(写真提供:伊豆つくし学園


 

わが家の天使(サブロー)

後藤人徳


限りなくわれを愛する神がいて障害の子をわれに授けし


星の輝き

平成20年7月8日息子が突然の発作に襲われる

医学知識「てんかん発作の介助と観察」

歌集「わが家の天使」(著者:後藤瑞義 発行所:木蓮社)好評発売中!!

30首詠 : 「三郎よ障害の子よ」    後藤人徳

痛み引き三郎眠る病室に妻と向き合いカツ丼を食う

三郎はサクサク音たてリンゴ食(は)むわれは黙黙信濃を思う

ぼろぼろのピーターパンは飛び立たむ三郎がいま眠りたる間に

施設より帰宅の三郎顎細く見えてがつがつ食べ始めたり

施設より戻り三郎早速に散歩をせんとわれの手を引く

ポツポツと川に音たて沈みたりものの言えない三郎の石

ひたむきに浅瀬に向いて石投げる今年二十五歳の三郎

いかにせん夜中に騒ぐ三郎を寝不足となり施設へ戻す

どうしても施設に戻す三郎は自棄(やけ)食いをする吐きつつなおも

熱下がり施設にもどる三郎の長く伸びたる髭剃りてやる

三郎の帰宅うとまし帰園した穴のあいたるごときこの朝

歯型付け帰りて来たる三郎よ噛まれるもよし神の随意に

わが知らぬ世界のなかで三郎は今神様と遊びいるらし

石投げが好きな三郎おそらくと姿を探し水辺を走る

三郎の養護施設の運動会秋晴れの空少し雲浮く

トップ切り走る三郎ゴールテープの前にて止まり後ずさりする

歯を磨かず顔も洗わず三郎は清潔でない誠実なんだ

三郎をさも汚れたるもののごと扱いている有体に云えば

三郎は施設に妻は透析にわれは会社に生きる場を持つ

三郎を抑える薬の副作用いつも飢えつつ異常に太る

葉に置ける露のごとくに三郎はこのいっ時を惜しみ生きるか

あれほどに散歩するのを望みしに発作起こして眠る三郎

硬直し発作に震え二分間いま三郎は呼吸出来ない

「ユズさんも気持がいいと言ってるよ」三郎に言い湯舟に入れる

両足に火傷痕あり腹部には手術痕あり三郎の体

空染める夕日に向い海中を分けゆくごとく走る三郎

三郎と二人でドライブするときにドラマのような沈黙がある

ミレー作落穂拾いのごとくしてあますなくゴミを拾う三郎

なにもかも捨て三郎と生きゆくか寝顔を見つつふいに思える

三郎よ・・・・・三郎よ・・・・・生涯の吾子よ


短歌:「星の輝き」(15)  後藤人徳

注:旧作を手直ししました

わが家の天使 

血の滲む拳(こぶし)差し出し自閉の子父見てくれと言わんばかりに

障害を持ちしわが子の悲しみよ真夜遠吠えをくりかえしいる

いかにせん夜中に起きて騒ぐ子を施設に戻す寝不足のわれらは

今週は迎えに行けぬと施設の子に伝えたけれどその手段なし

今に来る迎えに来ると施設にて子は待ちおらんわれは行けぬに

施設へと迎えに行きたるわれを見て駆け寄りて来るわが子の顔が

もの言えぬわが子の発する叫び声こころのこもることばと届く

施設にてみかんを剥くを覚えし子夜中のうちに全て処理せり

障害の子を連れ今日はドライブす妻に息抜きさせなんとして

マタイ伝のテープを流しドライブをするをもっとも喜ぶわが子

自閉児のわが子とドライブするときにすぐにドラマの沈黙となる

茜差す雲を頭上にミレー作「夕べの祈り」子とわれが立つ

空染める夕日に向かい海中となりゆく道を走る子とわれ

わが()には天使がおれば台風も避けてくれたりそう妻に言う

もの言わぬ自閉児わが子に丁寧に自動販売機が挨拶をする

自販機でジュースを買うを覚えたる子は眠りおり硬貨にぎりて

どうしても施設に戻る日の朝は自棄食(やけぐ)いをする吐きつつなおも

障害のわが子が施設に戻りし日開放されたる哀しみがある

限りなくわれを愛する神がいて障害の子をわれに授けし

子を思う親心とは何んだろう子のためになら死なん心か

一生は苦しみごとの連続と思えど子よりは除きやりたし

やわらかい薄日がさせば長々とわが影伸びる霜の舗道に

長々と伸びてた影が石塀に受けとめられて等身となる

六十のわが感傷にあらざれど夕暮遠き犬の鳴き声

葉の先を少しゆらして枯れ草がかがやいている入り日に向かい

掛け替えのない一瞬と思うとき自ずと息は深くなりたり

満足をせんと俄かに思いたち大きくひとつ息を吸いたり

「星の輝き」(完結)

