今日の短歌NO.3
 わたしの歌歴(後藤人徳)
 昭和59年「賀茂短歌会」入会。現在編集発行人。
  歌集:「母胎」、「祈り」「わが家の天使」

以下に紹介します作品は、作ったばかりのものをそのまま書いています。推敲の手があまり入っていません。未完成の部分が多々あると思いますが、参考にしてもらえれば幸いです。...作者より
この先は楽観論に基いて生きゆくことを始めんとする

短歌は、三十一音からなる小さな世界です。その中に自分の思いを込めます。ですから、時間はなかなか織り込めない。今の一瞬、一瞬を歌うしかないのではないでしょうか。そう思います。また、そのように作っています。

平成20年今日の短歌NO.3 平成21年今日の短歌NO.1 平成21年今日の短歌NO.2 平成21年今日の短歌NO.3

 平成21年今日の短歌NO.4 平成22年今日の短歌NO.1 平成22年今日の短歌NO.2 平成22年今日の短歌NO.3

短歌と私:高野公彦 田井安曇 五島美代子 五島 茂 岡野弘彦 田谷 鋭 塚本邦雄 土岐善麿 福島泰樹 前 登志夫 前川佐美雄 安永蕗子

短歌鑑賞:石川啄木(1) 大野誠夫 塚本邦雄 岡井 隆 前田夕暮 上田三四二(1) 上田三四二(2) 宮 柊二 斎藤茂吉(1) 斎藤茂吉(2) 

斎藤茂吉(3)

短歌鑑賞(発見ということ)(1)


(注)近作は二重投稿のために掲載を遠慮します

3月31日(火)

18年3月17日(土)

公園に飾られ回るかざ車その幾千を子らが作れり

花冷えというには早い開花まえの冷たき風が小枝をゆする

公園に子等のあまたな風車牛乳パックの底で作れり

潮満ちる浜に一羽のカラスおりひょいひょいひょいと横ざまに飛ぶ

3月29日(日)

18年3月15日(木)

日の光おだやかに差し春初め川瀬の音の軽やかに鳴る

節約はわが金繰りの要(かなめ)にてしかして詩歌の要諦と知る

弓なりになりし枯葉が舗装路を転がりてゆく春まだ浅し

獣(けだもの)の皮ぬぐごとく暖かき空気を感じ開く木蓮

3月28日(土)

18年3月14日(水)

何ゆえにスピード増して急ぎしや違反キップを切られ気がつく

運転の初心を忘れ惰性にて凶器であるをわすれ過すか

この歳で真に思うよ堂々と生きよう影に隠れなどするな

もう一度おのれを捨てて少年の頃に戻らん純なる頃に

3月27日(金)

18年3月13日(火)

一日に一首作りて残さんよ命一日延びる思いに

生きている思いがあれば必ずや歌が生まれんいのちの歌が

惰性にて生きいる故か生きていることでなければ歌も出来ない

3月26日(木)

23年4月7日(木)

生きてくれぼくのぶんまで生きてくれ子の墓に落ち椿が叫ぶ

伊豆にても霜置く今朝を被害地は電気なくしていかに過ごすや

菜の花の匂いはなにかなつかしいふるさとに来た思いして嗅ぐ

もの言わぬ子の墓に落ち山椿何叫ぶのか上を向きたり

安政の津波を受けて壊滅の下田市街は今息づけり

3月25日(水)

18年3月12日(月)

枯枝に止まる雨水今まさに花びらのごと白く輝く

木蓮が桃のつぼみがうぐいすが一度に春の始り告げる

花付けしシンピディウムは病い持つ妻が夏の間手入れしたもの

3月24日(火)

18年3月10日(土)

目的もなく薬局に立ち寄って栄養剤など買っているわれ

会社では資金繰りにて苦しめど月一万の小遣いで足る

凄まじき金繰りなれば先のことを数字にするは偽りに似る

六ヶ月一年先の金繰りを書けというのか書くは(やす)しも

3月23日(月)

