今日の短歌NO.2
 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
マイナスはプラスへの道/艱難(かんなん)は歓喜(かんき)への道/今日からの道

短歌は、三十一音からなる小さな世界です。その中に自分の思いを込めます。ですから、時間はなかなか織り込めない。今の一瞬、一瞬を歌うしかないのではないでしょうか。そう思います。また、そのように作っています。

平成20年度今日の短歌NO.1


10月4日(水)

しおれたる彼岸花にも揚羽蝶止まりていたりおしむごとくに

なにごとも負んぶに抱っこは止めにせん生きてゆくんだ己(おの)が力で

弱いもの弱いながらに生きる知恵みな備えてる自然界では

弱者には弱者の知恵があるはずだまず信じよう生きる力を

自らは貴族のごとく振舞って口で弱者の味方装(よそお)う

同情や感情移入で本当のことが分かるか経験も無く

自らの力も知らず金を借り無茶苦茶したる結果じゃないか

最近のモラル低下の事件見て日教組諸君いかに思うや

日本(にっぽん)の歴史の流れのなかにあり戦後のこともほんの一時(いっとき)

10月3日(金)

彼岸花萎(しお)れ枯れゆくあわれさよその妖しさも時には勝てず

柿の実のすくない今年十月の初めにすでに赤き葉をもつ

秋晴れのひと日の終りうす雲がねぎらうように黄金(こがね)に染まる

☆  ☆  ☆  ☆

労働貴族   後藤人徳

平成11年9月発行 後藤人徳著 歌集「祈り」より

祭り上げられたる吾か拍手鳴り中央執行委員となりぬ

スト辞さぬの意見を採りて組合の総会閉じる欠席者多く

友の君に経営者責任を問う団体交渉の席上われは

私財売り賞与払えとシナリオになきことを言いう友なる君に

命懸け家業守ると命懸け家族守ると君とわれの差

君われに労働貴族と言いしこと寝床に入(い)りて思い出しおり

命懸け家業守ると言いし君倒産をせり君自殺せり

☆  ☆  ☆  ☆

10月2日(月)

私は、短歌を瞬間の感情の高まりで作っています。瞬間湯沸かし器にたとえたこともあります。良い悪いは別にして、これが自分の歌と思っています。しかし、はたしてこれが短歌であるか、疑問です。この段階を通りもっと高いところに、文芸として恥ずかしくない短歌を作りたいと願っています。

犬猿の薩長同盟なしとげし竜馬出(い)で来よ混迷の今

海舟も竜馬もいない平成の世よ小人の野党のさばる

台風は南にそれて山々が安堵の吐息のごとき霧はく

息すえるこの幸いを思うべし苛酷な労働であろうともまず

最善でなくてもまずは生きるんだ粗を探して時を殺すな

自己破産するがごとくに一身を捨て神様に任せてみんか

経営の苦しさ知るや粗探しするが得意の野党の面々

倒産をしたら君らも困るだろう経営者には責任がある

経営の苦しさなどは君たちに説明出来ぬ国政もまた

保険料払えないんだ倒産をしたら君らも生活出来まい

保険料払えないんだ倒産をするのがいいか働く君ら

鳩山さんあなたに弱者のほんとうの辛さ分かるか分かりはしまい

鳩山さんあなたのように団交の席上われも批判していた

作文がうまいが結局労組にほんとの経営は分かりはしない

失敗は許されません民主党作文通りに 甘くはないぞ

土砂降りの雨ふる今を初めての運転するか民主党諸君

土砂降りの止むのを待って初めての運転したらどう民主党

粗探しするは簡単実際に生きてる社会は甘くはないぞ

民主党大きな事を言うがいいただ失敗は許されないぞ

編集より(歌誌「賀茂短歌」平成二十年九月号より)

 

短歌について悩んでいました。以前「短歌などしていていいのだろうか」と言ったことを書き、ある会員からお叱りを受けました。そうしたなかで最近ひとつの考えを得ました。確かに短歌をするからにはそれを極めたいのは人情であり、だれもそのために苦労していることでしょう。

そういった短歌を極めたいという欲求とともに、短歌を生きがいとする、短歌を愛していきたいといった欲求です。短歌結社が生きる場としての役割があるのではないか、結社にはそういった役割があるのではないかという思いです。そう思うことによってもやもやした思いが、すっきりしてきたこの頃です。

話は変わりますが、最近(九月四日)、伊豆七島の式根島に行ってきました。その折に時間にして六時間くらいの間ですが、五十三首ほどの歌を得ました。ご参考になればと掲載いたします。(後藤)

 

10月1日(水)

アメリカは立ち上がるべし打たれても打たれてもなおそれがアメリカ

アメリカを侮(あなど)るべからずフロンティアスピリッツを知れこれがアメリカ

独立に命を賭けて戦ったそれがアメリカめげぬアメリカ

いいかげん団結せぬか未曾有の不況を皆で乗り越えないか

自民でも民主でもよし仲良くとこの難局を乗り越えないか

キリストのごとく無益に一命を落とさなければ分からないのか

おもいきり水をぶっ掛けずぶ濡れにわれをしたまま走り去りたり

株の値が暴落したる夜なんだ少しテレビの音下げてくれ

仏教も基督教も回教もみな団結をする時ぞ今

9月30日(火)

風速が六十メートル画面にはいま人間が飛ばされている

日教組何するものぞ二千年経(へ)たる歴史がわれらにはあり

二千年経(へ)たる日本(にほん)の歴史ありそこに自ずと教育もあり

ことさらに弱者の味方装うて君こそ彼らを搾取している

てんかんの発作起こりて子は変る三月(みつき)になるも川に行かざり

帰宅日は夜半も眠らぬ子なれども施設の日々は昼も伏せるか

9月29日(月)