 短歌:「星の輝き」(14:番外編)  後藤人徳

注:旧作を手直ししました

会社倒産

仮眠する夜警を四時におこしたり資金繰りにて夜を明かしつつ

はばからず休日なるも出社する社長に就業規則なければ

使用人の後で食べろが家訓なりわが給料は五ヶ月遅れ

われの分家族の分を棚上げしかつかつ払い終えたる給料

止めるなら止めてみろよと思えども水道料も五ヶ月未納

人件費設備維持費や光熱費経費かさむも客足は減る

保証人、担保、黒字を必須とす中小企業救済融資

虐待死する幼子の記事を見る零細企業の倒産のごと

四ヶ月五ヶ月溜まり六ヶ月となる未払の動かしがたし

資産価値五割を割れる土地の上(へ)に六階建てのホテルが揺れる

あてのない金繰りに夜は更けゆけりカナブンひとつ飛ぶを眺める

自殺せしはた夜逃げせし同業者われはいかなる道を選ばん

古時計の修理に時を費やせり金繰りのこと忘れ夜更ける

中庭に椿咲かせて廃業となりたる宿に人影のなし

病む母は見舞いのわれの姿見て管のままにて起きあがりたり

道端に捨てられている扇風機寒風に向き激しく回る

風化する巌になおも生える苔添い生きゆくか疑いもせず

藤の蔓古木を巻きて登りゆく自ずとものに添いて生きいる

力こぶして懸命に生きている生きものなんだ銀杏もわれも

青雲の志もて日に向きし向日葵ひとつ頭を垂れる

葉も茎も枯れて夕日に立ちており添木支える向日葵一本

胃の全摘、前立腺肥大の話題われらはすでに六十と知る

一時間友と語りしひとときは六十分なり三千六百秒なり

わが性(さが)の暗さを言いて叱りたり友の言葉を思い出しおり

米国の国花といわれる花水木黒船祭の会場に咲く

砂浜の砂の一粒われなるか露の宿りて輝くものを

わが体作れる水よ道端の水溜りさえ天を写せり

稲の虫駆除せんとして農薬が青田の風に乗り入(はい)りくる

輪投する老人会の憩いの場農薬散布の白煙覆う

休耕の荒草のなかに曼珠沙華いよいよ咲きてさらに寂しき

街角の最後の一夜灯し終え電話ボックス今朝撤去さる

通勤の群歩みいていつ知らに職なき吾のひとり遅れる

いっぱいに鋏をひらき沢蟹の道を横切る身構えあわれ

癖を持つ鍵の施錠に手間取ると夜警初日の日誌に記す

身を虫に刺され作歌をせしと言う茂吉を思う夜警詰所に

次つぎに非常扉を巡回す夜警のわれのなす任務にて

癖を持つ鍵の施錠もいつしかに慣れたり夜警の職を得しわれ

白みゆく空気いっぱい吸いにけり今日の最後の巡回を終え

無事夜警終えて制服脱ぐときのこの幸いを知らず過ぎたり

夜警とう小さき営為も意義あらむ平和を守ると人に言わねど

今日は今日の闇に向わん夜警われ懐中電灯ひとつ頼りに

巡回に各階巡る午前二時猫か鼠か物陰に去る

灯すなく今日を終えたる客室の闇に懐中電灯向ける

外周を巡回するに星空に向けて懐中電灯照らす

一筋の光の柱立ち上る懐中電灯空に向くとき

一筋の光となりて伸びてゆく懐中電灯に夜空を照らす

月光のさやけきなかを巡回す池ありて鯉の跳ねる音する

犬のごと嗅ぎて歩けと教えらる夜間警備の心得として

深ぶかと夜警のわれに会釈する若きコンパニオン闇に消え行く

事なきを当然などと思ふまい夜警となりて思い至れり

月のない夜空いちめん輝ける星屑まぶし夜警のわれに

新しき年よ幸あれ夜明け前の闇照らしゆく夜警のわれは

歌のことどれほど深く知りえしや六十歳にならんとするに

何故もっと深く知ろうとしないのか啄木が言う子規が頷く

短歌:「星の輝き」(序章)  後藤人徳

注:旧作を手直ししました

「単身赴任」

単身の任地の社員食堂に自ずと座る位置定まりぬ

父の日に子の描いたる壁の絵を任地の夜に独り見ている 

幾歳も国に帰れぬ防人の歌を読んでる任地の夜に

赴任地の夜久々に電話する子らが争う声が聞える 

用のない電話すまいと誓いしに受話器を取りて思い出したり 

任地より帰り抱けば幼子は痛いと言いぬ言いて泣き出す

単身の勤めの夜ごと帰り来る独りの部屋にひとつ窓あり 

任地より帰る家路の戸の毎(ごと)は七夕祭りの笹を飾れり

帰りたるわれに駆け寄り思い切り子は転倒すコンクリの上に

泣き声を立て得ず口を開(あ)けしままわが子苦しむ腕のなかにて

共に住む日はいつ来るや幼子を残して過疎の村を出て行く

輪禍ありし跡かと思う舗装路の花束は雨に濡れて鮮(あらた)

赴任地の夜の電話に子の危篤妻告げるなり父なる吾に

父親も呼べとう医師の言葉告ぐ妻電話にて子の危篤告ぐ

意識なき子の回復を祈りおり暗き車窓に顔を向けつつ

死ぬはずは絶対になしと暗き道危篤のわが子を思いて駆ける

子の危篤思い駆ければ明あかとわが家は点(とも)る夜更けの村に

なきがらの前に座りて名を呼びぬ大きく呼びぬ吾は父なれば

大声に汝(なれ)の名呼びぬなきがらにすがりて呼びぬわれは父なれば

汝(な)のため何をなせしか逝きし子に働きたりと言うもむなしき

健康になれと名づけし健一郎一歳半に命終れり

肉体は煙りとともに消えゆけり健一郎の顔に似る雲

子を亡くし悩める妻に長ながと手紙書きおり任地の夜に

リストラに友去りしあと残りたりあまた短きエンピツの束

バンザイの形した枝幾千の電球付けて夜を点(とも)せり

日めくりの残り少なき昨日(きのう)今日ひと日と言うは一枚の紙

元旦の人けなき道路地裏の街灯ひとつ点滅をする

空に根を張れるばかりに裸木の枝星屑にむきて伸びおり

木枯しの吹き荒びたる頭上には厳かなりし星の輝き

太古より変らぬものを三日月の近くに光る星仰ぎたり

 短歌:「星の輝き」(13:番外編)  後藤人徳

注:旧作を手直ししました

会社清算 

伊勢海老が社員食堂に出てきたりホテルを閉める日の近づいて

清算の残務整理は空調のすでに切られし地下の事務室

信号の点滅をするこの道も清算ののちは通ることなし

ひたぶるに二十五年を勤めたりいま清算をわれも迎える

職の無い昼は炬燵に大の字に臥し天井をしばらく見詰める

仰向けに炬燵に臥してガラス戸を移りゆく雲ただ眺めてる  

職無くてテレビを見れば舞台より歌手深ぶかとお辞儀をしたり

職探しさ迷うわれか炎天に蚯蚓一匹干乾びている

舗装路に潰されている蝸牛(かたつむり)こころやさしきもののごとくに

職あぶれベンチに座るわがかたえたどきなく子猫一匹寄り来(く)

幾千の花に(せわ)しい蜜蜂よ(とも)し見ている職のなきわれ

一枚の枯葉散りたりよく見ると葉の元いまだ青味帯びおり

潮風をまともに受けて輝くは断崖に咲く磯菊の花

潮風に揺れるをむしろ喜ぶや陽に水仙の歌声がする

嘆くまい泣きごと言わず逃避せず生きん生きゆく生き抜いてやれ

 短歌:「星の輝き」(12:番外編)  後藤人徳

注:旧作を手直ししました

お吉  

自らを卑しめし果(は)て身を投げしその名は残るお吉ヶ淵と

この道を領事ハリスも歩みしか廃庭にバラ赤く咲きいる

召使乙女が五人俗名のお吉の名前記(しる)されており

法外な召使解除給金のお吉署名の受取り残る

渦なかの一葉のごと揉まれしや酒に溺れて果てしお吉よ

お吉を呑み命奪いし深淵も護岸工事によりて痩せおり

芸妓らのお吉供養の行列を痩せし川面の映し流るる

髪結業、芸妓、女将と職を経て物乞いをもて果てしお吉よ

身を投げしお吉ヶ淵を旧名に門栗ヶ淵と呼ぶ人はなし

短歌:「星の輝き」(11)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました


養護施設の運動会   

子の通う養護施設の運動会秋晴れの空に少し雲浮く

トップ切り走りし()の子ゴールテープの前にて止り後ずさりする

競争の意志を持たない自閉の児ゴールの前で皆を待ってる

百メートル競走だけど歩いてる歩くことさえ出来なかった子が

声援のなかゆっくりと歩む子よ順位にあらず無事にてあれよ


短歌:「星の輝き」(10)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「至福の時間」   

熱下がり施設に戻り行く息子長く伸びたる髭剃りてやる

あんなにも叱らなくてもよかったと施設に戻りしわが子を思う

週末は迎えに行くと別れしが子の約束を守れずに過ぐ     

施設より子は戻りきて早速に散歩をせんとわれの手を引く

石白く乾ける河原石投げて時を過ごせるわが子は二十歳(はたち)

