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今日の短歌NO.13
 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」「わが家の天使」(3月出版予定)

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
この先は楽観論に基いて生きゆくことを始めんとする

短歌は、三十一音からなる小さな世界です。その中に自分の思いを込めます。ですから、時間はなかなか織り込めない。今の一瞬、一瞬を歌うしかないのではないでしょうか。そう思います。また、そのように作っています。

短歌と私:高野公彦 田井安曇 五島美代子 五島 茂 岡野弘彦 田谷 鋭 塚本邦雄 土岐善麿 福島泰樹 前 登志夫 前川佐美雄 安永蕗子

短歌鑑賞:石川啄木(1) 大野誠夫 塚本邦雄 岡井 隆 前田夕暮 上田三四二(1) 上田三四二(2) 宮 柊二 斎藤茂吉(1) 斎藤茂吉(2) 

斎藤茂吉(3)

短歌鑑賞(発見ということ)(1)


 
梅雨明けの空は一天高くなり隠れようなく照らされている
 
近づけばすっかり乾き枯れているアジサイの花もくちなしの花も
 
明日に同窓会が近づきて夜洗濯している妻よ
 
洗濯も料理も何も手伝わずわたしは何をしてるんだろう
 
黒ずみを目の下につけ施設より子が帰り来ぬ笑い顔して
 
7月9日(土)
 
やっと実を付けてくれたるスモモの木虫に喰われて枯れなんとする
 
ビワの実はすっかり終り栗の木にかわいいイガがつき始めたり
 
くちなしとゆりが匂いを競いおり勝利の叫び上げるかゆりは
 
梅雨明けの宣言出たり雨上る山いっせいに蝉の声する
 
友よりの歌集のお礼出したればまたまた手紙をくださったとは
 
悩んだりしていられない友よりの歌集を読んで感想を書く
 
7月8日(金)
 
ものすごい雨であったが夕方に小雨になって今静かなり
 
雨の中散髪に行きさっぱりとして雨の中歩いて帰る
 
息子から孫の写真を送り来ぬしばらく見ぬまに大きくなった
 
ナスキュウリ沢山採れれば息子らに送ってやらんそう妻に言う
 
隣人もそのまた隣もナスキュウリ沢山採れてもてあましおり
 
遺歌集をやっとまとめて雨の中クロネコヤマトへ車を飛ばす

7月7日(木)
 
頼まれし遺歌集ようやくまとまりて読み通しおりわが歌のごと
 
二千首の歌の書かかれしノートなり血の色なせる表紙に気づく
 
夫は死に三つの娘(こ)とは別れつつ都会に生きる作者を思う
 
哀別のこらえ切れない悲しみが短歌の形になりたるならん
 
リュウマチに身は苦しめど娘(こ)と生きる幸(さち)をしばしば歌になしたり
 
7月6日(水)
 
久々の雨に野菜も喜ばんスコールのごとく強く打てども
 
鶏も餌をほしがり鳴きている雨よそろそろ止んでくれぬか
 
スコールのごとく降りたる雨なるに見る間に空が明るくなりぬ
 
体育系の人だったんだ松本相そう思いつつ納得をする
 
地の塩という言葉ありなるほど涙も汗もしょっぱい
 
7月5日(火)
 
からむしの裏葉を見せて吹かるるを光のごとく見ていたりけり
 
風強き伊豆と思うに金沢も今日強風と中継をする
 
叔母逝きて三十五年ぼろぼろとなりて逝きたり五十歳にて
 
叔父もはや八十五歳叔母逝きて後にほどなく再婚をする
 
会社など初めて見たり行きたるは叔父の勤める三菱信託
 
要領が悪く俺はだめなんだ叔母を心配させたのはわれ
 
忙しく料理も作れぬほどだった叔母困らせしわれの我がまま
 
若き日のわが過ちが今になりわれの心を苦しめている

7月4日(月)
 
一ヶ月経ちたるひよこ毛替えなど体が少し骨ばってきた
 
浪人の一年間を過ごしたる田無の叔父の訃報に接す
 
借金は金のみでなく目に見えぬ借りを沢山積み上げて来た
 
助産婦の国家試験を中卒で合格したる叔母の努力よ
 
蒸し暑き日なれど今日もエアコンをなんとか使わず夜となりたり
 
題名は「哀別」とする遺歌集をやっと依頼の歌集まとめる

7月3日(日)
 
朝顔のつるがどんどん伸びてゆくカーテンまではまだ間があるが
 
何ゆえかわけ分からねど昼間より鳴くホトトギス鳴きやまぬなり
 
風邪引いて施設より子が帰り来ぬ少しやつれてけだるい感じ
 
媚びるがにいい子でなけりゃ生きられぬと心障の子は思いいるらし
 
手に何のわざもなければ心障のわが子は媚びて生きるしかない
 
7月2日(土)
 