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

ポールニューマンを悼む

キューを持つポールニューマンの写真など飾りていたり三畳の部屋

組合の仕事していた俯(うつむ)いてポールニューマンの真似をしていた

ニューマンの「ハスラー」「スティング」「明日に向って撃て」「熱いトタン屋根の猫」

ニューマンの「渇いた太陽」「引き裂かれたカーテン」「栄光への脱出」

兄さんと慕いていたる叔父似てポールニューマン少し影もつ

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「再び野党の皆さんに苦言を呈します」

労働者国民向けの政治より天地に優しい政治まずあれ

天を向く政治であれば自ずから地は豊かなる稔りとならん

心せよ参院選の過ちを繰り返すまじ野党を叩け

国会に野党の放つ野火のごと妖しく赤し彼岸の花は

風起こし落葉を寄せる機械あり何にもお寺でそれを使うか

教師をも労働者とする考えの中にゆがんだ教え育たん

社保庁も実務をするは組合員その労組に反省はなし

労働者国家の破綻(はたん)東欧でソ連連邦ですでに起これり

人格の進化がなければマルクスの理論もただの絵に描いた餅

敗戦のあとの悲惨を乗り越えし父母(ちちはは)がおりわれが今ある

労組に汚染されたる民主党たとえば汚染米のごときか

源平の昔に返り何するや二大政党断固反対

民主党よ公明党の悪口をいうのか労組内に抱えて

失言は歓迎すべし狭量の野党の姿を浮き彫りにする

戦死者のことをあれこれ言うなかれ共産党の君言うなかれ

必ずや伊豆から日本の変革が起こると信ずわれは伊豆びと

必ずしも金が全てでないように貧には貧の良さがあるんだ

金でしか物をはかれぬあわれさよことに野党の特徴として

9月28日(日)

「ちょっと野党の皆さんに苦言を呈します」

揚げ足を取るに汲汲(きゅうきゅう)とする野党これが日本の政治であるか

批判する中味の正否決めるのは君らでなくてわれらであるよ

ちまちまと揚げ足取りとなるなかれ野党よもっと大局を見よ

現在の野党をなんとかしなければ日本の国が崩れてしまう

おごれるは久しからずという喩(たと)え今の野党にわれは言いたし

君たちがテレビで批判するたびにますます心が離れてしまう

叩かれて進化をするや自民党叩く野党は変わりばえせず

今度こそ野党に灸をすえないと日本の国は国でなくなる

休耕の丘に一面彼岸花咲きしずかなり過疎の山里

結婚は出来まいせめて歌にでもこの子の生を残しやりたし

震災とやれ恐慌と恐るるな戦後を生きし親の子なれば

 

9月27日(土)

突然の激しき雨よ最近の傾向なんだ突然の雨

台風も地震もあるよこの土地に生きていくんだ生きるほかなし

恐竜が倒れるように米国の巨大金融機関の破綻

傘のない土砂降りの雨誰だって濡れるしかない仲良くしよう

何故こうもいがみ合うのか土砂降りを避ける庇(ひさし)に余裕はないんだ

大量の消費時代も過ぎゆくか絶滅したる恐竜のごと

政治家の子しか政治は出来んのか士農工商の時代じゃないんだ

9月26日(金)

物溢れ無駄にする世ぞ一粒の米を大事にせし時代ああ

王侯や貴族のような食事して徐々に愚かになりゆくわれら

誠実がほとばしおり王さんのやせた顔よりそのことばより

国民のためというのはまやかしだもっと大事なことがあるはず

甘いこと言うのはやめよ政治家はもっと毅然(きぜん)と志(こころざし)持て

変革に明治維新や戦後あり苦しみのなき変革はない

転んでもコスモスは花咲かせおり大地にすがる太き茎持ち

右かたに少し傾く忠魂碑錨(いかり)の徽章も苔に覆わる

9月25日(木)

(若い頃、同盟系の組合の中央執行委員などをしていました。以下の歌は自らへの自戒の歌でもあります。)

その命われらがために燃やしたる父祖の墓の前に手合わす

歴史ある短歌を使い自らの憤懣(ふんまん)を吐(は)きそれでいいのか

神聖な和歌の形を借用し鬱憤晴らしをしてもいいのか

労働者のためと言いては数増やす労働だけで何が出来るや

国民が第一と言い数増やす国民だけで何が出来るや

政治など分からぬ議員が数を増すそんな政治で何が出来るや

経営のわからぬ者がストをするそれで会社がもつと思うや

人民のためと造りし国家なり北朝鮮の現状を見ん

9月24日(水)

私の第一歌集「母胎」(平成5年発行)に次のような歌があります。

えみしの里

まつろわぬ民と恐れらるる古(いにしえ)のえみしの里の子消し人形

幻の騎馬群盗の疾駆する雪降りしきる津軽平野を

雪降ろしに汗する人を風景の一齣(こま)と過ぐ旅人吾は

向い合う車窓に視線交しつつ束の間にして離(さか)りたる人

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ ☆  ☆  ☆ ☆  ☆  ☆

東北を旅したときの歌です。私は東北に特別の思いをもっています。日本に別の国があったのではないかという妄想です。それが、えびす、えみしの国であり、えぞの国、あるいは、東北王国などと呼んでもいいかもしれません。大和の国がその東北王国を征服したんだという思いなのです。

小沢一郎氏をみているとその征服された蝦夷(えみし)の怨念のようなものを感じるのです。それは私の単なる妄想であるのですが。そんな妄想のなかから今日は幾つかの歌が生まれました。