ひたむきに浅瀬に向きて石投げる今年二十歳となりし息子は

音たてて川に沈みし石つぶて意思持つごとくしばしつぶやく

ポツポツと音たて川に沈みゆくもの言えぬ子の投げるその石

施設より戻りわが子が穏やかにテレビ見ている至福の時間

短歌:「星の輝き」(9)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「サーカス」 

施設にていかに過すか帰宅日の子供の体にあまたある痣

喜びも上手く表現出来ぬ子や喜びながらわれをつねれる

二時に早や子は起き()でて帰宅日を満喫している小さな家に

電車に乗れば喜び声上げる今年二十歳となれる息子は

帰らんと言うわが言葉聞き入れず妻は四時間待ちの列に連なる

この世での見納めのごと四時間を待ちてサーカスを見ると妻言う

四時間を待ち入(はい)りたるサーカスも四十分が子の限界と知る

四時間を待ちサーカスを見たること良かったよかったと言いて帰れる

今日ひと日無事に過しし幸思う心障の子と透析の妻と

短歌:「星の輝き」(8)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「祈り」 

歯型付け施設より子が帰りたり噛まれることもかむこともあり

傍らの自閉児わが子静かなり祈るを真似て手を合はせいる

事成せしものの静けさ草むらの枯れ穂は垂れる光返して 

力こぶして懸命に生きている生きものなのだ銀杏もわれも

葉が落ちて初めて知りぬ枝すべて天に向かふがごとく伸びるを

病身を虐げ農事する妻の汗ふく白き顔が振り向く

うす暗き茶房に鶴を折り待てり初めて逢いし日のごと妻は

夫子捨てしアンナカレーニナのごとき恋を知らずに妻も老い初(そ)めにけり

自閉児を授かりしのち変りたりわれ歌を得る妻歌捨てる

診察を終えたる妻は間を置きて笑いつつ言う進行すると  

部屋隅にボストンバック二つあり妻の入院準備整う

入院の妻に持たすと印を押す身元証明書また手術承諾書

夏の間も病む身に手入れせし蘭が妻の入院中に咲き()む   

(やまい)もつ妻ありてわれおのづからつつましく日日を暮らしゆくらし   

短歌:「星の輝き」(7)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「資金繰り」

資金繰りなんとか回れ風車(かざぐるま)にまわれまわれと息吹きかける

給料とうるさく言うな全員に払うほどにはまだないんだよ

給料を期日通りに支払わば泣かんばかりに喜ぶものを

業者への払い水道光熱費税金延ばす給料のため

いっそのこと宝くじでも買おうかと思う心を叱って歩く

今月もなんとかまわった資金繰り金が頼りのわがかざぐるま

雲の無い風のない日よなんとなく枯れたススキに触りなどする

子の好きなところへ行って遊ぼうかたとえば河原たとえば海辺

一心に空回りするかざぐるまその哀しみを知ることもない

霧が晴れ春の日差しが降りそそぎわたしの心に愛が生れる

零細の友の会社は財産を全て担保にしても足りない

骨董の時計いくつも部屋に置き時を過ごした倒産の友

生きるのが難しかった昔にはものにいのちを込めたのだろう

あまりにも物があふれて圧迫しわれの心はしぼんでしまう

小さなミス小さな嘘を気にしてる今の自分を大切にせよ

健常でないこと知るや自閉児のわが子が椅子の人を真似する

自閉児のわが子施設に戻りたり開放された哀しみが湧く

透析を妻当然のこととして今日も笑顔で出かけんとする

何ごともめげず生き行く性(さが)を持つ時に眩しく妻を見送る

白鳥(しらとり)の羽を広げるごとく見ゆ寄る遠波が砕け散るさま

騒がしき車内いつしか静まって皆車窓より降る雪を見る

憂鬱なふりなどするな曇り空君本来の姿になれよ

透析を終って妻は眠ってるアンモナイトの化石のように

結局はなるようにしかならないさなるにまかせるなるようになる

ものに添いて生きるほかない藤づるの冬なればただあからさまなり

苦しみのなかった時分(じぶん)は神もなく仏もなくて日々を過した

倒産も視野に入(はい)れり売上げが激減したるうえの借金

ごんごんと頭の中に血がのぼり午前一時を眠られずいる

秒針の刻める音か心音か夜更けの闇に高鳴るばかり

「倒産を救ってみせる」の著書を持つ弁護士の机に娘の遺影

自死をせし子に向いては何故という問いを幾たびしたるか語る

生きている証(あかし)といえば頼もしいこの苦しみも兆す不安も

生きることすなわち歌と言いきって思わず涙こみ上げてくる



短歌:「星の輝き」(6)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「太郎杉」

天城嶺(あまぎね)の雪道ザックザック踏む太郎杉まであともう二キロ

ザクザクと雪踏む音の心地よさ天城嶺にして妻と子とわれ

天城嶺の雪道そろり登りきてたどり着きたりこれ太郎杉

真直ぐに四百年を生き来たる杉の巨木を仰ぎ見て立つ

黙々と四百年を生き来たり拳を上げるごとき杉の木

自閉児のわが子よく見よもの言わず四百年を生きしこの杉

「ふた駅の旅」

託されし鞄をしかと抱(いだ)き持ち電車の旅を待ちかねている

十六になりたるわが子と約したる二人の旅はふた駅のたび

喧騒(けんそう)を自閉児わが子と逃(のが)れきてイルカのショーの喚声遠し

純粋というもの問うや十六となりたるわが子のものを乞う顔

ぼろぼろとなるピーターパンの絵本抱き今は眠りのなかで遊ぶや

ボロボロの絵本の中よりピーターパンは脱け出すだろう子の眠る間(ま)に

短歌:「星の輝き」(5)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました 

「マグマ」

地の底に(うごめ)くマグマは哀しきや時に激しく人界に噴く

蠢けるマグマがあれば若者を出口となして噴出しにけり

帰宅日を雨に遊びに行けぬ子が二階に上り外を見ている

小雨降る外を眺めておりし子が網戸を開けてなおも見ている

影を持つもの人間と思うときルオーの太き黒き輪郭

暗闇に横たわりいる天の川神()べたもうものの輝き

短歌:「星の輝き」(4)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「栗の花」

栗の花青く匂える道をゆく十五となったわが子幼く

性欲を抑える薬があるという十五となった自閉症の吾子

十五歳のわが子と風呂に入りつつこの幸せを語り合えない

自閉症のわが子が言葉をはなしている夢ではあれど涙あふれる

自立にはほど遠けれど自閉児のわが子が働き千円を得る

授産所に缶を潰していつになく子はうれしげと妻弾み言う

「日めくり」

日めくりの残り少ない昨日今日ひと日と言うは一枚の紙

リストラに友は去りたり残りたるあまた短き鉛筆の束

純粋のこころを持ちて掃除機を恐れるわが子十六となる

草じらみの一つひとつを丁寧に取り終わりたり自閉児のわが子

玉ねぎを刻むも涙が出ぬというなみだの出ない悲しみ思う

自閉児のわが子の好むカレーライスいつしかわれの好物となる

ユズさんも風呂に入ると十六のわが子に言いては柚子湯に入れる



短歌:「星の輝き」(3)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「十二指腸潰瘍の子」

十四となりてわが子はこぼしつつようやく箸を使い始める

呻(うめ)く子を見守(まも)り天城の峠越ゆクッション悪く救急車揺れ

施設にいて十二指腸に穴あくも耐えていたのか自閉児わが子

自閉児と精薄児と呼ばれ十四年十二指腸に穴開きしわが子

無事手術を終えて出て来た子の姿ベットに手足が縛られている

痛みひき子の眠る間の病室に妻と向き合いカツ丼を食う

病室のベットの脇の床を拭き毛布を敷いて今夜は泊まる

ほどかれて自由となった足使い手の点滴の管を外す子

子の看護ひと月過ぎし病室に着替える妻は肩薄く見ゆ

子の看護ひと月過ぎし妻を見舞い買物にやる遠き街まで

                                (つづく)


短歌:「星の輝き」(2)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました。ただ、随所に精薄児というような生なといいますか、そういう言葉が繰り返し使われています。これは、まだ推敲しなければならないと思います。ただ、この時期のわたしの偽りのない心情は、子供のありのままの姿を十分に受け入れるまでには整理されてない状態で、そういう言葉を連発しなければおさまらない心境であったかとも思っています。

 「いとしわが子よ」

殻硬く身を鎧うのか蟹貝亀蝸牛みなか弱いものは

障害を持つ子のお陰寡黙なるわれに妻との会話与える

茫々とひと日終りて自閉児の寝息健やか寝顔すこやか

週一度施設のわが子戻りきて土、日は妻の戦いの日々

今週は迎えに行けぬと施設の子に伝えてもらう待ちわびる子に

背に重い精薄児の子の成長をさびしく思う久びさに会い

背負う背に口押し付ける十歳のわが子のぬくみ肌にしみくる

わが知らぬ重荷を負うか精薄の弟を持ち姉と兄とは

精薄児のわが子と歩む前方をプール帰りの子供達来る

合歓の木のうす紅色の花の下に精薄の子は草を薙ぎ行く

ゆるやかに川が流れて精薄の子とひねもすを石投げて遊ぶ

ひねもすを川に石投げて遊びおる精薄の子よいとしいわが子よ

                   

短歌「星の輝き」(1)  後藤人徳(瑞義)