18年3月8日(木)

耕せし畑を置きて入院す老い深めたり隣の人は

わが庭を覆いて咲きし木蓮が殺伐とする心鎮める

3月22日(日)

18年3月7日(水)

過ぎ去りしこと悔むまいこれからだわが人生は今に始まる

また冬に舞い戻りたるごとくなり早咲き桜散りてしばらく

無能とも愚図ともわれをいえば言えまず正直に生きんと思う

3月21日(土)

18年3月6日(火)

五十年前に下宿をせし街よ古びしままに食堂残る

人類の自然破壊の報復か風雨激しくわが窓を打つ

春嵐過ぎし夜更けの空は澄み煌煌として望月ひかる

3月20日(金)

18年3月5日(月)

わが里に増えたる鷺の華麗なる飛翔にもれる濁りたる声

個人主義思想に侵され来たるわれ殻に籠もるを常態として

ジコチュウは自己中心の意味にしていじめる側が言い訳にする

いじめにはめげないという手記遺し十五歳にて命を絶ちし

3月19日(木)

18年3月3日(土)

鶯の声定まらぬ山の駅に上京せんと息切れ登る

小切手が切れぬと言えばそのほうが良いと即座に弁護士は言う

出来ぬこと思い悩んで眠られぬ夜を過しし今に思えば

「倒産を救ってみせる」の著書を持つ弁護士が飾る娘の遺影

著名なる弁護士にして十五歳の娘(こ)の自死という体験を持つ

絶対に死ぬなというは今はなき娘に言いし言葉なりしや

「千の風になって」の歌詞を亡くなりし娘の写真に記(しる)す弁護士

自死をせし子の亡骸に何故という問いを幾たびしたるか語る

3月18日(水)

18年3月2日(金)

秒針を刻める音に心臓の音が重なり夜更けとなりぬ

ぎりぎりの思案の果てに行き着くかみ名を何度も床で唱える

弁護士に会わんと四時に目覚ましを掛け眠れずに三時となれり

3月17日(火)

18年3月1日(木)

自らを知れとう教え思い出(い)ず忙しく時を過ごしつついて

群がりて土を啄ばむ雀らののどかななかに真実がある

3月16日(月)

18年2月27日(火)

道上の山茶花の垣花びらを散らしていたりトタンの屋根に

廃屋のトタンの屋根は釘さびて風にめくれるたびに音たつ

根元には菜の花が咲き早咲きのさくらぬくぬく満開となる

3月15日(日

18年2月26日(月)

空気よりましの発想固定費の多いホテルの苦肉の策は

固定費が多く金繰り苦しくてまた安価なる団体をとる

不渡りの回避のためと業者には手形のジャンプをお願いに行く

結局は借りすぎなんだ売上げの三倍強の借り入れの額

功利主義時代を生きて六十年そろそろ脱皮の心がうずく

3月14日(土)

18年2月25日(日)

わが里に見知らぬ鳥が泳ぎおりすでに異変が始まっている

雨上がりの山に湧きたる霧の群れ雲間の空に吸い込まれゆく

3月13日(金)

18年2月24日(土)

透析の妻心障の子を抱え危うき会社のひと日越したり

過酷なる環境のなか生まれ来る歌は泉のごとくかがやく

フリーズをしてばかりいるパソコンをなだめなだめて打ち終わりたり

3月12日(木)

18年2月23日(金)

電話にて失礼ですが不渡りになったらその後どおなりますか

不渡りというは言葉で知っているしかし経験したことはない

この先は危険とあれば近づかぬそんな一生だったのだろうか

3月11日(水)

18年2月22日(木)

危ないよそこの自動車あせってる気持ちが車体に溢れているよ

寒冬を知らざる山か熟睡をせぬまま起きた心地に似てる

枯草の根元に青き草生えて頼もしきわが復活の春

益もなき営為なれども自己顕示のみにあらずとわれは信ずる

3月10日(火)