新しく生(あ)れたる一日(ひとひ)告げるごと闇を破りて鶏(にわとり)の声

古(いにしえ)の虐(しいた)げられし蝦夷(えみし)なりその怨念よ爆発するや

民主党選挙に勝ちて念願の東北国家の樹立をみるや

統一の日本望むや南北の日本望むや今度の選挙は

分裂をするかはたまた統一か国をかけたる今度の選挙

9月23日(火)

生きるとは極論すれば子育てだ種族保存だ何故子を殺す

四十を過ぎたら顔に責任を持てと言いしはかのリンカーン

三顧の礼受け立ち上がる孔明のごとき政治家どこかにいぬか

台風にうち倒されしコスモスの花にすがれるシジミ蝶おり

山覆う霧はにわかに立ち上がり曇りの空に吸い込まれゆく

その昔畑でありしこと証(あか)し今年も庭に彼岸花咲く

夕暮れは言うに言われぬ寂しさがありてカンナの白き花びら

しみじみと夕暮れ時となりにけり白きカンナが闇に包まる

満開の彼岸花には揚羽蝶黒きマントを揺らし舞いゆく

9月21日(日)

批判するのはやめないかどうしたらよくなるだろうか考えないか

国民は反省なきや安物を漁(あさ)るわれらに反省なきや

台風が近づくという夜七時虫の音満ちる静寂におり

台風の前の静けさいっせいに天に響けと啼く虫の声

億兆の金が瞬時に消えてゆく異常を超えて狂気でないか

9月19日(金)

子のもとに引越ししたる老い人の庭にあまたの鶏頭が咲く

パッチリとコスモスの花開きたり猛暑の夏の終りを告げて

雨の日はすべりやすくてゆっくりと葛の花散る舗道を歩く

ひっそりと逝きし賢者の数知れぬ今甦れ彼らの叡智が

運命という十字架に身を任せ生き行くことかしみじみ思う

9月18日(木)

明方を待たず一羽の鶏(とり)が鳴く午前一時の闇深きなり

もの見えぬわれらの今の闇の世の天(あめ)の岩戸を開く者出よ

孵化したるばかりの小さき目高たち意志持つごとく泳ぎ回れり

キリストの釈迦の光を増しゆかん闇の世界を照らさんとして

山一の北拓銀行の崩壊を経て日本の今日(こんにち)があり

結局は一人ひとりが火をともし世を照らさねば明るくならぬ

9月17日(水)

自らの悪しきところを反省すわが再生は反省にあり

億兆の資産がゼロとなりゆくか実体のないマネーゲームに

不動産不況となるか証券化したる建物紙屑となる

米国の不況に世界が揺れている地震国日本団結をせん

夕焼けの空を彼方に蝶二つどこまでも高く昇りゆくなり

単純にして億年を生きている水母(くらげ)にわれら優(まさ)っているや

二千年生き続けたる歌の道この確かなる道を歩まん

わが腕をしっかり掴み歩く子よ発作起こしたあとの変化に

9月15日(月)

コンクリの継目(つぎめ)に生(は)えて鶏頭が今年も一生懸命に咲く

国替えをするや党首が 震災の故郷(こきょう)を去りて何処(いずこ)に行くか

宗男さん一郎さんと映りおりまさしく古き自民党ぞこれ

政策を自民党に盗まれるそれならいっしょにやったどうだ

暴発の北朝鮮の有事の際いずこの国が助けくれるや

ハルマゲドン忘れて久し暴発の北朝鮮がまさにこれかも

9月14日(日)

あらかじめ恐怖政治も覚悟せん粗(あら)探し党が政権取れば

次々と思わぬ事件が発覚す政治のねじれと関係あるか

日本がまとまらずして世界中まとまる国が他にあろうか

守るべきものがあるはず日本の日本人の守るべきもの

二千年周期もあらん再びのキリスト孔子釈迦よ出(い)で来(こ)よ

僧のいぬ山のみ寺は静かなりわが祖は眠るその頂(いただき)に

低き地に住まうわれらを見おろすや峰にそびゆる祖の墓群は

頂に祖の墓ありて志(こころざし)高く持てよと諭すがごとし

9月12日(金)

日本の日本人の精神を癒してくれるそれが短歌だ

日本の精神風土の再生に短歌待望論生まれるか

自(みずか)らの手を汚さずに批判する批評家たちにわれはなるまい

悟ろうとすることこそが遠ざかる言われてコツンとこころに届く

後(うしろ)には目がないんだよ真直ぐに前に向かって進んでゆこう

物質の貧(ひん)に負けまい志(こころざし)豊かに持たん西郷のごと

真実がなければ短歌は成り立たぬまずは真実事実ではない

9月10日(水)

有り難たやイエスのみ名が浮びたりわれを正しく導かんとし

海上に昇る半月われにまだせねばならない多くのことあり

てんかんは転換の意か早よせよというがごとくのわが子の発作

日本を逃げるすべなきわれらなり日本人の政治まずあれ

日本の男よ少し黙ってろ女性の話を聞こうじゃないか

希望を持ち眺めていたるカレンダー厚み増したるごとく感じる

日の当たる場所を選んで歩く子よ君は発作を恐れていない

敬いの心失せたる国民の多くなりたる国は亡びる

9月8日(月)

お祭りでいいではないか古くより政治すなわちまつりごとなり

エピソードのみ必要とカウンセラーまるで作歌の心得ぞこれ

復活をせしゆえイエスは不滅なり今活きいきとわれを抱(いだ)かん

得るよりも与えることの喜びを教えくれたりイエスキリスト

温暖化現象なのか稲刈りが始まりている九月六日に

9月6日(土)