注:旧作を手直ししました

「母体」

母か子か何(いず)れ取るかと問われたり母体と言いて言いて医師見る

妊娠の中毒症が重ければ産み月なるに転院をする

大量の薬の投下母体には十ヶ月経るわが子宿れり

危篤なる母体を救う薬にてわが子の脳も侵されたるか

緊急の母体を救う処置なれば子に障害も医師を恨めず

神経科名札下れるドアの前わが子を抱(いだ)き座して待ちおり

脳断層写真撮りたる子を抱く小暗く長き廊下続けり

脳障害あればあれよと結果待つ抱く子を見れば微笑んでおり

障害のことは言わずに逝きし子の生まれかわりと妻つねにいう

脳波室の前にわが子の小さき靴母に寄り添うごと置かれいる

子が受けし手帳はAと記入ありAは重度の精神薄弱

(つづく)↑星の輝き(2)


「てんかん発作の介助と観察」(1)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【1】てんかん(1)

 てんかんという病気

てんかんは、それまで何のかわりもない人に突然発作が起き、しかもその発作を繰り返す大脳の慢性の病気を言います。発作は何時起きるかを予期することができず、同じ発作を繰り返すのが特徴です。

「てんかん」はふるくから知られていた病気です。日本でも外国でも社会的な偏見と誤解のために長い受難の時代を経て来ました。てんかんが医療の対象として市民権を得たのはごく最近のことです。

 こんにち、てんかんの発作のほとんどは薬でおさえることが出来るようになりました。てんかんは、従来いわれて来た様に、不治の病でも遺伝する病気でも精神病でもありません。しかし、てんかんに対する怖れと誤解はまだまだ強く、てんかんであることを世間に恥じたり隠したり、またてんかんを理由に無意味な差別を強いたりする事例も多くあります。

 そうした社会の中でてんかんをもつ人は、たとえ年に一回でも人前で発作を起こしたらどうしようという人知れぬおそれを抱きながらそっと生活しているのです。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(2)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【1】てんかん(2)

     てんかん発作とは

てんかん発作は大脳から起きます。発作にはさまざまな種類があります。

大脳にそなわっているどのような働きも、てんかん発作に現れます。くわしく観察すると、全く同じ発作が別の人にみられることはない、と言ってもよいほど多彩です。

 とかろが、

あるひとりの人がもつてんかん発作の模様はほぼ一定しているという特徴があります。

日が替わると発作の模様があれこれ変るということはありません。それは、大脳から生ずる発作の起こり方が人によって一定しているからです。

 大脳には、規則正しいリズムがそなわっています。赤ちゃんから子どもそして大人になるにつれて、さらに目が覚めている時と眠っている時にそれぞれ個有のリズムを示します。このリズムをわたしたちは脳波を通して目で見ることができます。たとえば、眼をつぶっている大人では、一秒間にほぼ十回の割りで電圧のゆらぎが記録されます。

 てんかん発作はどんな種類であれ、発作が起きるときにはこの大脳の個有リズム―脳波に乱れが生じます。その乱れ方は、発作によってはぼ決まっています。さらにまた、このような脳波の乱れ―突発時律動異常とも呼ばれる―は、発作のない時期にもきろくされます。したがって、てんかんの診療に脳波検査を欠くことはできないのです。

(つづく)

     てんかん発作とは(3)

てんかん発作はその起こり方から大きく2つにわけることができます。

1)大脳のある部位から起きる部分発作

2)左右の大脳半球から同時に起こる全般発作

てんかん発作の分類(1981年)

T.部分(焦点)発作

  A 単純部分発作

1.運動発作

2.自律神経発作

3.感覚発作

4.精神発作

  B 複雑部分発作

1.単純、複雑部分発作/自動症

2.複雑部分発作/自動症

  C 部分起始性強直間代発作

 

U.全般発作(けいれん性、非けいれん性)

  A 欠伸発作

  B ミオクロニー発作

  C 間代発作

  D 強直発作

  E 強直間代発作

  F 脱力発作

  G 先立発作

(つづく)

【1】てんかん(4)

     てんかん発作とは(3)

部分発作は、発作のはじまりに意識が保たれている単純部分発作と、意識が曇っている複雑部分発作に2分されます。意識が保たれている単純部分発作の模様は、後になって思いだすことができます。これにひきつづいて複雑部分発作に移ると、もはや何も思い出すことが出来ません。したがって、単純部分発作は、あとにひきつづく発作からみれば、信号症状あるいは前兆として体験されます。前ぶれのように感ずるが、これは既に始まっている発作のごとく初期症状を示します。そのうちにつぎの発作がやってくる予告のように感ずるので、信号症状ともよばれるのです。

 これに対して全般発作は、けいれん性、非けいれん性の区別を問わずに発作のはじまりから意識が失われるのが原則です。発作の始まりがどうであったかを思い出すことができないのが特徴です。あくび発作はかっては小発作、強直間代発作はかっては大発作とよばれていたものです。大型をはじめとするけいれん発作は、左右対称で同時に始まる特徴をしめします。

「てんかん発作の介助と観察」(5)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(1)

     発作に出会ったときの心がけ

発作を目の当たりにすると誰でも気が動転し、一体何がどうなったのかわからなくなってしまうものです。発作は突然起きて、日常見たことのない激しい症状を呈するからです。その際まず心得てほしいことがあります。

1.       気を落着つかせ冷静になる。

2.       騒ぎ立てない。

3.       すぐに救急車を呼ぶ必要はない。

なぜなら

てんかん発作は、ほとんどの場合、数10秒から数分のうちにひとりでに止まります。

 発作のために命を落とすことはまずありません。また、てんかん発作の介助は、発作の症状と強さによって変ってきます。

「てんかん発作の介助と観察」(6)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(2)

     介助を必要とする発作

 どれ程の介助をひつようとするかを、発作の型から決めることは出来ません。

また同じ発作でも、起こす状況によって介助の必要の程度はかわります。たとえば同じ大発作でも、睡眠中であれば放置しておいてよいが、危険を伴う状況―火や水の側、高い所、機械の側などでは、手厚い介助を必要とすることは言うまでもありません。

発作を介助する必要な度合いは、

1.意識の曇りがふかいほどそしてそれが長く続くほど、

2.けいれん発作の場合には、けいれんが全身におよぶほど、そしてけいれんの度合いが強いほど、

3、立っているあるいは座っていて起こした発作の結果、姿勢を保つことができなくなるのであれば、倒れ方が急であるほど、

4.発作を起こした状況―危険を伴う場合の他に、より多くの人目にふれるばしょであるほど、

介助の必要度はより高くなり、より多くの気くばりを要するものと言えます。

 

(つづく)

 

「てんかん発作の介助と観察」(7)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(3)

     ごく短い意識が曇るだけで終る発作の場合

ごく短い意識が曇る発作では、数秒から数10秒程、意識が曇りぼんやりする状態が続きます。この間、患者さんは呼びかけに応えずに、不自然にまばたく、口をもぐもぐさせる、その場の状況に合わないひとりごとを言う、言葉がとぎれる、手に持った物を落とす、手で衣服をまさぐる、等の動作を示すことがあります。

 この様な意識が曇る発作の場合には、そのままの状態で注意深く見守り意識が回復するのを待って下さい。意識が回復する祭には、はっ、と気づく、あるいは意識の曇が段々に晴れてきて、何時とはなしに気づく、などの区別があります。

 こうした発作の中には、周囲の人も気づかずに、あるいは一種のくせだと思われて見過ごされている場合もあります。しかし、発作は小さく軽くても、それが重いてんかんの始まりであることも少くありません。そうした発作が時折繰り返さえrているのに気がついたら、すぐ専門医の診断を受けて下さい。

「てんかん発作の介助と観察」(8)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(4)

     動き廻る自動症の場合

けいれんが、数分の間意識が曇って、あちこち歩き廻ったりする一見目的にかなった動きを示す発作があります。この時本人には気付きがないので、無理にその行動を制止してはいけません。抑制の仕方によっては、思わぬ抵抗を示す場合があります。

