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KAZU中西のアメリカ武者修行

7月17日(土)曇りのち晴れ

今日の成田はとても暑かった。だまって突っ立っていても額に汗がにじみでるほどだ。
搭乗時間まで余裕をもって10:00に空港入りしたが、16:00のフライト予定なので時間がある。
空港内は夏休みの大学生だろうか、やけにトロピカルな格好をした若者がうようよしている。 俺はグループツアーの客じゃないので、独りで飯を食ったり、タバコを吸ったり、ウインドショッピングしながらひまをつぶした。
やがて、16:00になり搭乗手続きがはじまった。とりあえず何をやらなきゃいけないのかまったくわからんから、係員のお姉さんの言う通り、あっちへ行ったりこっちへ行ったり…。そうこうしながら、17:45には俺を乗せたJAL2便は日本を離れた。機内は禁煙なので空気は良いが、愛煙家の俺には地獄のようだ。

約8時間後、Boeing747はSan Francisco空港に到着。時差があるので、同日到着になる。あらかじめ機内で説明を受けたとおり、入国手続きカウンター(NON〜の表示の方)へ行く。
5分くらい並んでいると、空港の係員が「Hey!!BOY.Come Together」と言って、俺をすいているカウンターに連れて行ってくれた。(ん〜ん。俺はBOYに見えるんだな)
ここの手続きは簡単に終わって、次は税関に行く。ここでもすっかり“BOY"扱いだったが、なんなくクリアーした。
そこから外へ外へと歩いていくと、単車仲間のShogoが迎えに来てくれていた。
彼はアメリカに2年ほど留学していて、今の俺には心強い味方だな。
先ずは飯を食いに行こうって事になり、San Franciscoのダウンタウンにある中華料理屋に連れて行ってもらう。日本の中華街もあまり良い雰囲気とは言いがたいが、ここの街はもっと危ねぇ感じがする。
薬物によるものなのか、目つきがあやしい若者がウヨウヨしてるしな。
店では飲茶とかシュウマイ、餃子等を腹いっぱい食った。料金は20ドルで、日本で食うよりとても安上がりだった。

  

その後はゲイの街に行ってみようという事になった。
San Franciscoはゲイの街としては全世界的に有名で、その街の目印は「レインボーフラッグ」と呼ばれるオレンジ地の旗だ。
路上では裸のおっさん達が抱き合ったりキスしていたりで、日本ではまず見ることが出来ない光景が展開している。
ゲイの人には申し訳ないが、俺はちょっと気持ち悪りぃぃって気がしたな。
お次はゴールデンゲートブリッヂへ行ってみる。ここは観光地としてはあまりにも有名だが、俺的には感動しなかったね。
日本にだってこの橋の縮小版みたいなのがいくつもあるから。


7月18日(日)晴れ

今日はギルロイのアウトレットモールに行ってみる。
これまでKADOYAのブラックアンクルで歩き回っていたんだが、いつもブーツじゃきびしいのでBASSのデッキシューズを購入した。
その次はアイスクリーム屋に立ち寄り、チョコミントを注文してみる。
サイズはSmallを選択したんだが、日本のそれと比べて約3倍くらいの大きさだ。
値段は2ドル。こんなの毎日食ってたら絶対に太るわって感じだな(笑)。
その後、軽くバーガーでも食うかと、サリナスまで移動してIN-N-OUTつう店のダブル&ダブルSetに挑戦。(マクドナルドのビッグマックSetのようなもの)
日本のバーガーに比べて量がとにかく多いので、おやつのつもりがディナーになっちまった。味の方は可もなく不可もなくって感じ。

 