吹き抜けの高き天井安心をしたるごとくに子は横になる

電気料水道料を払い終え今西空に三日月を見る

風起こる確かに風がおこってる人の力で止められぬ風が

時の風時代の風が吹いてきてまた新しい世の中になる

一時(いっとき)に五十三首の歌浮かぶ式根島への日帰りの旅

ひぐらしの声を聞きつつ思い出す式根島には蝉がいなかった

羽根そなえ生まれきたれば早速に働き蜂は飛び立ちてゆく

9月4日(木)

式根島

一面の青海原がつづきいて海面(うなも)に影を写し飛ぶ鳥

乗船の前にガイドがマイクにてくどくどとした説明をする

海洋に出て一時間沖合いにカジキマグロが群れで跳(と)び行く

うっすらと島影が見え新島だ式根島だと誰かが叫ぶ

海面をすれすれに飛び飛魚が小鳥のように羽ばたいている

しぶしぶと妻に伴い来たる旅いま眼前に式根島見ゆ

上空を鳥が群れ飛びようやくに近づいてゆくここ式根島

包丁に見えるこの島新島と突然となりの婦人が話す

島かげはいまだうす墨色をせり霧うっすらと包みいるらし

うす墨の島影ようやく近づいて海辺にしかと家並が見ゆ

ようやくに緑色おびはっきりと見えきたる島これ式根島

式根島着くやさっそく土産屋の物色をする妻とその友

品川のナンバープレイト付けている伊豆七島のここ式根島

松林続く海辺を歩けども夏の日差しに蝉の声なし

一面に石ばかりなる道登るここは式根の神引岬(かんびきみさき)

五百余の人口かかえる式根島火葬所という立札がある

蝉の声まったくしない式根島足音だけが乾き響けり

路地植えのハイビスカスが咲いており伊豆の七島のここ式根島

助け呼ぶ手振りのごとく枝伸びる伊豆七島のここ式根島

船室に降りゆくよりは甲板に腰をおろして潮風受ける

船室に妻は降りゆき甲板に独り坐りて海を見ている

夕日浴び輝く島に別れ告ぐまた再びの来訪あるや

人生は全てドラマかテープ持ち島に向かいて別れを告げる

七島の孤形を沖に浮かべつつ見るのかぎりの青き海原

そういえば川がなかった離れゆく式根の島に向かいつぶやく

家並みもかすみて来たり式根より早や三十分船は離れる

つぎつぎと歌浮びくる一面の青海原(あおうなばら)を進める船に

鉛筆に手帖を持ちているばかり人生航路というになけれど

しぶしぶと妻にさそわれ来たるなりこの船旅に心やすらぐ

潮風がやさしく船をつつむなり見るのかぎりの青き海原

島かげがおぼろとなりて来たるとき沖に小さく進む船あり

ただ海を進みゆくだけ海原をながめるだけの時が過ぎ行く

会話なき旅を進めてわれは今この海原とこころ通わす

とけあわぬこころを悔いて海上のうねれる波をわれは見ている

とけあわぬこころを悔いて揺れおれどなおいくばくの歌浮かびくる

ただ海を眺めるだけの旅といえ船より見える色は違えり

ある人はイルカあるいはカジキと言い定まらぬもの波間を進む

水面を飛び立つ鳥の仕草なしいま海面を飛魚離れる

二時間の海上の旅楽しみて下田の港に船は近づく

とりとめのなきことなれど歌作りこの船旅を終らんとする

結局は独りの殻にとじこもりこの海原と言葉交わすか

うとうととしたる間に半島の山並み青く近づいている

勤務するホテルの建物はっきりと見えきたるなり旅の終わりに

また陸に舞い戻りたり近づける下田港に鴎舞い飛ぶ

自動車の連なる道が見え始めまた再びの日常となる

なつかしく眺めるものか早朝に離れし港に今近づけり

今日の日をおつかれさまと言うように西空の雲赤くそまれり  

9月3日(水)

暗闇が恐ろしいのか家中の灯りをつける真夜中に子が

ああ神よ無力のわれらを憐れみてわが子の発作を癒しくだされ

てんかんの人生だってあってよいそれがわが子であるだけのこと

混迷の世にしているは誰なんだ首相でもないわれら自身だ

9月2日(火)

舗装路に力尽きたる揚羽蝶横たわりおり風に吹かれて

警官も猟師もいたり現代の案山子の姿様変わりする

みんみんが法師蝉また蜩(ひぐらし)が鳴き全山が静寂となる

われのみじゃにっちもさっちもゆかぬ世ぞわれらと言おう今からいおう

孵化したるちさな目高甕(かめ)のなかに右往左往と泳ぎ回れる

日本(にっぽん)の歌は縦書き真直ぐに心に垂るる大滝ごと

8月31日(日)

われなどともはや言ってはいられないわれら人類の危機迫りたり

個の歌は茂吉でもはやたくさんだわれらは詠もうわれらの歌を

われでなくわれわれとするわが歌にわれのすがたは消えてなくなれ

現代は「われ」ではもはや生きられぬ「われわれ」として見えてくるんだ

「われ」「われ」と不安な日々を過ごしたり「われわれ」として安らぐものを

われわれは大事なことを忘れてた「われ」ではなくて「われわれ」なのだ

「われわれ」で「われ、われ」でない句読点ひとつが天と地との隔たり

ブログにてわれをみんなが書いてるがほんとはきっとわれわれなんだ

8月30日(土)