 こうした意識がもうろうとする発作では、始まりと終りがはっきりしない場合が多いのですが、意識が回復するまで、一定の距離を保って患者さんとともに移動し、もし周囲に危険な物があれば取り除き、注意深く回復を待って下さい。

 意識の曇りがすっかり回復したら、前兆れがあったかなかったか、あったとすればその様子をくわしくたずねます。時間が経つとその内容を忘れてしまうからです。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(9)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(5)

     大きなけいれん発作とは

てんかん発作の中で最も良く知られているのが強直間代発作あるいは大発作と呼ばれる発作です。身体の一部に部分発作が始まってついでこれが全身にひろがる大発作と、最初に意識を失い、全身の強直ついで間代けいれんに移る大発作の2つに区別されます。

この2つの大発作の症状は、それぞれおおむねつぎの通りです。

1.      発作のはじまりに意識を失うことなく、たとえば腹部に不快な感じがしょうじてそれが上にのぼってくる、ついで気が遠くなってわからなくなる。この様な前兆ないし信号症状のあとに強直(全身の筋肉がこわばってつっぱりけいれんする)が続きます。けいれんの始まりが左右対称的でないのが特徴です。発作のあとに右あるいは左の手足に麻痺がしばらく残ることがあります。

2.      最初に前兆を感ずることなく突然意識を失い、眼球の運動が一瞬とまり、ついで全身の筋肉を強直させ立っていると倒れます。この時に大きな叫び声をあげることがあります。ついで小刻みなけいれんに移り、全身をガクガクとふるわせます。およそ1分ほどでけいれんが終わり、ついでおおきな息をし、顔色がよくなります。この時唾液を吹き飛ばして、泡をふいたように見えることがあります。

「てんかん発作の介助と観察」(10)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(6)

     前兆がある場合

信号症状あるいは前兆にはさまざまなものがあります。

身体のある部分たとえばての指がちくちくする、何かが見えるあるいは見えなくなる、胸のあたりがむかむかする、頭がしめつけられる、物がゆがんでみえる、耳が塞がれた感じがする、自分の名前を呼ばれたと思う、見知らぬ所に来た、いつか見たことがあるなつかしい感じがする、などです。

 その人の前兆はいつも同じですので、本人はついで大きな発作がやって来ることを予測することが出来るようになります。前兆があったら人に知らせる、あるいは身を穏すなどして、これにひきつづく大きな発作に対処できる人もいます。また前兆をこらえることによって発作を途中で止めることができる人がいます。

 

「てんかん発作の介助と観察」(11)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【2】てんかん発作の介助(7)

     大きなけいれん発作の介助

てんかんの発作は何時何処で起こるかは全く予測できません。大きなけいれん発作が起こったら、まず本人の安全を確保して下さい。危険なものは、火、水、高い所、機械の側などです。本人が怪我しない様に気を配り、襟元を緩め、ベルトをはずし、出来ればメガネやヘヤピンも外して下さい。大きな発作がある人にコンタクトレンズはすすめれれません。

発作中、激しくつっぱりあるいはガクガクとけいれんしている間は、あごに手をあてて、上方にしっかり押しあげて下さい。こうすることによって窒息や舌をかむのを防ぐことが出来ます。

けいれんが終わり大きな呼吸(吐く息)をしたら、あごを押しあげたまま顔を片側に向け呼吸が元に戻るのをまちます。

そして、意識が回復するまでそのまま静かに寝かせます。

食事中が食事直後に発作が起きると嘔吐する場合があります。この際には、吐いた物をあやまって飲みこんで窒息することがあり危険です。吐物や唾液を拭きとってあげて下さい。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(12)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(8)

     発作中してはいけないこと(8)

身体をゆする、抱きしめる、叩く、大声を掛けるなどして発作を止めようとしてもむだです。そうすることによって発作が早く終ることはありません。

また口を無理にこじあけて、指や箸、スプーン、マウスピース、ハンカチ等を入れないで下さい。口の中を傷つけたり、歯を折ったりします。前にのべたようにあごを上方に強く押しあげるだけで十分です。

発作が終った直後の意識が曇っている間に薬や水を飲ませてはいけません。窒息や嘔吐の原因になります。

発作中にはやたらと騒がずに注意深く見守ることが大切です。学校の授業中に生徒が発作を起こした祭には、先生は騒ぎを鎮める側にまわらねばなりません。先生が動揺すると騒ぎの輪は大きくなります。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(13)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【2】てんかん発作の介助(9)

     転倒発作の場合

てんかんは昔から「たおれやまい」とよばれていました。突然倒れることがこの病気の特徴であることに人は古くから気がついていたのです。その倒れ方は、普通の人の場合とはまったく違っています。倒れる時に目をつぶる、手をつく、障害物をよける、などの動作によって身をかばうことが全くできないのです。したがって、倒れた結果、顔や頭に傷を受けることが多いのです。

 同じく倒れる発作にもさまざまな種類があります。意識が曇ってその結果立っていることができずに倒れる、強直間代発作の結果倒れる、などの場合には大きな傷をうけることはあまりありません。

 これとちがって、倒れること自体が発作症状のすべてを占める場合があります。崩れるように倒れる、尻餅をつくように倒れる、棒倒しに倒れる。一瞬のけいれんの直後にぐにゃと倒れる、などです。倒れた後に真直ぐに自分でたちあがることが出来る場合、倒れた後に強直しあるいは意識を失っている場合があります。

 このようにてんかん発作の倒れ方はさまざまですが、患者さんは何時も同じ倒れ方を示します。したがって、受傷する場所はほぼ一定しています。頭の後方の突起部、唇、下顎、額、眼の上、耳、などです。同じ場所に繰り返し傷をうけるのでそこが固い傷あとになっている人もいるほどです。

 転倒発作のすべては、一瞬のうちに起き一瞬のうちに終ってしまいますので、その場で介助する手だてはないものと言えます。一般にはつぎのような注意がのぞまれます。

     転倒発作が繰り返し起きている期間には、目のとどかない所にひとりで放置しない。

     できれば歩行する時に手をつないでいる。

     保護帽(ヘルメット)をかぶる。

保護帽(ヘルメット)は、その人の頭の形に合ったもの、そしてその人の傷を最も良く防ぐことが出来るようにあつらえるべきです。また、ヘルメットの上にかつらを付けるなどの工夫ものぞまれます。


「てんかん発作の介助と観察」(14)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【2】てんかん発作の介助(10)

     医師の処置が必要な場合

どのような発作も、長くても数分のうちに止まります。一回の発作がそれ以上に長びいたり、一回の発作が終ったあとに意識が元に戻らずに次の発作を起こした場合には、病院に連絡し処置を受けることが必要になります。

これには2つの場合があります。

1.けいれんのあるなしにかかわらず、意識が曇る発作が短い間隔で繰り返す、発作と発作の間に意識が回復していない状態です。

2.1回の発作が長く続き止らない場合です。けいれん発作なら著しく続くことをひとつの目安とします。(数分以上続く場合)'

これらは、てんかん重積状態とよばれます。こうした場合は、直ちに病院へ運び処置を受けてください。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(15)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【3】てんかん発作の観察(1)

     観察し記録することの意味(1)

日頃、患者さんに親しく接している方々は、その患者さんの発作に出会う機会に最もめぐまれています。発作をじかに観察した人から得られた情報は、発作の型を確定するのに大きな手がかりとなります。発作型の確定はてんかんの診断につながり、治療方針をも左右することとなります。したがって発作の観察とその記録は、てんかん診療に欠かせない重要な意味をもっています。

てんかん発作はどのような種類であり、劇烈な精神・神経症を呈し、しかも短時間のうちにすべてが終ります。したがって発作の模様のすべてを全く正確に観察し、それをつぶさに記録に残すことは容易ではありません。発作を目撃した場合に、何がどの程度まで確実であるか、いいかえれば発作の一部でもよいから確かな情報が欲しい、それが医師のねがいです。不確かなぼんやりした大まかな情報は、医師の判断をかえって狂わせます。