食後はモントレーのラグナセカSpeedWayに行ってみたが、先週スーパーバイクWeekが終わったばかりだったので、とても閑散としていた。


7月21日(水)晴れ

本日いよいよ愛機となるKawasaki CONCOURSとご対面となる。
LOS ANGELES郊外のTenpleCity PowerSports Kawasakiに行き、セールスマンのジョン氏に会う。
登録の手続き書類につぎつぎとサインして、CONCOURSはいよいよ俺の物となった。(保険等の難しい単語が出てくる場面では、友人Shogoに手伝って貰った)
Keyを受け取った後は、日本から持って行ったイモビライザー(アメリカではもはや常識の防犯グッズ)を取り付けたり、パニアケースに荷物を収納したりの出発準備をする。
盗難防止グッズに関しては、日本から持って行ったバーロック2本、ディスクロック1個、その他にCONCOURS標準装備のチェーンロック1本があるため、本当に鍵だらけって感じで少しうんざりする
1時間ほどで出発準備も完了したので、とりあえず飯でも食うかと店の近くのYOSINOYA USAに行ってみる。
俺はビーフボールのレギュラー(牛丼の並)を注文した。
値段は2ドル59セントなので、日本の吉野屋より少し安いかな?
味は日本のそれに比べてかなり薄味でたまねぎはなんとナマだ。
しかもプラスティックのスプーンで食っているせいか美味しくない。ふと周りを見まわすと、箸を使っている人を発見。
そんじゃあ俺も大和魂見せるかと箸を貰いに行く。(箸はチョップスティックという)
やっぱり牛丼は箸で食うべきだね(笑)。腹ごしらえを済ませ、いよいよアメリカ1周ツーリング開始だ。
ここまで同行してくれたShogoはARIZONAの方へ行くとの事なので、ここでお別れだ。
生きていたらまた会おうぜ!!少し緊張しながら、俺もCONCOURSを発進させた。

 

先ずはCALIFORNIA州道(以下ST)19を北上し、インターステートHighway(以下I)210に合流する。
I-210East、ST66と乗り継ぎ、Uplandを過ぎたらI-15Northへ入る。
途中からUS Highway(以下US)395Northに入り、本日の目的地Death Valley(デスバレー)を目指してひたすら北上する。
約100マイルほど走ったところで給油の為、GASステーションに立ち寄った。
俺はPremiumガソリン(92オクタン)を入れるつもりだったが、緊張のせいで間違えてRegular(87オクタン)を入れてしまった。(苦笑)
周りでは給油しながらビール飲んでる奴がいたりで、「ああっ。ここはアメリカなんだなぁ」と妙な実感をしてみる。
酔っぱらいにからまれても嫌なんで、給油が終わるとそそくさと出発した。

US395を更に北上してOlanchaつう小さな町に着く頃はもうすっかり夕暮れになってしまったので、今日はここまでって事にして、泊まれるモーテルを探す。
この町にはモーテルが2件しかなく、俺は小キレイな方を選んだ。
初めてのチェックインで緊張したが、単語を並べて喋り捲りどうにか部屋を確保する事が出来た。
部屋はバスタブも無いしょぼい物だったが、スタッフがとても親切に対応してくれたので、まぁ良しとするか(笑)。

#本日の走行 300mile


7月22日(木)晴れ

いよいよDeathValleyに挑む。US395からST190に入り、ここからしばらくは1本道となる。
右も左も建物など全く無く、見渡す限りの平原が広がっているだけで、すれ違う車も無い。
不気味なくらい静かな道を俺一人が走っている。
時折、赤い体の蜂や紫や青の見たことも無い虫が、スクリーンや肩のプロテクターにぶち当たる。
気温は40℃を超えていたが、とてもジャケットを脱げる状態じゃねえな。

30分ほど走るとツイスティーな峠道になって、ここまでの直線道路に飽きていた俺は少し嬉しくなった。
路面の荒れ具合とRの感じが首都高環状線に似ていて、制限速度が35マイルとなっていたが気がつくと50マイルくらいで走っていた。
ここで捕まっても嫌なので、少しずつペースダウンしながらひたすら前へと進み、途中のちょっとした広場で休憩をする。
そこで同じく休憩していたアメリカ人達は、俺の格好が珍しいのか遠巻きにこっちを見ている。
やがて1人のおっさんが近づいてきて「これはBMWか」と話し掛けてきた。
俺は「NO.It's Kawasaki」と答えると、「Japanese MotorCycle is Nice.But I have ハーレー」とか言っていた。
なんだ、ハーレー乗りじゃん。2言3言単語で話していると、物凄いJET音が聞こえてきて、周りにいたアメリカ人達がいっせいにカメラを構えだした。
俺は「???」と音の元を探して辺りを見まわしていると、手が届く位の近くにいきなり銀色のF-15の腹が現れた。
どうやら、谷底から上昇してきたみたいだ。
きりもみ飛行しながら、谷の底へ消えたり真上まで上昇したりを繰り返している。
こんな間近で訓練飛行を見るのは初めてだったので、しばらく口をぽかぁんと開けたまま見入ってしまった。