やり残したるものあるごとく眠れないやり通すべし欲張らずして

永遠の時の流れよ限りなき空の彼方を仰ぎ思える

永遠の流れに乗ろう永遠の流れは決して焦りはしない

西空に晩夏の光消えゆきて何か終りしごとき静寂

人間の罪を正すがごとくして雷鳴のなか豪雨止まざり

8月29日(金)

幕末の攘夷思想を思わせてテロリストらは外人を嫌う

頑なに心を閉すテロリスト善意の青年の志断つ

一粒の麦とはなりてアフガンの地に実をつけん君の善意は

アフガンの乾く大地に青々と君の善意は茂るよきっと

黄の色に稔り始めた田の上を今あまたなるとんぼ飛び交(か)う

黄に稔る田に風吹きていずこより湧きてきたるやあまたなトンボ

日照りたる日々に求める雨のごと悲しみごとがあるのだろうか

編集より (歌誌「賀茂短歌」8月号より)

 

 オリンピックも終わり、急に涼しくなった感じです。お変わりありませんか。

 子供の歌をまとめて歌集にすることが三年越しになっております。なんとかこのへんで結論をつけたいと思っています。推敲もいま少しですが、子供の施設の建直しの完成を機会に、寄付を頂いた方へのお礼になればと考えています。当然短歌を作らない人にも読んでいただくことになりますので、それなりの配慮も加わることになるかと思っています。来年の三月ごろまでには完成させたいと思っています。

 

 話は変りますが、原先生の歌の師である岡野直七郎に次のような一首を発見しました。

 

 ころころところぶがからに心とは誰(た)が言ひそめし吾も然(しか)思ふ

 

関係ありませんが、原先生の辞世の歌が浮びました。

 

 ごろごろとひきづり来たれる人生行路わがものなれば愛しみ生きな

                                    (後藤)

 

8月27日(水)

風鈴の音が寂しく聞こえくる晩夏の夜半よひとり起きてる

メダルなき選手なれども喝采す自己の記録を伸ばしていたり

甲子園オリンピックも終りたり晩夏の雨の降りしきりつつ

戦いの夏の終りの降る雨のなか長々とひぐらしが声

仕事する悩み苦しみその中にあるいはあるか真の喜び

辻褄(つじつま)を合わせんとして知恵しぼるわれを見ているわれの眼(まなこ)が

敗れたり吾ずたずたに敗れたりそれを見ている無傷のわれが

われ全て見られていたり姿なくただ静かなる背後なるわれ

8月24日(日)

日本のために戦い敗れたりお疲れ様と野球選手に

勝利者に勝利の余裕敗者には敗者の余裕というものなきや

久々の雨もわずかに葉を濡らし朝露のごとなりて止みたり

発作なく眠れるわが子眠剤がきいてぐっすり眠っておくれ

8月23日(土)

ただ一人エレベーターに乗っているどんどん降りる夢のなかにて

行先のわからぬバスを乗り継いで荷物なきこと気付き目覚める

決算の慌(あわただ)しさか夢を見て迷路のなかを逃げ惑うわれ

一年の罪の懺悔をするごとく会計士にわが行状語る

襷(たすき)でもバトンでもよい繋ぐんだわれに欠けてるつなぐ執念

8月22日(金)

感情も実体もないあるものが私の全てを見守っている

一子亡くし今障害の子を育て決してめげないわが妻がいる

阿久悠も河島英五もいないんだ「時代おくれ」を今聞いている

国のこと少し忘れてやってくれオリンピックの野球敗れる

奇蹟など求めて得られるものでない等身大の自分でいいんだ

オリンピック高校野球それよりも決算整理せにゃならぬ

8月19日(火)

頻繁に発作起こすは睡眠の不足のためと眠剤よこす

薬害をいえば発作で子の脳が破壊されてもいいかと医師言う

増量をされたる薬眠剤も加わりて子の検査が終る

子の眠り確認をして持ち帰る仕事の残りを成し遂げんとす

はつらつとしたるわが子が終日を寝転んでいる副作用にて

黄の色を帯びた田のうえ盆とんぼ風に吹かれて漂っている

森閑としたるみ寺の境内にはがねのごとき蜩の声

法事終え帰れるわれを待っていた常葉菊川勝利のニュース

金メタル取りたる選手のインタビュー感謝の言葉を口々に言う

8月17日(日)

十三点取っても結局三点の差だった常葉菊川高校

故障したエースのために十三点を積み重ねしや常葉菊川

慶応を破りし浦添商業を打ち負かせるか常葉菊川

浦添をあなどるなかれ小国のキューバ野球のごとく手ごわし

レスリング吉田沙保里の金メタルその歓声が道に洩れくる

8月16日(土)

帰宅して浦添戦の録画見るオリンピックのことは忘れて

録画にて浦添戦を見ていたり逆転したる七回も夢

蒸し暑き八月十五日の夜雲間に出てる今宵満月

若き血の熱唱響いた甲子園慶応高校の夏も終りぬ

満月を見ていし八月十五日夜更け突然雨降り始じむ

明日(みょうにち)の常葉菊川高校の勝利を信じ寝床に入る

8月15日(金)

溌剌(はつらつ)としたる精気を奪いたり発作抑えるわが子の薬

主将という重荷を負って疲れしや鈴木桂治の初戦敗退

一点の重みを知ろう完封をすれば一点だけでいいんだ

言うことはもうないだろう平泳ぎ北島康介二つ目の金

有限は常に無限に変りゆくこの一瞬がまさに無限に

6対〇(ろくぜろ)を6対7(ろくなな)となし反撃し常葉菊川高校の勝利

8月13日(水)