 大型のけいれん発作を「大発作」、それ以外の小型の発作を「小発作」というように、自分の目で見た発作の模様を無理に専門用語にあてはめてしまうと、かえって混乱をまねきます。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(16)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【3】てんかん発作の観察(2)

     発作の観察の要点

@     発作を起こし易い時間と状況

 人によってほぼ決った時間帯に発作をおこします。朝起きて歯ブラシを使っている時に手がピクンと動いてブラシをなげだしたとか、朝食時に茶碗を落としてついで大発作になったなどです。このような人は夕方近くの休息時にも同じ発作を起こしやすいものです。

 これとは逆に、眠っている時にだけ発作を起こす人がいます。入眠直後、30分ほどしてから全身を軽く伸ばして眼を開けついで大きな息をしてまた寝入るとか、あるいは睡眠中にだけ大発作をおこす人もいます。あるいは寝ぼけとてんかん発作との区別がつきかねることもあります。この際、睡眠時と夜間を区別する必要があります。たとえば昼寝している時にも発作が起きたかどうかという点です。

 ごく稀ですが、その人にとってある所定の刺激が加わると発作を起こす場合があります。光を例にとると、暗いところから急に明るい所に出た時、チラチラする光――ディスコの照明を見た時、車でトンネルを通っていて流れる照明を見た時、などです。テレビを見ている時に発作を起こす場合もあります。また、しま模様や市松模様、あるいは水玉の模様を見つめていると発作を起こすとか、後から触れられると(びっくりして)発作を起こす場合もあります。

 このゆに刺激(入力)と発作(出力)との間に一定の関係がある場合、これを反射てんかんと呼びます。チラチラした光と失神発作、驚愕と強直発作、読書と下顎の間代発作、音楽と雑部分発作などです。

 反射てんかんはきわめて稀なものです。ある特定の状況で発作が起きたと思われる場合には、そのような原因――結果関係が以前にもあったか否かをよく確かめます。偶然に起きた発作と反射発作とを区別するためです。

「てんかん発作の介助と観察」(17)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【3】てんかん発作の観察(3)

     発作の観察の要点

A発作の始まり方

 どのようにして発作がまずはじまったかを持定することができれば、発作の性質一部分発作か全般発作かを決める上に役立ちます。発作も始まり方は、患者さん自身が自覚していてあとから思い出すことができず目撃者の情報だけが手がかりとなるばあいとがあります。そのいづれについても本人か目撃者に「なぜ発作が始まったと気付いたのか?」という訊ね方が役に立ちます。

     自覚的には感覚症状―前兆がある場合

前兆はそのあとにつづくはっきりした発作を予告するようにかんじられるので、信号症状ともよばれます。これは前ぶれではなく、すでに発作がはじまったことを意味します。たとえば上腹部に吐き気に以た不快な感じが生じてそれが上にこみ上げてきてついで気を失った、妙な臭い、腐ったような臭いが急に鼻につく、かつて経験した情景が想い浮ぶ、聴こえるはずのない音あるいは声が聴こえる、星屑のような輝点がみえる、物が歪んでみえる、あるいは見えているものが見えなくなる、四肢の特定の部分にしびれちくちくした感じ、などのはっきりした感覚の異常の他に、何とも名状しが難いが「ああ、また発作がやってくる」という一種の予感を覚える場合もあります。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(18)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【3】てんかん発作の観察(6)

     発作の観察の要点

A発作の始まり方

運動症状で発作が始まる場合には、手、肘、肩がピクンと動く、親指や頬が不随意にけいれんし始めた、目ついで頭が右あるいは左に無理にひき寄せられた、などの動きを自覚します。いずれの場合にも、左右対称か、右か左の一方であったか、その時に同じ部位に感覚の異常がなかったかを確かめます。

発作の始まりから意識が曇る発作の場合には、患者さん自身は発作の始まりを思い出すことができません。目撃者の観察―はたから見た行動の変化が観察のよりどころとなります。その表現はさまざまですが、たとえば、談話が急にちぐはぐになる、話が途切れる、応答がない、茫然と空をみつめる、きつい表情で凝視する、などの表現を通じて、意識の曇りの始まり方やその深さを間接的に知ることができます。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(19)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【3】てんかん発作の観察(7)

     発作の観察の要点

A発作の始まり方

意識が曇ってからけいれんが始まった場合には、目そして頭が右あるいは左に旋回したか、旋回したとすれば目が先か、目と頭が同時か、45度位か60度以上か、その時に腕が挙がったか、挙がったとすれば左右どとらか、などが観察の要点となります。

左右対称にけいれんが始まる大発作の場合には、発作がはじまった時にはすでに意識を失っているのですが、そのけいれんが、強直ついで間代けいれんか、あるいは間代けいれんにつづいて強直ついで間代けいれんになったかを確かめます。間代けいれんでは手足そして顔をリズミカルにガクガクとふるわし、強直けいれんでは手足をこわばらせながらゆっくりと伸ばしきります。えびのように体全体を折り曲げた、逆に弓なりにそっくりかえった、などと表現されることがあります。またこの時に大きな叫び声をあげる場合があります。「あー」と一声の叫び声か、「うっうっうっ」と繰り返したかを確かめます。

発作が始まる直前の状況によって発作中の模様が変わることがあります。

 たとえば、手に何かを持っている時に発作が起きると、その物を握りしめる、ぽとりと落とす、あるいは投げ出す、などです。

 歩行中に自動症が起きると急にあらぬ方向に歩き出したり、あるいは歩行のスピードが落ちて立ちどまったりします。この際にも半ば目的にかなったように行動するので、その場でよく訊ねないと発作か否かを判断しかねる場合もあります。

 

「てんかん発作の介助と観察」(20)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【3】てんかん発作の観察(6)

     発作の観察の要点

B発作中の模様

 

     意識の曇りで始まる発作では、目撃者はいつ発作が始まったかがわからず、発作が始まってしばらく経った状態を発作の始まりと取り違えていることが多いものです。発作の始まり方を注意深く観察して下さい。発作が終ってから、本人に今発作があったことがわかるかどうか、わかるとすればどうしてか、をよく聞いて下さい。

     強直間代発作では「泡を吹いて倒れた」と表現される場合があります。しかし、順を追ってよく聴くと、まず意識を失い、ついで倒れ、けいれんが漸次強くなって開口できないほど咬筋が強直し、間代けいれんが終った後に大呼吸がおきて、その時に唾液を吹き飛ばした、というごときです。唾液を吹きとばしたかどうかが、真のてんかん発作か否かの決め手にならぬことは言うまでもありません。

「てんかん発作の介助と観察」(21)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【3】てんかん発作の観察(9)

     発作の観察の要点

A発作中の模様

部分発作で始まりついで強直間代けいれんに移る発作では、けいれんのどの時点で意識を失ったかが、重要な所です。発作が終ったあとに、患者さん自身にどこまで思い出せるかを順を追って訊ねることによって、どの時点か、最初の方か、中程か、その時のけいれんの模様をも知ることができます。

■自動症で始まるように見える発作があります。舌を鳴らす、唇をなめる、嚥み込む、衣服をまさぐる、独語する、などと表現されますが、患者さん自身はそれを思い出すことはできません。その様子を観察者に真似して再現してもらうのもよい方法です。またこのような半ば目的にかなったようにみえる行動がどのような順で進むのかを確かめます。たとえば、じっと一点をみすえて顔色が青くなり、ついで唇を舌でなめまわし、そのうちにチュッチュッと舌を鳴らす、いつとはなしに舌鳴らしが終ってついで衣服をまさぐり不明確だが「うん〜」と返事をした、などのようです。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(21)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

http://www.izu.co.jp/~jintoku/saburou.htmに子供の短歌をまとめてあります。

【3】てんかん発作の観察(9)