  

15分程経っただろうか、F-15も見ていたアメリカ人達もいなくなってしまい、俺一人がぽつんとそこに居た。
気を取り直して、再出発した俺とCONCOURSはST190からST373Northへと進む。
この分岐から7マイルほど北上すると、丁度GASステーションがあったので、給油に立ち寄った。
もうここはNEVADA州だ。鉄格子が窓という窓に付けられていて、とても嫌な感じだ。
ガソリン5ドル分と飲み水を補給し、すぐさま出発する。
しばらく北上するし、US95Eastに入りLas Vegas(ラスベガス)に向かった。
道路の両側には平原と砂漠が広がっていて、車を運転している人たちはHATとサングラスを身に付けている。
日差しがとても強いので、当然の装備だ。
約120マイル程走ったところで、Las Vegasに入った。
気温は42℃以上で風も無く暑くてたまらん。
ロスでバイク屋から「600マイル走ったら、必ず初回点検するように」と言われていたのを思い出し、猛暑の中、Kawasakiディーラーを探す。
吹き出る汗を拭いつつ、街の中を走り回るも、一向にディーラーが見つからない。
途方にくれた俺は、ちょっと休憩するかとスーパーマーケットの駐車場にCONCOURSを停め、木陰で休む事にした。
辺りを見まわしていると少し離れた所にZX-7Rが停まっているのを発見し、「この持ち主ならディーラーを知っているかも」と、そばまで移動して持ち主が戻ってくるのを待った。
約10分後、持ち主が現れたので、「Do You Know Kawasaki Dealer?」と話し掛けると、「Yes.it's My Uncle'sSHOP」と言っている。
「Can You Take Me Tha Shop?」と言うと、「O.K.Follow Me.」と言ってくれて、俺をディーラーまで連れて行ってくれた。いやぁ、本当に助かったぜ。
7マイル程離れたST599沿いにそのディーラー「Kawasaki Las Vegas」があった。
俺は彼に何度も礼を言い、「コークでもおごるよ」と言うと、「同じKawasaki乗り。気にすんな」と爽やかな笑顔とともに、彼は何処かへ行ってしまった。
名も知らぬKawasaki乗りのおかげで俺のCONCOURSは、初回点検とオイル交換を無事に終えた。

その後、今日はここで泊まるかと宿探しを始めるも、部屋の前にバイクを停めれるモーテルが見つからず、仕方なく俺は郊外のBoulderCityまで移動して、チェーン店の「スーパー8モーテル」に泊まる事にした。
今日はディーラー探しで疲れ切っていた為か、ぐっすり眠る事が出来た。

#本日の走行 300mile


7月23日(金)晴れ

朝9:00にモーテルを後にして、目指すはヒストリックR66だ。
US93でHooverDam脇を通過し、ARIZONA州のKingmanまでひた走る。
KingmanのCafeで昼食にバーガーを注文すると、とても食いきれないほどの物(500g位)が出てきた。
とりあえず食えるだけ食ってみるかとチャレンジしてみるものの、半分くらいでGive up(笑)。
これを軽くたいらげるアメリカ人って???。外で一服し終えて、いよいよR66にチャレンジする。

俺とCONCOURSは東へとひた走り、途中のSeligmanつう町でCoffeeBreakする事にした。
土産物屋を兼ねたCafeの先客達は、COWBOYHATの金髪GALと太った白人のおっさんで、GALに「写真撮らせて」と言うと、「おい、若いの。ここはCoffeeを飲む所だ」と白人のおっさんに叱られた(苦笑)。

 

Coffeeとタバコを一服した俺は、Flagstaff目指し、再出発する。
「これがアメリカのマザーロードか」とか「本当に連日クソ暑いなぁ」とかいろんな事を考えながら、R66をひた走った。途中雨に降られるが、俺は合羽が嫌いなので、KADOYAバトルスーツUのまま雨の中を駆け抜けた。
Flagstaffに入ってからは、いつものようにモーテル探しだ。
町の少し外れに「スーパー8」を見つけ、フロントで「部屋の前にバイクを停めれるか?」と訊ねると、「部屋の中に入れていいぞ」と言われた。おおっ、これはラッキーだぜ。
CONCOURS盗難の心配無しに泊まれるのはとてもありがたい。
気を良くした俺は、ここで2泊する事にした。

