今日の短歌NO.15
 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
マイナスはプラスへの道/艱難(かんなん)は歓喜(かんき)への道/今日からの道

短歌は、三十一音からなる小さな世界です。その中に自分の思いを込めます。ですから、時間はなかなか織り込めない。今の一瞬、一瞬を歌うしかないのではないでしょうか。そう思います。また、そのように作っています。

 


1月31日(火)参考:日々の気持ちを短歌に(ブログ)

霜霜霜下田街道早朝の道を駈け行く天城への道

五千人も五十年後に減るというわれの命もとうに尽きいて

あんなにもはしゃいていたに送りたる施設の門を入ると黙せり

ほんとうに申し訳ない施設へと送りしあとに心やすらぐ

心から汝(なれ)を愛しているんだよそんなそぶりをわれは見せねど

施設こそ汝(なれ)の住処(すみか)ぞわれと汝(な)の四十歳の歳(とし)の差悲し

1月30日(月)

施設より帰りたる夜(よ)は眠られぬ子に妻もわれもつき合わされる

しんしんと額の冷える冬の夜は遠い昔の人の声する

ジンジンとまず爪先が冷えてくる早朝の道子に遅れ行く

目的を持ちて素早く走る子よ自販機に行きジュース買うため

キイキイと鋭き声で鳴いている最後の柿を啄ばめるヒヨ

一粒の麦となれるやわが短歌死なば多くの実を結ぶのに

独身の床屋の主人亡くなればサインボールが取り外ずされる

カラオケの好きな床屋の主人の死今年の祭り寂しくならん

1月29日(日)

早速にグロコサミンを服用すなんだか痛みが薄れた気分

痛みさえ気の持ちようかグロコサミン飲めば節々痛み去りたり

節ぶしの痛み消えれば良き歌が出来ると思いし愚かなりしも

NHK全国短歌大会に秀作となり賞状届く

啄木の短歌大会投稿す啄木短歌われは愛せば

日に五首の短歌作るをノルマとすなんとか今日もクリアーをする

1月28日(土)

砂粒が砂金となりて輝けり霜置く朝の天恵思う

今日ひと日(ひ)この一時(いっとき)を生きている生きるというはこのことだろう

身を入れて国会中継見たいのにすぐ気が散って部屋を離れる

先送りを仕送りと言い間違えし重野議員は苦労をしたか

最近は一つのことに集中をしなと言われる物忘れして

1月27日(金)

蟹のごと身を鎧えるか啄木のことを思えば涙出(い)でくる  (啄木を思いて作る)

歩めずと憶えていたり幼ければ歩まずと知り意志を持ちたり ( 同上 )

一握の砂金にあらずただの砂取るに足らざる一握の砂  ( 同上 )

口開けて腕の中にて苦しめる子はようやくに声を出したり  (思い出して作る)

津波跡一本の松残りしは生きてやるぞの信念ならん  (思い出して作る)

声に出し子の名を呼びぬなきがらをいだきて泣きぬわれは父なれば (思い出)

1月26日(木)

山の端(は)の夕日鋭くわれを射るまだ没(しず)まぬと抗(あらが)うごとく

思想など持たぬなれども日本の形をなして雲黄金色(こがねいろ)

雪積もる庭土に早やチューリップその青き芽を突き立てている

そうなんだ最近虹を見ないことお前は今も虹を見てるか

若き日の海で喧嘩をしたこともみんな自分の狭量のせい

1月25日(水)

何もなきことにするがごとくにも昨夜の雨は雪となりたり

簡単にリセットするはかなわねば今朝一面の雪は美し

人生でどれほどのこと出来得るや雪の積もれる野の道を踏む

一面に雪の覆える村の道今サイレンの音響き行く

ひっそりと庭木の陰に身を置いて昼の光に溶けぬ雪あり

1月24日(火)

河原には白く乾ける石並び水量の減る川を見下ろす

山茶花の赤き花びらちりぢりになみだのごとく散らばりている

薄雲を貼り詰めている朝の空カラスの声は寒くひびけり

ひさびさに日が差しこめば気持ちよく布団を干さんと思いつきたり

年賀状読み直すなり四等が九枚当り幸先がよい

うきうきと浮かれるわれを電線に止まりカラスが見下ろしている

1月23日(月)

五つほど残る柿の実ひよどりは今日も来て順序よく突きおり

雨上がる伊豆の山々霧立ちて風呂浴びているごときおだやか

朝霧がぼんやりあたりを包みいるこの危さにわれは生きるか

贔屓する高見盛に磋牙司負け越したれば酒つけてもらう

都道府県全国駅伝静岡は五位に迫るも結果十七位

震災の東京の街立直せし後藤新平は岩手県人

1月22日(日)