決算に追われしばらくお預けかオリンピックに高校野球

テレビにて高校野球聞きながら自宅で仕事をしているわれは

短歌などやってていいか妻疲れ子供もつかれただ眠りいる

計算のミスに言い訳無用なりそれが己(おのれ)の仕事であれば

真実に生きんと願う残されるわれの時間を全てかけても

8月12日(火)

「若き血」が「塾歌」が響きわたるなり神宮でないここ甲子園

炎天に向きて咲きたる百日紅そのちじれたる花弁いとしむ

一点を積み重ねたり貴重なる二勝目を得る慶応高校

癲癇がいかに消耗するか知る昏々とした息子の眠り

発作終えテレビを独り見る息子その後姿(うしろで)よ健やかであれ

8月11日(月)

七たびも生まれ変わりて鳴くだろう生きゆくことを諦めぬ蝉

薬にて悪化することあるやなしやわれは分からぬ医師に委ねる

引きつけて苦しんでいるわが息子父はお前になにも出来ない

ヤワラさんお疲れ様です試合後のあなたの顔が美しかった

就職の決らぬわが名は丸付かず恩師の壁に貼られていたか

8月10日(日)

薬にて発作治まる子を連れて山に来にけり蜩の鳴く

ひぐらしの鳴く山に来て聞こえくるオリンピックのごとき雷鳴

地とともに生きる樹木よやさしさが伝わりてくる山を歩けば

耐えにたえ勝ち得たるなりこの一勝常葉菊川高校よ良し

8月9日(土)

温暖化通り越したり今まさに熱帯化現象といえるんじゃないか

温暖化熱帯化また砂漠化と人間は今向かってゆくか

わが庭に百日紅が咲きました熱暑をむしろ好むごとくに

天国はあるのだろうかあるんだよと言ってるように虹がでている

虹かかる空の彼方の中国でいまオリンピックが始まらんとす

消えかかる虹に向って祈りたり平和に向かい心はひとつ

競うのは他人にあらず己なり今日のおのれに明日は打克つ

8月7日(木)

短歌などやってていいか実学の教えがわれに問いかけてくる

勝ち負けの競技盛んな夏の日よ今日黙祷す原爆の日に

勝ち組も負け組もない戦わず生きえる国がどこかにないか

結局は生存と言う根本の問題なのか政治も経済も

生きるため金銭があり金銭のために命があるのではない

8月6日(水)

啼く声は夕闇のなか響きくる命短きみじかき蝉の

薬づけするしかなくて幼子(おさなご)が植物人間となりたる話

薬やめ占い師などに頼むうち忽(たちま)ち死んだ子供の話

暗闇のなかに明るき光ありもっとも暗くもっとも明るい

ずぶ濡れの帰宅のわれを待っていた慶応高校一勝の報

8月5日(火)

眠剤の増量きかぬ子をなだめ脳波の検査が二時間を越す

薄暗き病室に子を寝かせおり脳波の検査させなんとして

小旅行のごとく喜ぶ子を連れて脳波検査に静岡に行く

採血とCT検査を無事終えて脳波検査に子は入らんとす

子の脳波調べ終りて見つかりぬ脳前葉に異常のあるを

8月4日(月)

ともかくに短歌を作る他になし水中に落ち泳ぐごとくに

何回も跳ね上がってる空中に生きることなど出来ない魚(うお)が

帰宅日の子供を叱りまたしかり妻明らかに生きいきとせり

縁のある慶応高校わが県の常葉菊川高校共にかんばれ

慶応と常葉菊川両校による決勝戦を空想をする

感動をしているはわれ感動をしているわれと見るは何者

7月31日(金)

七月が終らんとする明方に鳴り響きたり蜩の声

今月を凌ぎ切れれば安泰と思う暁ひぐらしの声

ひぐらしの声をしみじみ聞いているわれを見つめるわれは謐(しず)けし

夏用の礼服求め炎天の街に出かける妻と連れ立ち

洋服の青山を出る結局は予算の倍の礼服を買う

水撒きし野菜畑よ夜となり一ヶ月ぶりの雨が降ってる

遡(さかのぼ)ることなど出来ぬ世の流れ怠りあるな棹差すことを

ほんとうにわれとは何か何者かそれすら定(さだ)かに分からぬわれか

7月30日(水)

缶ビール350mlに負けてすっかり眠ってました

何一つ家事をなさない男にて職をなくして廃人となる

三十年支えてくれし妻なれば愛する事はむしろ義務なり

園長が夢に現れなにか言う何かわが子に起りはせぬか

7月29日(火)

ことばよりもっと大きな深淵な世界がありてありて安らぐ

一ヶ月雨が降らない畑には妻と二人のバケツのリレー

てんかんの発作をいだき生きる子か時よ泉のごとく湧き来(こ)よ

てんかんの発作を鎮め生きるんだこの一時(いっとき)に命を掛けて

生きるって遊びじゃないよ崇高な営みなんだ違っているか

7月28日(月)

有無言わぬ三十五度の炎天下哀しきまでのカンナのひかり

存在を否定されたる松の木か茶色と化し炎天に立つ

熱帯化現象がこれなにもせず存在が即汗につながる

短歌って人生なんだ人なんだ作品よりも先にあるもの

子規からの流れ左千夫に赤彦に茂吉文明それは生なり

7月25日(金)

炎天の畑に出でて草を取るすでに八十歳の媼が

夕日受け舗道に伸びるわが影を次々車が轢き去りていく

踏まれてもふまれてもなお生きてゆけ夕日を受けて伸びるわが影

木蓮の広葉を揺すりわが窓に入りくる風に息を吸いおり

われ先に渡らんとして押し退ける夢が目覚めて心に残る

利害から抜けることなど難(かた)ければ己を捨ててイエス生かさん

世の中を変えることなど出来ないよ己れを変えることがまず先

考えを視点を少し変えないか「誰でもよいから助けたいんだ」

7月23日(水)