#本日の走行 300mile


7月25日(日)晴れ

ゆっくり休んで体力も回復した俺は、今後の旅に向け気合を入れ直して出発した。
US89をひたすら北上するが、今日もとても暑くてただ走っているだけでもかなりキツイ。
左手にはGRAND CANYONが有り、俺的にはとても行きたかったが、その辺りの上空には巨大な黒雲が頓挫していた。
おそらく大雨だろうと思いながら走っていると、US89上も暗雲に覆われてきて、突然バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
加えて、物凄くでかい稲妻が道路脇にバンバン落ちている。これがテレビで見た「サンダーストーム」という物なんだろう。
被雷しちゃたまらんと、その場から逃げるようにアクセルを開け続けた。
約180マイルくらい走ったところで、Pageという街にたどり着き、給油と休憩をする。
今日はSaltLakeCity(ソルトレイクシティー)まで行くつもりだったので、暗雲の中を再出発した。

Utah州に入ってからは天候も落ち着いてきてだいぶ走りやすくなり、LongvallyからST14の林間ルートを走る事にした。
両側に白樺が広がるこのルートは、まるで軽井沢あたりを走っている感じで、とても気持ちがいい。
今までのクソ暑さはなんだったのだろう(笑)。
ツイスティーなこのルートを楽しみながら、俺とCONCOURSはCedarcityに入り、ここからはI15を北上した。
時計を見るとすでに17:00を回っていて、ここから約300mile先のSaltLakeCityにたどり着く頃は夜中になると判断し、行ける所まで行く事にした。

I15はほとんど直線で退屈極まりないって感じだったが、とにかく前へ前へと進む。
ここで単車乗りになってから初めて、アクセルを開け続ける苦労を思い知る事となった。
この辺りの速度制限は75mileで回りの車の流れはそれ以上だ。(時速130km/hくらい)
巡航速度80mile/hで200mile間をアクセルを戻す事無く走り続け、Nephiという街にたどり着いた頃には、右手の握力が殆ど無くなっていた。

#本日の走行 500mile


7月26日(月)晴れ

昨日の疲れがまだ残っていたが、荷造りを済ませSaltLakeCityを目指して出発する。
しばらく走ったところで問題発生!!
なんとI15とI80のJunction付近が大工事中で地図とはかなり違っている。
しかも太陽が殆ど真上にある為、東西南北も判らない。
仕方ないのでそのまま直進していくと、SaltLakeCityを通り過ぎ、Laytonつう街まで来てしまっていた(笑)。
まぁ、旅だからこんな事もあるさと開き直った俺は、近くにあったデニーズで軽く飯を食うことにした。
注文を取りに来たお姉さんにパンケーキのSetを頼むと、「お飲み物は?」と言うので、「Milk」と答えると銀歯をむき出しながら奥へ入っていった。
しばらくすると、パンケーキとコーヒーが出てきたので、先ほどの「Milk」は冗談だと思われたようだ。
味の方は日本のデニーズのそれと同じで、なんとなく安心する。
腹ごしらえも済ませたところで、そんじゃあBonneville Speed Wayにでも行ってみるかと、I80Westへと進んだ。

ここは右手にGreatSaltLakeを見ながらの直線道路だ。
「またアクセル開け続け地獄か・・・」と思いながら、ひたすら西へと進む。途中に地図には載ってないが、GASステーションがあったので、給油に立ち寄ってみる。
刺青を入れたお兄ちゃん達が屯していて、あまり良い雰囲気とは言えないが、ここで怯んでは大和魂が廃るぜと思い、兄ちゃん達の間を割ってキャッシャーにカネをDepositしに行った。
「1のポンプで5ドルくれ」とキャッシャーにカネを渡して外へ出ると、先ほどの兄ちゃん達が「おまえはロードウォーリアーか?」と聞いてくるので、「I‘m Not メルギブソン」と言うと、それまで緊迫していた雰囲気が一気に和んだ。
給油を済ませ飲み水を買いに再度キャッシャーに行くと、兄ちゃん達は「Have a nice Trip」とか「You are nice guy」などと笑いながら声を掛けてきた。どうやら俺的なギャグが受けたようだ。