啄木は日(ひ)に百五十首を作りしかわれは五首にてあっぷあっぷも

ひと筋に真直ぐ伸びる霜の道朝日にぬれて輝いている

施設へと早く来たれば食事会の設定風景一時間見る

黒雲の空の上にも日があると書きつつ次の言葉が出ない

凍(こご)えたる心のときに思うかな南天のあの赤き冬の実

給料の遅配二ヶ月地下を出(い)で妻の作りし弁当食べる

1月21日(土)

満月のごとく全(まった)きこの地球震災もあり戦争もある

枯れ草は風に靡けり感受性失わないと風になびけり

瞬間にしか生きられぬ瞬間を歌にすること生きる証(あかし)ぞ

うれし泣きというのであろう青空ののぞく空より降りてくる雨

大切は一生懸命勝負より高見盛のこの人気見よ

1月20日(金)

梅が甘く匂える庭を持つレストランには人影がなし

戸を閉めて店仕舞いするレストラン柱時計が止まりていたり

レストランまんだらという名の店が婆娑羅峠に廃業をする

山の水婆娑羅峠に汲みに行く今夜は雪になるかもしれぬ

乾燥日続いていれば雨になる予報は天の恵みなるべし

1月19日(木)

三日月は鋭く光り一面の霜置く畑を照らすがごとし

月面に到着したるごとくなり着ぶくれのわが影を見下ろす

一面の霜置く野原一筋の道が朝日に輝いている

題詠「声」

声にして汝(なれ)の名呼びぬ亡骸(なきがら)にすがりて呼びぬわれは父なれば

久々に任地の夜にせし電話子らの争う声聞こえくる

1月18日(水)

雪という予報は雨になりたるも遠山の木々白くなりおり

感謝する気持わけなく湧きてきて対向車に頭下げつつ走る

透析に妻留守なれば寅さんの映画を見つつ一人笑えり

透析の妻の帰りが遅ければ携帯もたぬわれ家にいる

磋牙司高見盛が負けし今日白鵬までも負けてしまうか

1月17日(火)

左義長の跡は田んぼに黒々と円の形になりて残れり

防寒の下着を買いに行きたるがどれも二枚セットになってる

枯草の中をゆっくり歩きおる黒猫やおらわれに振り向く

寒風の中に菜の花見付けたり春が来るんだもうしばらくだ

寒風の吹きすさぶなか歌会へ八十八歳二名来ており 

1月16日(月)

四時起きがわれの生活リズムにはちょうどよきなり四時起きをせん

早朝の空にカラスの声響く曇れる空は雨を含みて

雲あれば忘れたころに日が差せり待っていたんだお前のことを

こだまするカラスの声が空にあり地上は霧におおわれている

霜あまた青い葉につけ冬を過すそういう彼岸花の若き日

幼稚園休日なれば静かなりうさぎしきりに金網を噛(か)む

1月15日(日)

ポストへと行くにひとつの橋渡る今日そのことを思い歩けり

対岸のどんどの小屋に子供等が集まり来るを遠く見ており

対岸はすでに日が差し親や子がどんどの小屋を取り囲みおり

古里を捨てたるわれか捨てられたわれかだんだん分からなくなる

てっぺんにまず火がのぼりたちまちにどんどの小屋は火につつまれる

遠巻きに子らはどんどの小屋囲み火勢弱まりくるを待ちおり

左義長の白き煙はうねりつつ龍のごとくに立ち上りゆく

歓声とも悲鳴ともつかぬ声発し子等左義長の炎を囲む

孟宗竹発砲のごと音たててどんど小屋は燃え盛りゆく

たちまちに燃え尽くさんとどんどの火骨組みの竹に移り音立つ

たちまちに燃え尽くしたるどんどの火間置き大きな竹爆ぜる音

施設にて暮らしておれば人混みを歩めることを子は喜びぬ

1月14日(土)

桜木も古木となれば根方より新たな幹が太くなりおり

食べ過ぎの重き体を運ばせて風の中行くあてはなけれど

沈む日が長くわが家を照らしおり対岸はすでに暮れて鎮まる

日が沈み漆黒となる稜線をうすももいろの空がつつめり

1月13日(金)

眠りおる間に雪は降りたるかフロントガラスにつくなごり雪

伊豆の山うっすら染める雪景色寒さを忘れ眺めていたり

坂道を登りのぼりて着きにけり小学校は丘の上にて

入口に立入禁止と書かれるを小学校へ登りてゆけり

1月12日(木)