     発作の観察の要点

A発作中の模様

部分発作で始まりついで強直間代けいれんに移る発作では、けいれんのどの時点で意識を失ったかが、重要な所です。発作が終ったあとに、患者さん自身にどこまで思い出せるかを順を追って訊ねることによって、どの時点か、最初の方か、中程か、その時のけいれんの模様をも知ることができます。

■自動症で始まるように見える発作があります。舌を鳴らす、唇をなめる、嚥み込む、衣服をまさぐる、独語する、などと表現されますが、患者さん自身はそれを思い出すことはできません。その様子を観察者に真似して再現してもらうのもよい方法です。またこのような半ば目的にかなったようにみえる行動がどのような順で進むのかを確かめます。たとえば、じっと一点をみすえて顔色が青くなり、ついで唇を舌でなめまわし、そのうちにチュッチュッと舌を鳴らす、いつとはなしに舌鳴らしが終ってついで衣服をまさぐり不明確だが「うん〜」と返事をした、などのようです。

(つづく)

「てんかん発作の介助と観察」(22)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

【3】てんかん発作の観察(10)

     発作の観察の要点

C発作の終り方

     大きなけいれん発作の場合に両側が同時に終ったか、ある部位たとえば手あるいは足あるいは顔にけいれんが残ったか、それは間代けいれんか、発作後に手足の麻痺はなかったか、意識回復後は速やかか遅れたか、睡眠へ移行したか否か、話はできたか、目はよく見えたか、頭痛は残ったか、吐気はなかったかなどを観察してください。

     意識を失うだけで終始する発作では、はっと気がついたか、徐々に意識を取り戻したか、意識の回復の仕方が重要な手がかりとなります。何かの刺激、たとえば呼びかけられて、はっと気がついたか、肩を叩かれても気がつかず、その手をはらいのけたかなどのちがいです。発作後のもうろうとした状態で、半ば目的にかなった行動行動を示すが、本人は何もおぼえていないことがあります。これを発作性の自動症と見誤ることがあります。何らかの自動症をもって発作が始まったのか、そうではなく何らかの発作――たとえば軽いけいれん発作にひきつづいて自動症があらわれたのか、それを区別することが大切です。

     発作の後に、患者さん自身が発作を起こしたことが分かるか否かを確かめます。分かるとすれば、それはなぜ分かったかよく尋ねます。発作の直前のことが思い出させればそれが信号症状――前兆をさす場合がありましょうし、発作の後になって発作があったことがわかるのであれば、意識がとぎれたというような直接の理由による場合と、頭痛があった、体の節々が痛かったなどの間接の理由による場合があります。また大きなけいれん発作では、発作のはじまにさかのぼるある一定期間の出来事が何も思い出せないこともあります。それを健忘とよびますが、知能障害と関係はありません。

「てんかん発作の介助と観察」(23)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

 

【3】てんかん発作の観察(9)

     発作の記録

発作は、それぞれ患者さんによって異なり、多い人、少ない人、軽い人、重い人、単純な人、複雑な人、と様々です。どの場合でも記録の基本は、発作の模様をありのままに順を追って記録することにあります。その記録方法は、患者さんの発作にあったノートを作るなど記録の方法を工夫すべきです。

(つづく) 

「てんかん発作の介助と観察」(24)

財団法人日本てんかん協会発行

監修:国立療養所静岡東病院(てんかんセンター)院長清野昌一

http://www.izu.co.jp/~jintoku/saburou.htmに子供の短歌をまとめてあります。

【4】発作を起こしやすくする要因

てんかんとてんかん発作が正しく診断され、抗てんかん薬が適確に処方され十分な期間用いられていても、およそ四分の一の患者さんでは発作が十分に抑制されずにいわゆる難治てんかんの経過をたどります。この難治性の症例のはぼ40パーセントほどに、直接あるいは間接の発作を誘発する因子があるとみなされています。そのあらましを説明します。

1.覚醒と睡眠のサイクル

 突然意識を失う大型のけいれん発作(全般性強直間代けいれん)は、それが専ら起きる時間帯から、覚醒時にだけ起きるもの、睡眠時にだけ起きるもの、そのいずれでもないものに分かれます。これは一日の中の覚醒と睡眠のサイクルに関係して発作の起き易さがゆらいでいることを示しています。

 手や足を睡眠時ピクつかせるミオクロニー発作は、眠りが醒めた直後に起こり易いものです。レンノックス・ガストー症候群によく見られる軽い強直発作は、浅い眠りの時に好んで起きます。ごく軽い強直発作では、うっすら目をあけてわずかに呼吸のみだれをしめすだけの場合もあります。一晩に何十回、何百回もくりかえすのが特徴です。

 過労に寝不足が加わると著しく発作が起き易くなります。徹夜マージャンの明方に大きなけいれん発作を起こすのがその一例です。

2、寝不足

 抗てんかん薬には多かれ少なかれ眠気をさそう副作用があります。自覚的に眠気がないと思っても、健康な人よりも1時間はど長く寝むることがのぞましく、朝起きる時に寝たりない感じをもたぬことが睡眠時間のひとつの目安となります。昼寝をすると夜の就眠時間が遅れるのですすめられません。

 寝不足はてんかん発作を起きやすくします。寝不足した翌日の朝方か昼間に発作が起きるのです。寝不足の翌日には早めに床に入るのがよいでしょう。

3.光の影響

光の刺激によって発作が起こり易くなる患者がいます。それが確かであれば、テレビ、映画、ディスコの証明などは避け、距離を置いてテレビを見るなどに気をつけます。サングラスを用いると予防できる場合もあります。しかしこのような注意は、光に感受性があるてんかん発作をもつ患者さんについてだけ言えることで、すべての場合にあてはまることではありません。

4.併用薬物の影響

 向精神薬(レセルピン、クロルプロマジンなど)や抗うつ剤(イミプラミンなど)や副腎皮質ホルモンを使うと発作が起こり易くなる場合があります。

普段に用いる感冒薬や胃腸薬は差し支えありません。

 過度に飲酒すると発作が起き易くなります。乾杯程度であればいたし方ないが、酔うほどに深酒することは避けるべきです。また、アルコールを毎日飲む人はえてして薬を飲むことを忘れるものです。薬を飲まずに大酒を繰り返して飲んでいれば、てんかん発作は確実に起き易くなります。

5、抗てんかん薬を急に中断する影響

 健康な人でもバルビタール酸系薬物(睡眠剤)や酒精を長期間用いた後にこれを急に中断すると、けいれん発作が誘発されることがあります。同じことは抗てんかん薬についても言えます。

 抗てんかん薬を急に変更しあるいは中断したために起こる発作は、全般性のけいれんであることが多いのですが、その人本来の発作が頻繁に起きてくることもあります。

 フェノバルビタール、クロナゼバムを急に中断するとてんかん重積状態がもたらされることがあります。薬を減量、中止する時には、自分で判断するのではなく、主治医の意見をよく聞くべきです。また他の病気のために手術を受けるときなどには、てんかん薬を飲んでいることを主治医にはっきり伝えるべきです。

6.水分のとりすぎ

月経の前に発作の頻度が増えることがあります。これは体内の水分が増えるためで

利尿剤を用いることによって防ぐことができます。

男女を問わず過度に水を飲むことは避けるべきです。塩分をすくなくすると、のむ水の量が少なくてすみます。水と塩についてのこれらの注意は、過度に摂りすぎたばあいについて言えるのであって、普通の生活をしている場合にはあまり神経質に制限をくわえる必要はありません。

7.その他の要因

以上の他に、血液がアルカリ性に傾いた時、酸素が十分とれない状態、発熱、血液の糖分が不足した状態、血液のカルシュウムが欠乏した状態のときに、発作がおこりやすくなることが知られています。これらは主治医が気をくばって注意すべき要因です。

 注意を集中したり、物事に熱中している時は、発作は起こりにくく、ぼんやり気を抜いている時に、発作が起こりやすくなるといわれています。過保護にせず心身共に適度の刺激を受けていることが、日常生活の上で大切です。