 

その後、更にI80Westに進みWendoverつう町からBonnevillle Speed Wayにアプローチする。
とりあえず入り口までたどり着き一服していると、他の観光客が「おまえもTryするのか?」と聞いてきた。
荷物がフル装備なのにTry出来る訳ねえだろと思ったが、どうせアメリカンジョークだろうと「No Try」と答えると、案の定「I Think so that」と返された。
辺りは見渡す限りの塩の平原で、なるほどSaltLakeFlatだわと思ったね。
ここの気温もやはり40℃以上で、本当にどこもかしこもクソ暑いぜぃ。
連日の猛暑と走行からくる疲れから、今日はちょっと良い宿に泊まるかと考えた俺は、SaltLakeCityに逆戻りすることにした。

I80Eastに進み、SaltLakeCityに入ってからモーテルと銀行探しの為、街の中心部をぐるぐる回った。
通行人に「銀行は何処にありますか?」と訊ねれば簡単に見つかるとは思ったが、自己防衛上、そんな間抜けな質問はできねえな。
街中を30分ほど彷徨い、ようやく俺のキャッシュカードでカネを下ろせる銀行を発見。
銀行の前は駐車禁止エリアだったが、荷物満載の愛機を離れた所に置き去りにする事は出来ないので、急いでカネを下ろす事にした。
キャッシュディスペンサーでカネを引き出しながら周囲を見ていると、なんと駐禁の切符を切りながら、俺のCONCOURSに車が近づいてくるじゃねえか。
「おおっ、こりゃヤバイ」と出てきたカネをポケットに突っ込み、すぐさま発進させた。
とにかく一刻も早くこの場を逃れようと、銀行前の通りでUターンをかますも、バランスを崩してしまいコケそうになった。そこへ運悪く、地元の走り屋兄ちゃんの駆るミツビシ3000GT(日本名 GTO)が勢い良く突っ込んできた。
「もう、駄目か・・・」と思ったが、俺は全力で踏ん張り何とか接触を避ける事が出来た。いやぁ反省反省。
その後は郊外のParkCityつう街まで移動し、1泊70ドルと少々高めのホリディインにチェックインした。

#本日の走行 400mile


7月27日(火)晴れ

次の目的地をCOLORADO州のDenver(デンバー)に決定した為、今日は距離を稼ぐ事に専念する。
I80Eastを走るもまたもや直線続きで、途中何度も雨に降られた。
アクセルを開け続ける苦労と闘いながら、WYOMING州のRawlinsつう街にたどり着き、スーパー8にチェックインした。
食料を買出しに町へ出るとCOWBOYスタイルの人がやたら目に付き、FoodMarketに入ると、やはりここでもみんなCOWBOYルックだ。
店内には食料品の他にタバコとエロ本がたくさん置かれていて、タバコに関しては、今まで回ってきた何処の州の値段よりも激安だ。
他の店にも行ったがやはり同じような感じなので、COWBOYはタバコとエロ本が好きなんだと勝手に思い込んでみた。

#本日の走行 400mile


7月28日(水)曇り

気温はあまり暑くは感じなかったが、相変わらずサンダーストームの中を走り続けた為、今日もヘトヘトになる。
途中のGASステーションでCowGirlに逆ナンされるも、言っている事が全く解からず、ハイ、サヨウナラ。
気を取り直して、再び走り出すと、もうすぐそこはDenverになっていた。
きっとぼーっとして走っていたんだろうな(笑)。

#本日の走行 300mile


7月29日(木)晴れ

今日は少し南下して面白いところでも見つけるかと、I25Southを走る。
だが、特別面白い所は発見できず、さらにキョロキョロしながら走っていると、背後に付いたハイウエィパトロールが派手にフラッシャーを点けた。
「あっちゃぁぁぁ。やっちまったぜぃ。」と素直に停止すると、警官が近づいてきて「ライセンス云々」言っている。
免許を見せようとポケットに手をやった瞬間、彼は拳銃に手を掛けた。
「INTERNATIONAL License is・・・」と言うと、彼は拳銃から手を離した。ふぅ、とりあえず一安心したぜぃ。