対岸は早や日が差して明るきに山を背にして影につつまる

小沢氏がたとえ無罪になろうともわれの気持はすでに離れる

1月11日(水)

路地植えのアロエの垣が続きおり伊豆の稲取(いなとり)海岸走る

熊本の友よ如何にや西空の九州に似る雲の夕焼け

秘書さえも管理出来ずに笑止なり天下国家を論ずと言うは

1月10日(火)

早朝の凍れるなかに出かけんとエンジン長くふかしていたり

霜とけてしずくとなればうるおいて枯草はみなかがやき始む

頭さげ挨拶をする水仙におもわずわれもお早うと言う

てっぺんにダルマをつるし弓を張りどんどの小屋は竪穴(たてあな)の家

1月9日(月)

霜霜霜道に車に野に屋根に下田の里は霜霜の里

妻病めば子は外出を拒みたりあれほどせがみ手を引きたるに

対岸の田にどんど小屋建ちにけりだるま注連縄あまた付けたる

毎年のことにはあれど左義長は傍観者として遠く見るのみ

故郷を離れし悲哀左義長を今年も遠く眺めて終る

1月8日(日)

稔り田は一朝(いっちょう)にしてならざるか黙々として冬田耕す

晴れという予報に反し雲多し冷えし布団を取り込まんとす

穂を飛ばしすっくと立てるススキたち役目終えたるもののすがしさ

茜雲すっかり黒くなりにけり西空占める数多黒船

稜線にあまたな雲が迫り来る黒船あまた押し寄せてくる

1月7日(土)

何もない冬の畑に降りてきてカラスは何をしておるならん

一羽二羽三四五羽とたくさんのカラスが冬の畑を歩く

三が日過ぎ対岸の大師堂静まりかえり朝の日を浴ぶ

山々に囲まれているわが里の空にアメリカ大陸が浮く

1月6日(金)

凹凸も戦争もあるこの地球全(まった)き丸き球体にして

宇宙より吹きくる風に吹かれつつ地球人われ着脹れている

透析を帰れる妻も熱あると言ってすぐさま横になりたり

色々なことがあるなり人生は玉子酒でも飲んで眠らん

1月5日(木)

一瞬に君の使いし十万がわがひと月の命支える

正月の終りし寒き朝空にぼあんぼあんと雲が焼けおり

おみくじに凶を引いたとおどけたる友のメールに心やすまる

鉄骨にすがりパタパタ鳴っている廃屋知らぬビニールたちは

末枯れたる土手に咲きいる水仙よ冷たき中に春を見つける

腹いっぱいおいしいものを食べて寝て食べてまた寝る極楽じゃないか

透析の仲間が一人亡くなった風呂よりあがるわれに告げたり

1月4日(水)

おだやかな年を清めるごとくにも正月三日一面の霜

霜置ける伊豆の下田に思いたり今朝の箱根路いかにあらんか

龍のごと箱根の山を駆け登る柏原竜二まさに名のごと

1月3日(火)

平凡がどんなに心やすらげる性質なるかを君は知らない

時世とはいえどかなしい公民館お飾りもなく年を越したり

銘銘(めいめい)が自分のことでいっぱいで神を敬うこと薄れるか

初めてにじじと書きたるおとしだまぢぢだったかと戸惑っている

半分で満足するや淡あわとして半月が青空に浮く

土手に咲き寒きひと日を過したり水仙は今人生の春

1月2日(月)

元旦の朝空席のバス上るなくてはならぬ路線バスなり

曇りても元旦の空風なくておだやかな年の始めとはなる

正月といえどのんびりしておれぬまずニワトリに餌を与える

1月1日(日)

大晦日今日一日を健やかに過せるように祈り迎えん

末枯れたる土手と思うに水仙が一群咲きて香りただよう

ひよどりも何か忙(せわ)しく鳴き交わす大晦日とは関わりなくも

清商(きよしょう)はいかに初戦を戦うや勝負にあらずすがしくあれな

清商(きよしょう)が初戦勝ったかロスタイム奇跡のような一点なのか

12月31日(土)

朝焼けのうさぎのような龍のような雲がゆっくり分解をする

色々なことがありたりあくまでも傍観者として今年も暮れる

ボランティアすることもなく一人(いちにん)の傍観者として今日も過ぎたり

鉄骨にビニール千切れしがみつくこの廃屋も年の暮れなり

おだやかな光が差せばしみじみと波乱の年を思い浮かべる

お墓へは花を供える食べ物はカラスの餌食(えじき)みな荒らされる

お飾りを公民館に飾るほど余裕はなきやご時世なれど