万葉の代と変わらずにこの海を眺めて咲くや浜木綿の花

梅雨明けの庭にはすでに撫子(なでしこ)が淡きくれない色に咲きおり

人間の心も枯らし尽くすのか沙漠を惑う難民の群れ

寝苦しき一夜明けたり西空に薄紅の月浮びおり

父がわれに掛けたる金や時の嵩(かさ)今重々と思い出される

子が親を殺めることの異常さも分からなくなるこの熱帯夜

二回目のわが子の発作は起こりたり不覚にわれの眠りおる間に

7月21日(月)

分かるとか出来るでなくてやるんだよ継続なんだ仕事というは

短歌などやっていいのかこの問いが常にわたしを励ましている

ジュラ紀より種を伝えてるかえる達われらに何か言うことないか

わたくしは今を生きてるこの今を歌に出来ずに何を詠うや

キリストの愛とは何か結局はすべてのものの一体感か

7月19日(土)

透析を帰り来たるに早速に防鳥ネットの補修する妻

最近は妻と天気の予報見る雨よ降れふれ畑が割れる

炎天を三十分は歩きたりささやかなるも木陰に入る

仕事から帰りて汗のシャツを脱ぎ畳の上に仰向けとなる

転生という言葉ありともかくも永久(とわ)に生きゆく今を生きゆく

刻々と生まれ変わっているんだよ髪から足の爪の先まで

自らを捨てて他人を生かしてる魚がそうだ野菜がそうだ

羅針盤などなくてよい今まさに見えないみ手が導きくれる

逃れると思うは心の迷いなり委ねてゆかんこのみ力に

7月17日(木)

明日子へと取り残しおくミニトマトあらかたカラスが突つき荒らせり

帰宅するわれを待ちいて妻が言うトマト畑をカラス荒らすを

早速に防鳥ネット買ってきてスイカ畑を守らんとする

少子の世に禽獣は数を増やしゆき今朝も畑を荒らされている

辛き今絶望の今ああすでにわれ抱くやイエスキリスト

キリストは空気のなかにとけてるか今深ぶかと息を吸いたり

ゆりが咲きむくげが開きぶんぶんと蜜蜂が飛ぶ真夏日の今日

戦場のごとくに草が刈られいて夕日が射せり裏白の葉に

7月15日(火)

一日をぼーと過ごすことなんてとても出来ない出来そうにない

恐怖から仕事仕事をするわれか十二指腸を潰瘍にして

流れいる川に動かぬ影のごとしばし留まりおるもよかろう

灼熱の三十五度も太陽が沈みて今は安らぎの時

涼しげにほたる火ひとつ点滅しこの暗闇が安らぎとなる

7月14日(月)

一瞬がこの一円がこの人が支えてくれて生きているんだ

はっきりと残りていたり手で植えし老いたる友の大き足跡

かぐわしく梔子(くちなし)の花匂いたりわが子と静かに歩く夕べに

未来とは永遠のこと完成に向うわたしの終りのなき道

人の身の終点となる死に向かい砂漠のように急いでいるか

片方を夕日に照らし静かなりすでに明日に向う樹木は

山道に朽ちて倒れる道しるべ若き日われの頼りたるもの

7月12日(土)

金がなに仕事がなんだ子育てに失敗したらなにでつぐなう

肝心ななにかをわれは見失いただいたずらに浪費するのか

役に付くことなく過ぎる十余年われに役立つことはないのか

曇り空映して面(おもて)を暗くする大(だい)なる海よ繊細にして

飽くこともなく眺めおり億年を生きくりかえす波の営(いとな)み

生きるとは極論すれば子育てさ種族保存さと言えば笑うや

未来とは目指すものとは何なのか信じることだ今が全てだ

癲癇を持病となして生きるのか刹那せつなを祈りとなして

7月11日(金)

山よりの排水溝が詰まりおりまたも溢れて道路を浸す

みどり児のごとき小さな栗の毬快ければしばし撫でおり

ドフトエフスキー再び読み直す子の発したる癲癇(てんかん)が縁

純粋な青年のことたとえればアリョーシャカラマーゾフの如きか

ムイシュキン公爵のごとき純粋な青年となれ癲癇の子よ

復活がなければ全ては無駄となる今活きいきとイエスキリスト

復活し生きているんだ今ここにこれから永久(とわ)にイエスキリスト

馬小屋に生まれしイエスが騎馬でなく子ロバに乗りて入城するや

生きているイエスはここに生きているその実感ぞわが宗教は

7月9日(水)

われを呼ぶただならぬ声ひきつける子を胸に抱き妻叫ぶ声

ひきつけの子供をいだく妻のそばに為すすべもなく立ちつくしたり

癲癇の症状みせて痙攣(けいれん)し子は新たなる姿を呈す

癲癇の発作おさまる子を寝かせ低き声にて妻話し出す

天よりのマナ降るを待つ飢え渇くわれの心を満たすマナ待つ

☆  ☆  ☆

少年の頃の思い出とりとめもなく続きたり叔父のお酌で

若き日は焼酎飲みて運転の叔父なりし今ウーロン茶飲む

7月6日(日)

山からの風柿木の枝ゆすり突然に湧く蝉の鳴き声

業深き子と押さえつけ灸すえし伯母よ訃報に面影の立つ

寝苦しき夜は団扇に煽ぎたり自らできることをなすべく

その色を決して変えず生きている嫌われ者のカラス一族

人類よなお進化せよこの星に生きる全ての命の危機に

泣く以外なし得ぬ未熟児人類よ目覚めよ神のみ手に任せて

7月4日(金)