18年2月20日(火)

枯草のなかを歩みているカラス飛び立ちまたも枯木に止まる

捨てられし雌鶏(めんどり)拾い来たる妻ペットになればいいと言いたり

まっすぐに天に伸びいる杉の木のうちに一筋徹るたましい

いらいらとしても解決せぬことを承知していていらいらとする

3月9日(月)

18年2月17日(土)

やれるうちはやらんと思ういつまでもやれるかどうか保証はないが

君のこと信じ感謝をしているよそこがもっとも表わせないが

堤防に首をすくめた鷺一羽夕日を背にし佇んでいる

3月8日(日)

18年2月15日(木)

冬枯れの枝にあまたの雨粒がこぼれないぞと輝いている

山里を覆いし靄は雨あがりの明るき空に吸い込まれゆく

梅の花多(さわ)に咲けども受粉樹の枝切り過ぎて花あまりなし

温かき二月の風が伊豆に吹き早ばや春の一番となる

3月7日(土)

18年2月14日(水)

朝の陽に照らされている枯ススキ身軽となりて穂先揺れおり

春の風早くも吹いて八つ手の葉の揺り動く影ガラスに映る

キリストを信ずるわれをこころよくあるいは妻は思いていぬか

ドライブをするとわが子がマタイ伝のテープ流せと催促をする


3月6日(金)

18年2月13日(火)

わが袖を子はつかみたり知らぬ土地を歩けるときの習慣として

梅園はまだかまだかと葉の落ちしクヌギ落葉を踏みながら行く

満開の梅の林の枝間から雪置く富士が小さく見えたり

梅園の花咲くなかにコンクリの白き順路は続いていたり

梅園の枝間に見えてつくづくと澄みわたるなり空の青色

3月5日(木)

18年2月12日(月)

霜おきてしずもるわが家の梅の花朝の日を受けきらら光れり

うす曇る海原にいま銀色の小粒となって光りが跳ねる

潮のひく波打ち際に今日も来て鷺がしきりに何か啄ばむ

畑なかに耕やしきれぬ一所(ひとところ)ありトラクター夜を迎える

切岸に生えたる椿の花が落ち淵を真っ赤な色に染めたり

3月4日(水)

18年2月8日(木)

耐えて咲く花かと思う遅咲きのわが家の庭の白梅の花

川中に鷺うずくまるごとく見え近づきたれば乾きたる石

紙幣より硬貨を好む自販機でジュースを買うを覚えたる子よ

二十四の息子かわいや自販機に硬貨を入れて釣りを喜ぶ

なるようにしかならないがこれだけは保ち生きんと決めしことあり

3月3日(火)

18年2月6日(火)

施設へと子の去りしあと寂しさは悔やむこころと共に湧きくる

なぜもっとわが子を愛してやれんかと施設に戻せしあとに悔い湧く

明け方の空にまあるき形して月輝けり風は荒(すさ)びて

冬なれば枯れし蔓より下がりおり莢エンドウに似たる藤の実

3月2日(月)

18年2月5日(月)

子を連れて外出するは休日を妻に息抜きさせるためなり

廃屋の庭に咲きたる白梅の伸び々のびし枝を見上げる

柿の木に何もなけれどヒヨドリは必ず枝に止まり飛び立つ

緑の尾輝かせつつ雄雉が光のなかをゆっくりと飛ぶ

枯れるのは完成ならんわれもまた夢の枯野を駆けめぐりたし

3月1日(日)

18年2月4日(日)

飛び出せる息子追いかけ六十四になりたるわれの息切れるなり

節分に生れたわが子三郎は鬼にはあらずわが家の宝

男性が機械のごとく働くを世の女性等は知るや知らぬや

福島や辻本議員の物言いを感情的に嫌うわたしは