国際免許を見ながら「Trip?」とか色々話し掛けられたが、何を言っているかは全く解からずじまいだった。
仕方が無いので「I Can not Speake English well」と言うと「I Can not Speake Japanese」と返された。
とりあえず切符は切られずに済んだが、何で停められたのかは不明だった。

#本日の走行 200mile


7月30日(金)晴れ&雨

この日もDenver内を走り回るも、車が多くて渋滞してるだけで全然面白くない。
それでは次の目的地、NEBRASKA州のLINCOLNに向かって街を出る事にした。
US36Eastに乗りひたすら東へ走っていくと、さながら広域農道って雰囲気になってきて、気がつくとKANSAS州に入っていた。
道の両側にはとうもろこし畑と牛の放牧してある草原がどこまでも広がっている。
本当に行けども行けどもとうもろこしと牛ばっかりだ。
初めのうちはのどかでいいなぁなんて考えていたんだが、3時間以上走っても景色が一向に変わらないので、だんだん飽きてきた。
集中力がなくなってきた頃、通り沿いに小さなバーガー屋を見つけ、ここで昼食&一服をする。

中へ入るとこのクソ暑い時に上下レザージャケットの輩が珍しいのか、店員にも他の客にもじろじろ見られる。
メニューを見ても何が書いてあるのかさっぱり解からないので、ウェイトレスに「Do you have some B.L.T?」と言ってみると、「Sure.anything eles?」と返された。
ここで他になんか頼んでもまた食い切れないだけなので、「That it」と言うと通じたのか奥へ引っ込んでいった。
10分後、ベーコンレタスサンドとコーヒーが出てきて、少しほっとする。
ボリュームは食パン2枚分で、アメリカ人には少ないと思うが俺には丁度いい感じだ。
食い終わって代金とチップをテーブルに置き、外へ出ると、バーガー屋の倅だろうか、芝刈りエンジンを搭載したバギーで駐車場を走り回っている。
年齢は6歳くらいだろう。いかにもアメリカの子供って感じがする白人だ。
彼は俺と目が遇うと、「俺はNASCARのドライバーになるんだ」と言うような事をしきりに言っている。
「You can do it」って言うとニコッとしながら、「Thank you.Guy」と言い店の裏の方へ行ってしまった。
あのくらい子供のうちから練習していれば、本当にNASCARのレーサーになれるかもしれんなと思いながら、一服を済ませた俺は再出発した。

とうもろこしと牛の中を走ること6時間、Nortonつう町に入り、そこからUS283Northへ進む。
15分程でKANSAS州からNEBRASKA州に入り、US6とぶつかった辺りで宿探しを始めた。
US6Eastを2分程走った右側にモーテルを発見。
ボロかったが先に進んでも見つかる保証は無いので、ここに泊まる事にした。
どうやらお客は俺1人の様だ。値段は1泊47ドル。部屋の中はかなりノスタルジックな雰囲気で、洗面台は大理石のくり貫きという凝った物が置かれていた。
テレビをつけてESPNにチャンネルを合わせると、カルガリーホースライディングをやっていた。
CawGirlが馬を操り、単車で言うところのジムカーナのような事をするものだ。
彼女たちのライディングは非常にスピーディーで切れがあり、コーンの周りをターンさせるところなんか、絶妙って感じだ。この娘達の恋人はかなりタフGuyじゃなければ持たんな(謎)。
荒馬をじゃじゃ馬が乗りこなす姿はとても激しく鮮やかだったぜぃ。

シャワーを浴びて就寝したんだが、夜中の2:00頃にCONCOURSのイモビライザーが発動。
俺はベッドから飛び起きて、カーテンの隙間から外の様子を窺ってみる。
誰もいない様なので、外へ出て確認するも、やはり辺りには子犬1匹いなかった。
ほっとしてベッドに戻ったが、なかなか寝付けず早く夜があければいいなと思った。

#本日の走行 300mile


7月31日(土)曇り

少し寝不足気味だが、長居は危険と考え、8:00頃に出発した。
今日中にLINCOLNに入ろうと思い、US6Eastをひたすら走る。
周りの景色はとうもろこしと牛に加えて鉄道のレールが見え隠れする様になった。