完結


平成20年7月8日

26歳となりたる息子が突然の発作に襲われる

平成20年7月分より抜粋

かぐわしく梔子(くちなし)の花匂いたりわが子と静かに歩く夕べに

金がなに仕事がなんだ子育てに失敗したらなにで償う

本当に子と向き合っているのかと内なるわれが問いかけてくる

飽くこともなく眺めおり億年を生きくりかえす波の営(いとな)み

われを呼ぶただならぬ声ひきつける子を胸に抱き妻叫ぶ声

ひきつけの子供をいだく妻のそばで立ちつくしてる何をなすべく

癲癇の症状みせて痙攣(けいれん)し子は新たなる姿を呈す

癲癇の発作おさまる子を寝かせ低き声にて妻話し出す

平成20年8月分より抜粋

吹き抜けの高き天井安心をしたるごとくに子は横たわる

この子には今生きているこの時のその道程が大切なんだ

眠剤の増量きかぬ子をなだめ脳波の検査が二時間を越す

薄暗き病室に子を寝かせおり脳波の検査させなんとして

小旅行のごとく喜ぶ子を連れて脳波検査に静岡に行く

採血とCT検査を無事終えて脳波検査に子は入らんとす

子の脳波調べ終りて見つかりぬ脳前葉に異常のあるを

クスリづけするしかなくて幼子(おさなご)が植物人間となりたる話

クスリ止め占い師などに頼むうちたちまち死んだ子供の話

頻繁に発作起こすは睡眠の不足のためと眠剤よこす

薬害をいえば発作で子の脳が破壊されてもいいのかと言う

増量をされたる薬眠剤も加わりて子の検査が終る

溌剌(はつらつ)としたる精気を奪いたり薬はわが子の発作を抑え

発作終えテレビ見いるわが息子その後姿(うしろで)を見守りている

発作なく眠れるわが子眠剤がきいてぐっすり眠っておくれ

 

てんかんは転換の意か早よせよというがごとくのわが子の発作

うら庭に金木犀の咲いてるとわれの手を引くもの言えぬ子が

一生は苦しみごとの連続と思えど子よりは除きやりたし

眠剤の増量きかぬ子をなだめ脳波の検査が二時間を越す

薄暗き病室に子を寝かせおり脳波の検査させなんとして

小旅行のごとく喜ぶ子を連れて脳波検査に静岡に行く

採血とCT検査を無事終えて脳波検査に子は入らんとす

子の脳波調べ終りて見つかりぬ脳前葉に異常のあるを

クスリづけするしかなくて幼子(おさなご)が植物人間となりたる話

クスリ止め占い師などに頼むうちたちまち死んだ子供の話

頻繁に発作起こすは睡眠の不足のためと眠剤よこす

薬害をいえば発作で子の脳が破壊されてもいいのかと言う

増量をされたる薬眠剤も加わりて子の検査が終る

溌剌(はつらつ)としたる精気を奪いたり薬はわが子の発作を抑え

発作終えテレビ見いるわが息子その後姿(うしろで)を見守りている

発作なく眠れるわが子眠剤がきいてぐっすり眠っておくれ

 

肥(ふと)りたる子の腹なでて癲癇の薬のためと妻われに言う

施設での規則正しき生活が子の健康を保ちいるらし

心障の子のためせめてと食べさせる糖尿病を気にかけながら

癲癇の発作抑える薬にて食欲が増しわが子は飢える

施設にて五日過して週二日食べ続けては眠らざる子よ

ケロイドの火傷(やけど)の痕あり十二指腸の手術痕あり心障のわが子

癲癇の発作に苦しむ知恵薄きわが子をどうぞお救いください

脳天をバットで叩くほどという子の癲癇のその衝撃は

ああ神よ至らぬわれの罪科(つみとが)を息子に向けて苦しめますか

ああ神よわれを直接苦しめよ息子は何も罪はなければ

 


介護と短歌(歌誌「賀茂短歌」平成15年5月号より)               

電車に乗れば大喜びで声上げる今年二十歳となれるわが息子(こ)は

 短歌を作り始めて二十年になります。それはちょうど心に障害を持って生れた子供の年齢でもあるのです。

 一ヶ月おきに妻あてに届く小冊子が歌誌であることを知るまで二年かかりました。妻が短歌を作ることに気がついた後も、私自身はなんら興味を持ちませんでした。

 高齢者なり病人なりを介護するということは、一家の生活の根本に関ってきます。そのために、物質的にも精神的にも多くの犠牲を強いられます。そして、それが日常化するのです。

 自分たちは、この障害を持って生れた子供を育てることが出来るだろうかと思ったとき、私は病弱の妻が気になりました。そして、妻の趣味である短歌のことを考えるようになったのです。短歌がごく自然にわたしのなかに入ってきたのでした。

啄木は故郷を追われ、病苦と生活苦に喘ぎました。そうした啄木を支えたのが短歌でした。

小さな存在でしかない、われわれ人間の寄る辺ない不安と苦悩を支えてくれる。短歌はそういうものだと思うのです。

歌集「祈り」より(平成11年9月発刊)

「あとがき」より

  短歌を作り始めて、十六年が過ぎようとしています。それは、ちょうど、心に障害を持ってうまれた子供の年齢でもあります。
 作れば作るほど、短歌の道の険しさを思い知るこの頃で御座います。しかし、短歌は何故か止められないのです。短歌は、障害を持って生まれた子供のまさに私へのプレゼントのような気がしてならないのです。
 短歌の才能は、むしろ無い方かもしれません。突然障害を持った子供を授かり、それと同時に短歌も降って湧いたように私の前に現れたのでした。短歌は私にとっては、やれども、ますます闇深くなるような道に思えます。しかし、障害の子供と同様に、この苦手な短歌とも終生に渡り付き合ってゆきたいと思うのです。
 歌集の題に、祈りという大きなテーマを、そのまま付けてしまいました。題にふさわしい歌がどれほど詠めたか、はなはだ疑問です。しかしながら、一日一日を今日は無事に過ごせるであろうかと、また、今日は一日無事であったと、感謝もし、祈りもして生きてきたことも事実なのです。
 昨年七月より、インターネットのホームペイジ「人徳の部屋」を開設し、日記のように短歌や雑文を載せてきました。十ヶ月余りの間に、千四百首余(改作も含む)の歌を得ました。ほとんど、取るに足りないものばかりですが、その中より四百首余りの歌を自選推敲し、この度の歌集「祈り」とした次第です。
意味は、正しく伝えたいと思っています。しかし、ほんとうに伝えたいのは、意味の背後に立ち上がってくる思いなのです。言葉自体の装飾にこだわったり、単純な意味をわざわざ複雑にしたり、難しくするようなことは、しなかったつもりです。ただ、反省もあります。観念的な傾向が強いことも、そのひとつです。自然に出来た歌を、ただごと歌として捨てているかもしれません。それらのことにつきましては、今後の歌集に委ねたいと思っております。


はじめに   


 

平成20年7月分より抜粋

かぐわしく梔子(くちなし)の花匂いたりわが子と静かに歩く夕べに

金がなに仕事がなんだ子育てに失敗したらなにで償う

本当に子と向き合っているのかと内なるわれが問いかけてくる

飽くこともなく眺めおり億年を生きくりかえす波の営(いとな)み

われを呼ぶただならぬ声ひきつける子を胸に抱き妻叫ぶ声

ひきつけの子供をいだく妻のそばで立ちつくしてる何をなすべく

癲癇の症状みせて痙攣(けいれん)し子は新たなる姿を呈す

癲癇の発作おさまる子を寝かせ低き声にて妻話し出す


眠剤の増量きかぬ子をなだめ脳波の検査が二時間を越す

薄暗き病室に子を寝かせおり脳波の検査させなんとして

小旅行のごとく喜ぶ子を連れて脳波検査に静岡に行く

採血とCT検査を無事終えて脳波検査に子は入らんとす

子の脳波調べ終りて見つかりぬ脳前葉に異常のあるを