朝五時に出発いまだ戻らない妻は日帰りバスの旅行に
 
ただ無事を祈るのみなり日帰りの強行軍は妻のバス旅行
 
カラオケの余韻がいまだ残りいて美空ひばりの録画見ている
 
頬つたう涙ぬぐわず唄いおり美空ひばりは「悲しい酒」を
 
尊敬す山田先生贈らるる歌集の名前「沙漠の星より」
 
沙漠の星火星のことか贈られる歌集のまずは題名を見る

7月1日(金)
 
暑いとて歌のひとつも作れないそんないくじのないこと言うな
 
歌詠みて地獄の果てをも見にゆくかこころのなかを思いかすめり
 
灼熱の地獄なりとも歌詠むとまたも頭の中に思えり
 
親指の爪が茶色となりたるは毎日食べるビワのせいなり
 
食い違うことがしばしばあるなかで美空ひばりを嫌いと妻は

6月29日(水)

ケキョケキョと鳴いているのはうぐいすでホーホケキョとはこのごろ鳴かない

欲望の塊のごとく思う日よ部屋見渡して全て捨てたい

何ゆえに上手くなろうと苦心する分かっているのに愚かなるわれ

神様にひとこと声をかけられてそれで死ねたら本望ならん

この暑き日差しのなかにひっそりと咲いていたんだくちなしの花は


6月29日(水)
 
三つほどピンポン玉が出来たるとスイカ畑に妻の喜ぶ
 
心もち右に傾き苔むせる墓あり誰のものとも知れぬ
 
長くこの地に住みたるか十八基(じゅうはっき)墓群(はかむら)草に埋ま
 
りている
 
カラオケに躁(そう)となりたる翌日よめっぽう気分が滅入ってしまう
 
クリスチャンにあらずと二度も口走りヘロデのごとく泣くこともなし
 
幸いか心貧しく悲しむは神しか頼るものがなければ

6月28日(火)
 
しばらくは静かな時が過ぎるらん苗の並べる水田の景
 
掛川に初めて来り菖蒲園見て回りつつわれは思いぬ
 
ハナショウブアヤメカキツバタどれがどれわれはさっぱり区別出来ない
 
大学を出(い)でてしばらく経ちており額アジサイをしみじみと見き
 
ハナショウブ睡蓮あじさいとりどりに咲き乱れおり加茂菖蒲園
 
六月ももう末なればハナショウブ峠を越してなお励みおり
 
ハナショウブ睡蓮あじさいまだあってここには百合も花盛りなり
 
竹林に小路があれば歩み行く枯葉のたまる砂利踏みしめて
 
温室に入りてただただとりどりの花に酔いたり汗をふきつつ
 
カラオケで帰りのバスは盛り上がる「天城越え」あり「踊子」もあり
 
「帰り船」「愛燦燦」と唄いきて最後は「川の流れのように」
 
6月27日(月)
 
手も掛けず庭隅にあるバラの木に気品ある花咲きて華やぐ
 
ひよどりが来るはよけれど糞をしてすっかり車を汚してしまう
 
身障者旅行は明日になりたれば少し早めに眠らんとする
 
びわの葉が種が体にいいという少し研究してみんとする
 
昨年は出来なかったが今年は梅酒をなんとか作った
 
びわ持って母を見舞えばすっかりと目の腫れよくなり元気であった
 
6月26日(日)
 
少しずつ行方不明者減っており昨日は四十二名判明
 
昨年につづいて今年も来ていない空を飛び交う燕見ている
 
電線に止まりさえずるツバメたちなんでわが家に来てくれないの
 
原発が悪いんじゃない安全に使いこなせぬ人間社会
 
施設より帰りたる子よくつろいで布団に寝そべるその顔がいい
 
6月25日(土)
 
血糖値高くなりたる感じする口は渇くし体が重い
 
男爵薯(ダンシャク)が思いのほかに出来たので重い体をはげまして掘る
 
ジャガイモをまたビワを採り東京の子供に少し送ってやろう
 
母親がムカデか何かに刺されたり真っ赤にはれた特に目のあたり
 
早速に皮膚科の病院に電話して九十歳の母を連れて行く
 
九十になりても余裕は難しいものかもしれぬ母よ安らげ
 
 6月24日(金)
 
身障者の旅行近づき会計のわたしは腕のみせどころなり
 
ドライバーガイドに寸志を準備して参加者名簿を再度チェックす
 
四日後に迫る身障者旅行会結局妻は行けなくなりぬ
 
掛川の菖蒲園また飛行場ぐるっと回って帰宅する旅
 
久々のバス旅行なりいまのところ43名ぎりぎり一台
 
カラオケは久しぶりだがバス旅行歌い通して盛り上げたいが
 
6月23日(木)