12:00くらいにFriendつう小さな町にたどり着き、ここで一服することにした。
この町はまるで映画のオープンセットの様で、昼間だというのに人が殆ど歩いていない。気温が45℃もあればあたりまえか。

その後は順調に走ってLINCOLNに入った。
俺はKawasakiの工場に行こうと思っていたので、月曜日まではこの街で過ごす事になる。
それなら少し良い宿に泊まるかと考え街の中を探し回るも、週末のせいか空きが無い。

やっと見つけたモーテルは、フロントの姉ちゃんの彼とその仲間がロビーに屯している、あまり感じの良くない所だった。
タトゥーを全身に入れた身の丈2メートルくらいあるプロレスラー風の男に、「ZX-10?」と話し掛けられる。
あまり相手にしたくなかったので、短く「No」と答えると、サドルバッグのエンブレムを見つけたのか、「OH!!CONCOURS.fuck‘n Kawasaki It's Cool」と叫んでいる。
こいつ何言ってんだろうと思ったが、とりあえず「Thank you」と言っといた。
なんだか今日も安眠出来そうにないな(苦笑)。

#本日の走行 230mile


8月2日(月)雨

朝から雨が降っていたが、俺は相変わらず合羽を着る事も無くLINCOLN工場へと向かった。
街の中心部からUS34Northへ進むと、左手にKawasakiの文字と空港が見えてきた。
工場の受け付けに行き、「見学したいのですが」と言うと、「あなたはKawasakiの何を所有していますか?」と聞き返されたので、「CONCOURSとGPZ900Rを持っています。」と答えた。
英語が堪能なら「持ってるなんてもんじゃねえよ。かなりのKawasakiフリークだぜぃ」と言いたかったがな。

しばらく待っていると日本人の菅原さんが出てきてくれた。
12日ぶりに会う日本人に少し感動する。ノンアポでただのKawasaki乗りの俺に、菅原さんと他のスタッフは快く見学を承知してくれた。
以前明石の工場に行った時も、同様に工場を見させて貰ったが、Kawasakiという会社は懐が深いし、対応がやさしいと思う。
俺のようなエンドユーザーに対しても、丁寧に対応してくれるし、他の会社なんかノンアポで行った場合、見学はさせてくれないからな。
セイフティーグラスを受け取り、俺は菅原さんの案内で工場内を見せて貰う事にした。

ここLINCOLN工場ではATV、MULE、MotorCycle、JetSkiを製造しているとの事。
特に現在はATV、MULEの売れ行きが好調らしく増産体制で頑張ってるらしい。
従業員は殆どアメリカ人で、日本人は6人くらいしかいないと説明を受けた。
工場内では女性も男性と同様に力仕事をこなしている。
日本では考えにくい事だが、アメリカではあたりまえとの事。これが本当の男女平等なんだと関心する。
MotorCycleの方は、バルカン、VN-15、ボエジャー、CONCOURS、KZ1000P、ZX-11、ZX-6を製造していた。
ちなみにここで初めて生産されたMotorCycleはハリバット(Z400RS)だ。
1974年、この工場が稼動し始めた頃、日系の企業でアメリカ現地生産はココが最初だったとの事。
“最強、最速"の世界と同様、さきがけはいつもKawasakiなんだと思ったね。
その後はJetSkiの製造ラインを案内して貰う事にした。
アメリカでは16歳以上は免許不要である事から、JetSkiは手軽なスポーツとして人気があるようだ。
ちなみにJetSkiはここでしか製造していないとの事。
現在生産されてい3人乗りの大型JetSkiは最高速が70mile/hにまで達していて、Powerは140馬力と説明を受ける。
これには正直驚いた。水上で70mileはかなり速いぜぃ。
いろいろ説明を受けながらとりあえずくるっと1周見せて貰ったところで、やはり日本人スタッフの加藤さんも合流してくれた。
いろいろな話を聴かせてもらっていると、昼食の時間になってので、「食事でもどうですか?」と工場内のカフェテリアに案内してもらった。
ここでは加藤さんの配慮で「ご飯」を頂けた。Kawasakiの工場で食べる「ご飯」の味は格別だ。その後は十分にお礼も言えないまま、俺はSt. Louisに向かった。

#本日の走行 不明



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