腰痛の痛みようやく弱まりて歩けることの喜び思う

春耕というにやあらん霜おける田にトラクター動き始まる

霜おける枯草に日が差しこみてきらきらするを喜びとする

無理するも若さゆえとは思えども何も分らず力みおりしか

苦しむも貴重だなどと言うわれも当時は逃げていたかも知れぬ

1月30日(水)

祖父父の守りて来る酒店舗売り物件となり載りている

長子われの継がざりし店広告に売り物件と写真載りいる

わが実家売りに出ること重ければ押しつぶされてなる腰痛か

弟に任せた実家あれこれと口をはさめる資格あるまい

停留所聞かれ教える「良いお天気で」「ええ」と言いつつ

1月29日(火)

月曜の朝になりたりゴミ棄てに子の後追ってそろり歩ける

つま先をしっかり見つめゆっくりと腰痛かばい子の後を追う

腰痛の要点なるか視野狭くしてつま先を見つめて歩く

病院の待合室にいるときにぼきりと背骨がもとにもどりぬ

レントゲン写真数枚撮りたるがホカロンのためやり直しとなる

腰痛の薬をもらい帰る時心安けく痛みうすらぐ

1月28日(月)

腰痛は忘れた頃にやって来ぬそろりそろりと歩くほかなし

施設より帰り散歩をする子なり慣わしなればついて行きたり

こごえたるわれの歩みを見つけたる水仙の花笑顔ふりまく

痛きほど冷たくなりし手の指を缶コーヒーで温めている

自販機の缶コーヒーの温かさ朝の散歩のオアシスとなる

腰痛で法事に出ること出来なくてまた義理ひとつ欠いてしまいぬ

肩痛い高見盛は懸命に有終の美を納めたるなり

叔父上の四十九日に行けざれば付き合い悪しとまた誹(そし)られん

仮病にてあらざりしかど運悪く腰痛なれば行けざりしなり

山茶花の垣沿いの道歩みおり蘂はこんなにあざやかなるか

1月27日(日)

野獣でも吠えるがごとく寒風がわが家を夜半に襲い止まざり

夕食の仕度の妻に喜びて磋牙司がいま勝ったと叫ぶ

七十キロ体重少ない磋牙司徳真鵬を寄り切りにけり

大男徳真鵬を磋牙司一寸法師のごとく寄り切る

十敗目高見盛が敗れたりああ来場所は幕下なるか

渾身の力をここに集中し日馬富士今日優勝果たす

1月26日(土)

山山に囲まれているわが里は西も東も朝焼けている

かんかんと晴れてるもとに台風のごとき寒風吹きすさぶなり

一回は読んでもらえる幸運よ載る載らざるは問題の外

こんなにも勝利の味はおいしいか高見盛が今日勝ちしこと

十両の二枚目にして磋牙司勝ち越したれば幕内ならん

1月25日(金)

寒の雨降りし朝(あした)に紅梅のつぼみようやく開き始める

残念だ高見盛が九敗になってしまったもう後がない

土俵から高見盛が消えたならどうして気合入れたらいいの

テレビ見てオウオウオウと叫びたり高見盛の気合に合わせ

三段目幕下なれど生活があればおのおの見ごたえがある

1月24日(木)

自動車と壁の隙間を抜けて来ぬ幼子(おさなご)は狭き所好みて

どんよりと曇りし空のところどころ雲薄ければ明るみている

はつらつと歩いているが前のめりしている姿がガラスに映る

前のめりしているわれは思うほど体が追いつかないのだろうか

月のなき夜道歩けば自動車が眼(め)を光らせて飛びかかりくる

1月23日(水)

雨降りの天城峠を越え行けり道両側に雪高く積む

天城嶺(あまぎね)の北と南の違いあり北の雪にはいつも驚く

母親の薬もらいに行く道の雪の景色を喜びとする

人影は一人も見えず天城嶺の昭和の森は雪に覆わる

廃園となりて久しきいのしし村広き駐車場雪に覆わる

一番に病院に行き朝ドラを待合室に見ていたりけり

母の名を呼ばれ一瞬とまどいぬ薬をもらいに来たわれなるに

張りのある声にて順番呼びているナースは長く勤めているか

掲示板受付番号表示さる二時間待ちて番が近づく

病院てこんなにいつも混んでるかしばしあたりを見回している

1月22日(火)

しんしんと霜置く里の明け方はしみじみ心しずまりてくる

施設へと子を預け来て歌会の下準備する今日は白浜

高齢化しているためか歌会は欠席多く七名でする

世話人の原さんさえもマスクして声が出ないと苦しんでいる

明日(みょうにち)は母の薬を貰うため天城越えする雪よ降るなよ

1月21日(月)

朝ごとに霜に凍りて幾日ぞ今日さざんかの花散りており

夜半床に浮かびたる歌どのような歌でありしか思い出(い)で来ぬ

七回の七十倍を許せとはイエスの言葉思い出(い)でたり

横綱の大鵬関はわたしより三歳上であるだけだった

苦しさに堪えたる人の優しさと思いていたり大鵬関を

静岡県男子駅伝静岡の結果十一位入賞ならず

1月20日(日)