本当に子と向き合っているのかと内なるわれが問いかけてくる

拳ほどになりたるメロン五つ六つ残してつるがすっかり枯れる

今生(こんじょう)で成功しよう金得よう今の私にそんな暇なし

小椋佳寺山修司に学んだかデビューしたのも彼のお陰か

小椋佳のその肉体に宿りつつ今に生きるか寺山修司よ

授業料が早稲田ほうが安かったわれらの年次の慶応大学

慶応を安物買いとは言わないが授業料など安かったんだ

参考「慶応と短歌」

7月2日(水)

戦場はどこにもあるか身を削る職場家庭におのれ自身に

温暖化環境破壊物価高いまは戦争まるで戦争

流木や枯れ枝枯れ草押し寄せてゴミ捨て場となり岸も浜辺も

夕映えのいまだ残れる街角を歩いています映画のように

金色に雲が染まりて夕暮の街を豊かに包み込むのだ

7月1日(火)

何のため歌を作るかこの問いをけっして忘れぬ忘れてならぬ

面白い歌もオッケイ面白く歌うもオッケイ君がいいなら

空しいよただ小手先の気の利いたことばばかりで歌といえるか

今日は今日仕事は仕事無茶言ったよせよせ仕様もない繰言は

 

6月30日(月)

葉の先に留まる滴(しずく)よ懸命に生きてるわれの命にも似て

何かこうものを求める手のような形となりて霧昇りゆく

すっかりと緑深めるイチョウの木青年よあれ真直ぐ高く

雨に濡れ咲くあじさいよなにかまだ心の中が乾くみたいに

バーチャルの世界に真の天国が築けるように思うがどうか

6月28日(土)

潮風に吹き晒される渚道枝にあらわに椿の実あり

潮風をまともに受ける椿の木葉の少なきにあまた実はあり

二人とも満足させること難(かた)くその選択を迫られている

止(とど)まるは許されぬ道戻るのか前に進むかそうだ前進だ

慶応と短歌(ある人への手紙の抜粋)

 

その前に、「早稲田と短歌」、いや、短歌に関して両者の比較をしてみます。たとえば分かりや

すく歌人についてひと言で言えば、「月とスッポン」でしょう。月が早稲田です。若山牧水、北

原白秋、窪田空穂、吉井勇最近では武川忠一、篠弘、佐佐木幸綱、伊藤一彦、俵万智

数えきれません。そう、寺山修司も早稲田です。それに対して慶応はなきに等しいでしょう。岡

井隆氏は、父親がアララギにいらっしゃって少年の頃より短歌になじんでいられたとのこと、そ

れに医学部ですし、まあ、岡井隆氏はたしかに慶応です。その他探されればあるいはいらっし

ゃるかもしれません。ご指摘ください。

福沢諭吉が「学問のすすめ」で詩歌はつつしむように、身を持ち崩しかねない、あくまでも実

学を学ぶようにと説いています。

それが、理由か分かりませんが、短歌に関する早稲田との差は上記の「月とスッポン」が現状

でしょう。

わたしは、なぜか異端に走る傾向があります。妻の影響で短歌を始めましたが、今も「短歌な

んかやっていていいのか」と思い、県の歌人協会の席上などでもつい発言する始末です。

土屋文明が「短歌は生活だ」と言いました。わたしはひどく感銘を受けました。そして、短歌は

生活、短歌は生、短歌は命だというように感じ、遊び的要素を極力排除するようにしていま

す。それで、すこしは、福沢諭吉先生も許してくれるでしょうか。

(注)慶応では先生と呼ばれる人は御一人、福澤諭吉だけです。教授もすべて君呼びです。

たとえば、「xxx君今日は休講」などと掲示板に貼られます。但し、今から40年も前の話です、

念のため、失礼しました。

 

6月27日(金)

なにごともなるようにしかならないかなるようになれなるようになる

新しい朝の空気が入りきてわれの心を満たしてくれる

今日の日がまた新しく始まった燕は巣立ち雀鳴く声

6月26日(木)

確実に枯れた中から芽を出してカンナは熱く咲いているんだ

形なき水に押された葦たちが右に左に靡き戻らぬ

福来るというを喜びフクロウの置物を買う子らへの土産に

紅(あか)くとも涼しげに咲く紫陽花を蝶は避けるか飛び越えてゆく

飛ぶことを忘れ心が曲ったか鶏よ何故一羽いじめる

しょうもない衝動持ち生きている己れをしっかり見つめていよう

進むのだ前にまえにと十字架を背負い傷つきなお進むのだ

 

6月25日(水)

肌色の表紙にまずは見入るなり美帆シボ歌集「人を恋うロバ」

ロバに乗るキリストの姿浮ばせる美帆シボ歌集「人を恋うロバ」

原爆の恐怖訴えフランスで活動をする美帆さんの歌

美帆さんの歌に出てくる原爆の二文字がわれの心震わす

幸綱氏美帆シボ歌集を評し言う知性的かつ清潔な抒情

6月24日(火)

自然でも動物でもよい息がぬける歌ないですかと問い詰められる

「奥さんを詠った歌はないですか」子の歌ばかりの自分と気づく

他人とのふれあいの歌が少ないとこれまた鋭く指摘されたり

平凡であまり目立たず風のごと死んでゆけたらそれが最高

昨日(きのう)雨今日もまた雨帰宅日のわが子の不満は頂点となる

うらめしく雨降る外を眺めてる子供を誘い買物に行く

鳥類も異変があるや突然に鳶が降りきて鶏を襲う

すばらしい歌作くらんと願うなら宇宙こぞって味方とならん