凍りたる轍を砕き走り行く車一台若者を乗せ

昨年のカレンダー千切りちぎりたり電話のメモにするほかはなく

七十を過ぎてしまえり高齢者保険証今日届けられたり

山茶花の花びら散りてちりぢりにかなしきまでに地に散らばれり

入つ日が今だせつなく山の端に輝いている寒さに負けず

寒風に負けず輝く入つ日よわれの眼を射らんとするや

幼き日清掃したる忠魂碑今寒風が掃き清めおり

1月19日(土)

屋根に降り八つ手の葉にふり初雪が伊豆の山々うっすらおおう

横たわる木の電柱に伊豆の雪いたわるように積りていたり

枇杷の木の花に隠れている小鳥よく見ればなんと目白でないか

柿の木に体まるめて止りおり鈴なりとなる雀の群れは

「雪國」を初めに唄いつぎ「酒よ」カラオケさらに盛り上がりたり

1月18日(金)

手袋をどこに置いたか探しおり霧たちこめるごとく思いて

散髪をしてさっぱりとしたるなり遠回りして帰らんとする

うす日さす畑の隅に霜置きて菜の花ここはもう春という

冷え性の足の冷たさ防ぐよう靴下二枚重ねはきたり

眠られぬ夜もよかろう心臓を呼吸を統(す)べる神に任せん

1月17日(木)

たくさんの赤き蕾をつけており希望のごとく梅の木が立つ

作りたる少しばかりの野菜でも子らに送れば喜ばれたり

あらかたの穂を飛ばしたるすすきたち真直ぐ頭を立てて揺れおり

ただ一羽孵えりたる雛母親の羽を飛び出しあたり啄む

清張の小説常に人間の心の闇に光を当てる

七十を過ぎたる女性なんとなんと芥川賞受賞をしたり

1月16日(水)

プリンタートラブルなるに相談室旧式なれば修理不可という

白鵬も雪に弱いか三日目にまさかまさかの黒星となる

十両の郷土力士の磋牙司勝ちっぱなしの三勝となる

十両の高見盛も今日勝って二勝一敗まずまずとなる

ユズジャムに焼酎入れてお湯割りに結構いけるよこの甘さ

1月15日(火)

昨晩の佐義長の跡円形に残り冷たい雨に打たれる

ハードにはうといけれどもパソコンを使いこなして二十余年ぞ

プリンター吸収体が満杯に近づきいると表示出(い)でたり

プリンター途中で具合悪くなる相談室に明日電話せん

産土の地に根を張りて真直ぐに四百年を伸び来たる杉

買物のながびいている妻を待ち花の売場に香をかぎおり

1月14日(月)

佐義長の孟宗竹の鳴る音が暗き山へと轟りわたる

竹の音子等の歓声佐義長の火柱囲み闇に聞こえる

この一年幸いあれと佐義長の炎に顔をほてらし祈る

佐義長の下火となりしそばに寄り子らは餅など焼き始めたり

長男に生まれ家業を継がざりし悔いるごとくに駅伝愛す

都道府県女子駅伝に静岡県五位となりたり過去最高の

1月13日(日)

何百という群衆を描きいて開かれし手の手相見えたり

霜置きて面を伏せいしパンジーがいま日を浴びて花びらゆらす

霜置きて蕾のままに朽ちゆくかバラのつぼみを今日も見ている

標語とは違うのだから短歌にはメッセージなど不要と言うか

ひよどりの鋭(と)き嘴(くちばし)に突かれて藪の侘助ゆれやまぬなり

すすきの穂染めて山の端(は)入りゆく日われの眼を射りてまぶしき

1月12日(土)

一生を費やし彫りし仏像よ名なく貧しくなお足りて逝く

学ぶことなきまま真似て彫たるにひと世の果てに名工となる

貧しくて学ぶことなきひと世君まねび彫りゆき名工となる

成し遂げし仕事すなわち満足か金名声を求めず君は

祈られて奇蹟のごとく救われし神と信じし人のお蔭に

1月11日(金)

孟宗の竹の高みにゆらゆらとダルマがゆれる左義長の小屋

注連飾りあまたを胴にくくりつけ霜の田に立つ左義長の小屋

寒風に乗りてのどかに聞こえくる焼芋売りの「やきいも」の声

百歳を越えたる人の賀状なり墨黒々と書かれていたり

これが死か死の直前を歌にする余裕を持つを目標とせん

1月10日(木)

霜とかす朝の日差せばきらきらと銀杏の裸木かがやき始む

一本の孟宗竹を柱としどんどん焼きの小屋立ちにけり

毎日の始まりはまず掃除からいつよりかわが習慣となる

短歌など分らぬというこんなにもやさしい言葉短いけれど

今日の日が暮れなんとして長ながとわが影ゆっくり舗道を歩く

寝られないなぜ寝られない眠くないこれから眠くないこととせん

歌作る習慣なればなんとなく気持が悪い作らなければ

1月9日(水)

めらめらと炎をたててもえ上るわが青春の日々を燃やせば

霜置ける枯野に朝の光差し今感涙の光が覆う

バッテリー充電したにかからないこれから出掛ける用があるのに

車屋に電話するなり「かからない!お願いします、なるべく早く」

胃の中はいっぱいなのに反対に頭のなかはからっぽみたい

短歌でも毎日食べてゆかないと頭の中がからになっちゃう

身障者の新年会に遅刻するだって「バッテリー交換したから」

1月8日(火)

朝焼ける東の空を見ておればなにか希望のごとき湧きくる

しんしんと霜置きている青菜たち耐えるというはかかる形か

冷蔵庫を夜半に漁(あさ)りしあとのあり子は施設にていかに過ごすや

自動車がまたかからないバッテリーの充電不足か色々ためす

身障者の友への電話はいつもより呼び出し音を多くしている

耳底に今も残れりラジオ聞き祖父黙々とミシン踏む音

1月7日(月)

駅伝の余韻は今も消えずあり生きながらえん来年も見ん

残りあと何回見える駅伝ぞ生き抜きて見ん次また次も

黒まぐろ何故にそんなに高いのか一匹一億五千百万円

平地でも凍(こご)える今朝の寒さなり富士に幾夜を過ごしたるのか

失敗をせずに過ごして来たる身をあるいは悔いることもあらんか

竹編みてどんどん焼きの小屋作る竪穴式の住居のごとく

1月6日(日)

牧水の「短歌作法」読みゆけば彼も生活の重要を言う

生活を歌えといえど短歌では食べてゆけない短歌とは何

寒風に吹かれていればなにゆえに感謝の言葉出(い)でてきたるや

有難うございましたと何回も寒風の中唱えていたり

生きている生かされているこの頃は受身の心湧きてくるなり

かけがえのなき一日と思い立ち夕日をしばし眺めていたり

雲多き一日が今暮れんとし黄金の色に染まりていたり

1月5日(土)

雪に泣き凍りに泣きて風になく箱根駅伝涙の歴史

マイナスをプラスに変える力こそ箱根駅伝醍醐味ならん

色々なことがあるのが人生と口には言えど悟るは難(かた)し

バッテリーの充電終り施設へとなんとか子供を送り届ける

対岸の達磨大師も四日目は太鼓の音もしなくなりたり

駐車場十台くらいまばらなり初詣には溢れていたに

1月4日(金)

箱根路はいかにと見れば遠山にかかれる雲の朝焼けにけり

今日もまた風強きなり箱根路を湘南の海を吹きすさぶらん

そんなにも襷繋ぎてうれしいか泣き崩れたり平迫幸紀

なぜかくも涙は出るや若き等がゴールへ倒れ込むさまを見て

駅伝のせいにはあらずトンネルを出(い)でし後ライトを消し忘れたり

全てわが自業自得かバッテリーあがってしまいお手上げである

サッカーもあるんだけれど静岡は一回戦で敗れてしまう

静岡に勝った長崎総附属三回戦で敗れてしまう

発達の遅れし息子ある意味で幼き心を持続している

1月3日(木)

夢にまで走りて来たか一年の総決算ぞ箱根駅伝

箱根路をわれ越えくれば十国の峠より見る伊豆の初島

柏原竜二のいない東洋に双子の設楽兄弟がいる

大迫を補欠とするか早大がいかなる戦法をとるかが見もの

青山のルーキー久保田に注目すそれがひとつのわれの見どころ

風強き湘南の道をひた走り選手は一路箱根へ向う

どのようなニューヒーローか誕生を箱根の山も待ちわびおらん

箱根路を走りしことが君たちの勲章となるいかなる道も

一区より無難にトップの東洋が箱根の山で三位となりぬ

法政の関口頌悟(しょうご)しっかりと箱根の山で八人抜きぬ

亡き父に誓いし箱根の山征し服部翔大笑顔のフィニッシュ

山上は十八メートルの強風に中央城西大学棄権

1月2日(水)

おだやかな初日を浴びて長ながとわが影のびる霜の舗道に

元日の朝日を浴びて長ながと長距離トラック帰り来るなり

対岸の寺より聞える除夜の鐘いくつ数えて眠りしならん

元旦も新聞配達休みなしバイクに乗ってさっそうと来る

元日は火曜日なれば早々と妻透析に出掛けて行けり

元日は忙(せわ)しなければニューイヤー駅伝じっくり観戦出来ぬ

柏原竜二にしても実業団壁厚かった区間四位は

先輩の意地を見せしか今井正人区間記録の更新をする

1月1日(火)

今日一日大晦(おおつごもり)の空にしてまるき納めの月浮かびおり

強き風吹きすさびつつ大晦日(おおみそか)道の落ち葉を掃き清めゆく

箱根路にいかなるドラマ生まれるや師走の風に吹かれて思う

箱根山をいの一番に登るのはどこの大学二日待たるる

わが校がトップを取ると十九の大学競う冬の箱根路

柏原竜二なきあと箱根路をごんごん登る男出て来い

東洋か駒沢早稲田青山か明治中央順天堂か

せいせいと大晦(おおつごもり)の枯れススキ入日に向かい手を振りている